第56話 そして誰も……
屋敷の外はすっかり夜になってます。
あたしの周りだけが、ランタンの光で浮かび上がってます。
屋敷は深い森の中にあるのに、どういう訳か動物や魔獣の声が聞こえない。
不自然なほど静かです。
「ポチャリーヌ……ラビエル……どこ行ったの~~?」
コンコン
「ひぃっ!! な……なにぃ~~!?」
超びびったあ~。なに今の音?
「妾じゃ。どうしたナナミィ?」
「うう~~……」
「なんて顔をしておる。いきなり声を掛けたら驚かすから、ノックをしたのだ」
ポチャリーヌがドアの横に立っていた。
気を使ってくれたけど、ノックもビビッたよ~
「ああ、そうだ! ムート君が大変だ! ムート君が魔物に連れて行かれたよ!」
あたしは必死で説明をした。出来るだけ簡潔に。
「早く助けなきゃ。それとラビエルはどこ? 一緒じゃないの?」
「ラビエルは知らないな……。おらんのか?」
「うん、いつの間にかいなくなってたの……」
あたしは心配になって来た。心配で不安で、胸が圧し潰されそうだよ。
居ても立っても居られない、でも、どこに行けばいいのか分からないよ。
「まて、ラビエルの気配を感じないな。ここには……」
と言ってポチャリーヌは、あたしを見た。
「ああ~…… 室内には居ないようだ。外に出たのかもしれんな」
「そう、よかった……」
「お主すごい顔をしておるぞ。そんなに泣かなくても、妾が探してやる」
気が付いたらあたし、めっちゃ泣いてたよ。
「取り敢えず、妾は上の階を調べてこよう……。これ、服を離さぬか」
「いや! 一緒に行く」
離れたらポチャリーヌもいなくなりそうなんだもん。
「しょうがないのぉ……。ラビエルの奴、後の事は考えてるのか?」
ポチャリーヌが何かつぶやいてるけど、何言ってるの?
結局二人で手をつないでの探索になりました。これはアレですよ、ポチャリーヌが心配なのであって、決して恐いなんて事はありませんよ。ええ、ありませんとも。こうしていれば、ポチャリーヌも安心だろうしね。
「そんなに力を入れて握らなくても、どこにも行ったりしないぞ」
ポチャリーヌはそう言うけど、あたしの安心のためじゃありませんからね。
「ほらほら、もう泣くな」
うう……強がってもやっぱり恐いよ~……
2階に上がって来ました。この屋敷は2階建てなので、この上に階はありません。だからなのか、この屋敷はどの部屋も天井が高いです。ランタンでは、天井まで光が届かないので、頭上が暗くてかなり恐い……。ホラー映画じゃ、こういう所に化け物が潜んでるのよね。出来るだけ見ないようにしよう。
「ムートも元竜王なのだろう? そんなに心配せずともよい」
そうは言っても、今は14歳の男の子なのに、心配だよ……
「だって、ドラゴンだったと言っても、まだ14歳なんだよ。今は女神の息子だから、簡単に死んだりしないだろうけど……。でも想像してみてよ、いたいけなお馬さんが、傷だらけで泣いている姿を……」
あたしは想像してみた、まっ白なアリコーン姿のムート君が、大きな目に涙をためながら横たわる姿を……
あかん、これは萌えるシチュエーションですわ。
ポチャリーヌを見たら、片手で口元を押さえてた。同じ事を考えてるようだ。
それがあたしの悪い所だ。よそ事を考えて、すっかり油断していた。
大きなホールを二人して調べていて、ポチャリーヌがあたしから離れたところを襲われたのです。
ホールの真ん中にある、朽ちたテーブルを見ていたポチャリーヌの上から、長細いモノがたくさん伸びて来た。それは先程あたしを襲った魔物だった。
それが10匹ぐらいで、ポチャリーヌを搦め捕り、引っ張り上げて行ったのです。信じられない事に、ポチャリーヌが無抵抗でやられてしまいました。そんなにこの魔物は強いの?
