第53話 ママを探して-7
ここは半島の先端に建てられた、アクダイン伯爵の屋敷の一室。
「あたしはお嫁に行くの。あたしを気に入ってくれてる貴族の男性は、3人も居るのよ。その中からあたしが選んでいいって、お父様が約束して下さったわ」
「なるほど、3人の買い手が付いてる訳か……」
「失礼な子ね、あたしの旦那様候補よ」
ポチャリーヌの言葉に、プリプリ怒るルージュだった。
「失礼な子って、私らよりずっと年上なのにな……」
セレンに化けたコンが言った。
「そう言えば、私はセレンの声を知らないんですが、声を変えなきゃまずいですかね?」
「うん? どうせここの3人しか、彼女の声を聞いてないので、適当でいいだろう」
ポチャリーヌは、投げ遣りに答えた。
「ちょっとポチャリーヌ聞いてる?」
ポチャリーヌのブレスレットからミミエルの声がした。
「おお! ミミエルか、何か分かったのか?」
ポチャリーヌはブレスレットの音量を上げて、周りの者にも聞こえるようにした。
「シードラゴンを買いたいっていう貴族が3人居たわね。それぞれ高い値をつけて、いま金貨1000枚になってるそうよ」
金貨1000枚とは、日本円で1億円ぐらいである。
「オークションでもやってるのか? 金貨1000枚とは安くないな。ところで伯爵の手の者とは接触出来るのか?」
「それは大丈夫。捕まえるの?」
「いやいや、妾も参加しようと思ってな。妾の名前で、ルージュに金貨2000枚を提示してみてくれ」
「えぇっ? 2000枚も? 何か企んでるのね……。分かった、やっとく」
通話終了。
「金貨2000枚って……もう決まりじゃないか……」
イリヤは小さな声で言ったが、ルージュは聞き逃さなかった。
「ちょっとイリヤ何よ、決まりって……。あたしは売り物じゃないのよ!」
「いや……ごめん……」
イリヤはバツが悪そうに謝った。
「なんじゃお主、ルージュが好きなのか?」
「な・な……何を言う。それよりどういうつもりだ?」
「ルージュが可愛くてな、自分のモノにしたくなったのよ」
「「ななな……!」」
慌てたイリヤとルージュが、揃って叫んだ。
「冗談じゃ。そんな事は違法行為だからな」
そう言って、ハハハと笑うポチャリーヌ。
「ねえ……、何で外に居る護衛が入って来ないの?」
ルージュがイリヤに、小声でコッソリ聞いた。
「ああ、それはこの部屋の中に、結界を張っているからな。中の音は外から聞こえないし、魔力も感知されないのだ」
ポチャリーヌに言われて、ルージュとイリヤはビクッとなった。それを見てクスクス笑うポチャリーヌ。
「まあ、待っていろ。それよりそこのメイド、我らにお茶ぐらい出さぬか」
「ハ……ハイィ!」
メイドのケイトが、慌てて準備を始めた。
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リリエルちゃんがセレンを連れて戻って来ました。
アクアはセレンに抱きついて泣き出してしまいました。そんな二人に近付いたベルミオさんは、セレンをハグした。
「よかった、もう二度と会えないかと思った……」
それを聞いたセレンは、ボロボロ涙を流しました。
「ご……ごめんね、心配かけて……う…うぅ~~~……」
泣き出すセレンを「よしよし」と、慰めるベルミオさん。この二人、本当に愛し合ってるんだな……、ちょっとうらやましい。
よく見たら、ベルミオさんとアクアが手をつないでいた。それに気が付いたセレンがまた泣き出したよ。
「ママ~、パパすごかったんだよ。悪いやつをやっつけたんだよ~」
アクアは、興奮してママに報告してます。この3人は、今やっと本当の親子になれたんだね。災い転じて福と成す、だ。
襲って来たワイバーンは、グルグル巻きにされて転がってます。
「そうなの、よかったわねアクア。じゃあ私達はもう帰ります……」
「え~~? あたちパパといっしょにいたい~」
「そう言うわけにはいかないのよ……」
セレンはちらっとラビエルの方を見た。そうでした、シードラゴンを長い時間連れているのは、法律で禁止されているのです。セレンもそれを知っているので、月に一回こっそりと会っていたのです。
シードラゴンを守る為の法律が、シードラゴンの幸せを奪っているなんて、凄くやるせ無い事です。あたしも泣けて来ました。
「ポチャリーヌは犯人を見付けたのだなリリエル?」
「はいですぅ。この先の半島にあるお屋敷ですぅ」
「うむ! シードラゴンを不幸にする奴をぶっ潰してやるのだ! それに……」
ラビエルはあたしの涙を拭いてくれた。
「七美を悲しませる奴も、ぶっ潰してやるのだ!!」
「そうですよ! 蹴ってやりましょう!」
アリコーン姿のムート君が言うと、シャレにならないね。
あたしは、ブレスで燃やしてやろうと思うぞ。
「よし! 我が輩らを連れて行くのだリリエル!」
「はいですぅ!」
あたしとラビエルとムート君は、リリエルに連れられて目的地に向かいました。
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ポチャリーヌがお茶の最後の一口を飲んだ時に、伯爵が部屋に入って来た。
「おおっ、イリヤ、ここに居ましたか。さっきルージュの買い手が決まりましたよ。おや? 君しか居ませんか?」
伯爵は部屋の中を見回した。
「いえ、ルージュはここに……」
そう言いかけて、ルージュやポチャリーヌ達の姿が見えない事に気が付いた。
(認識妨害魔法で、君以外は姿を隠してるのだよ)
耳元でポチャリーヌの声がした。
「え?」
イリヤはビックリして、横を見たが誰も居なかった。
「いえ、ちょっと出ています……」
「そうですか。それより、ドラゴニア領主の娘がルージュを欲しいと言って来たのですよ。しかも金貨2000枚ですよ。あの子は嫁入りにこだわっていたので、貴族家当主への嫁入りと言う事にしましょう。それにしても、あの我がまま娘にこんな高値が付くとはね。アイシャも妊娠中なので、次の子供の飼育も頼みますよイリヤ」
と伯爵は、満面の笑顔で言った。アイシャは、ルージュとリップの母親である。
「さっき捕まえて来た、シードラゴンの子供も回収出来たと聞きました。そちらの教育もお願いしますよ」
「ほう、この子らも売りに出すつもりかえ?」
突然声を掛けられた