どうしよう、そんなのあたしじゃ勝てないよ。
「お主は逃げるのだ。そしてラビエルを……」
ポチャリーヌはそこまでしか話せなかった。あっという間に、天井の暗闇に消えたからです。
あたしがポチャリーヌを助けようとした時、足元からガサガサという音がした。それは沢山の蜘蛛だった。蜘蛛と言っても、小型犬ぐらいあるよ!
それがあたしの所に殺到して来てる! その内の何匹かが、あたしの翼や尻尾に糸を付けて、引っ張って行こうとしてる。あたしは踏ん張るも、抵抗むなしく、廊下まで引き摺られてしまいました。
このままじゃ、蜘蛛の餌食だ。あたしはブレスレットから剣を出して、滅多矢鱈に振り回しました。
すると蜘蛛達は、糸をほどいて逃げて行きました。
あたしは数秒固まっていたけど、気合いで再起動して、ホールに戻ろうとしました。その瞬間、ホールの天井が崩れて、床一面瓦礫で埋まってしまったのです。
危なかった、あのままホールにいたら、あたしも埋められていたんだ。
もしかして、蜘蛛に助けられた? まさか、そんな事は無いよね……
あ! ポチャリーヌを助けなきゃ!
ホールに入ろうとしたら、今度は床が崩れてしまった。床が抜け落ちてしまい、1階の部屋が暗闇にうっすら見えていた。これじゃ入れないじゃん……
あたしはその場に、ガックリと座り込んでしまいました。
どうしよう、誰もいなくなっちゃった。
ラビエル…… ラビエルはどこ?
あたしを置いてどこ行ったの?
早く出て来てよ……
さみしいよ……
あれ? あたしってラビエルがいないと、何も出来なかったの?
そんなわけないと思いたいけど、動けない自分がいる……
泣いてる場合じゃないね、まずはラビエルを探さなきゃ。
あたしの魔物や魔獣の気配を感じる能力は、敵意や殺意に反応してるようで、穏やかな魔獣なんかは分からないのよね。あたしに……あたしが好意を持っている相手じゃ探せないのかな……
でも、大好きな相手なら、分かるはず。
あたしは、ラビエルの顔を思い浮かべた。
いつもあたしに優しいラビエル。
あたしに馬鹿な事を言って、つねられるラビエル。
どじって、ペギエル様に叱られるラビエル。
そして、あたしを好きでいてくれるラビエル。
……
いた! これだ!
わずかにラビエルの気配がある!
1階の部屋だ!
あたしは階段を駆け下って行った。
この部屋かっ!
そこは大きな部屋で、テーブルがいくつも転がっていた。あたしはドアをくぐり、ゆっくり入って行った。焦りは禁物だ。またあの魔物が襲ってくるかもしれないからね。
でも変だよ、襲って来るぐらい敵意のある魔物なのに、気配を感じなかった……
……敵意が無かったからか? まさかね。
取り敢えずラビエルを探さなくちゃ。転がるテーブルを、ひとつひとつ確認していきました。さすがに100年以上も経ってるので、どれもボロボロだ。綺麗な宝石がはめられた物もあるけど、誰も取って行かなかったのかな? ここってハンターが、お宝探しに来たんでしょ。
どうも、ナゾが多いですね。
おっと、そんな事より今はラビエルだよ。
「ラビエル~~…… どこ~~…… いたら返事して~~……」
返事は無いけど、代わりに生暖かい風が吹いて来た。
これは、幽霊が出る前兆的なヤツですよ。
うう~…… ラビエル、早く戻って来てよ~
頭の上から怪しい音がして来た。見上げてみたら、暗闇の中からたくさんの顔が出てきたよ。例の恐い顔の魔物だぁ!
それがスルスルと降りて来て、迫って来た。触手を伸ばして、あたしを捕まえようとしてる。
恐い、逃げたい。
でも、ラビエルを助けなきゃ。
逃げないでこの魔物を倒さなくては、ラビエルを取り戻せないよ。それには、この前開発した『魔操弾』を使う時だ。
あたしは右手に魔力を集中して、魔力弾を作った。それを、魔力のヒモで繋がった状態で、手の平から出して浮かべた。このヒモは魔力弾をコントロールするための物です。いわゆる有線ミサイルですね。まだコントロールはうまく出来ないけど、周りに仲間がいないので、気にせず攻撃出来ます。
では、発射! 頭上の敵を攻撃だ!
遠慮なく振り回すぞ~~~!
右に左に魔力弾を操り、魔物を攻撃するも、相手は巧みに避けてる。でもそのおかげで、あたしに近づけないでいる。
もう少し、もう少しで当たるのに。
今凄く頑張ってる。ラビエルのために、こんなに頑張ったのって初めてだ。今度お菓子をおごってもらおう。いや、ドレスの方がいいかな?
安いのでいいか?って言いそう。ダメ! 一番高いの!
でやあっ! 当たったぁ~~!!
やっと魔力弾が命中しました。魔物の奴、慌ててるな。
あ。顔が取れた……?
ええ~~っ!? 魔物の顔が落ちて来たよ。
受け止めてみたら、お面だった。……ナニコレ?
魔物を見たら、つぶらな瞳の、可愛い顔をしてた。あたしが呆気に取られていたら、魔物達はいっせいに引っ込んで行った。
その直後、天井から箱が落ちて来て、顔面直撃した。
「いたい…… え? どういうコト?」
「サプラ~~イズ!」
いきなりラビエルが、天井の穴から飛び出して来た。
「え? ナニ? え?」あたし、茫然自失。
訳が分からず固まっていたら、部屋の隅からポチャリーヌとムート君が出て来た。窓からはリリエルちゃんが入って来た。
「「「「お誕生日おめでと~~」」」」
4人が一斉に言った。
「ほら、七美に誕生日プレゼントなのだ」
ラビエルがさっきの箱を渡してくれた。
「あの……あたしのお誕生日は……2ヶ月先なんだけど……」
「それはナナミィ・アドレアの誕生日だろう。今日は星野七美の誕生日じゃないか」
「あ……!」
そうだ、前世で人間だった七美のお誕生日は、今日だったんだ。
「まって、まさか今日の依頼って、もしかして……」
「そうだ、サプライズの為なのだ。それに七美は、こういう『肝試し』がしたかったんだろう? 友達に怪談話を聞いてたからな」
あたしは箱を放り出して、ラビエルを抱きしめました。
「いつもあたしに優しくしてくれて、ありがとうラビエル」
「ほら、ナナミィちゃん、箱を開けてごらん」
ムート君が箱を拾ってくれました。
「ムート君が開けてくれない。ラビエルを抱いていたいから……」
ムート君があたしに代わって、箱を開けてくれました。そして箱に入っていたのは小さな布製品だった。
「これは何だ?」「何でしょうね……」二人は中身を知らなかったようだ。
ムート君がそのプレゼントを広げた。
それは、可愛いブラジャーとパンツだった。
「どうだ。七美が大好きな可愛い下着だ……あ~痛い痛い……うげげ」
ギュウ~~~!!
抱いてる腕に力を入れてやった。やっぱりねぇ、相変わらずお約束な奴だ。
まあ、ありがたく使わせてもらうけどね。ピンクの可愛い下着だし。
「相変わらず仲が良いなぁ……」
ムート君がいつものように言った。
今回の依頼は、サプライズの為のやらせでした。あの天井から現れた魔物は、『天井サガリ』と言う魔物で、リリエルちゃんの知り合いだった。恐く見えるようにお面をかぶってたけど、素顔は可愛かった。たくさんいた蜘蛛は、ポチャリーヌの部下で、『影魔』と言うそうです。
それに、ムート君やポチャリーヌの態度が不自然だったのも、あたしに隠し事をしていたせいか。
「そう言えばミミエルは?」
「ミミエルさんは、「そんな事やってらんないわよ」って言ってましたですぅ」
「あ~~、やっぱりね。彼女らしい……。それと、あの白いのはレイスだったの?」
「え? レイスは連れて来てないですよ」
……それって、どう言うコト?
「ここはただの捨てられたお屋敷だよね……?」
「いや、最初に言った「一族が死に絶えた」と言うのは、実際にあった事件だ」
……またまた~…… そんな事言って怖がらすのも、お約束だよ。
その時、視界のすみに白い物が見えたのは、気のせいだと思いたい……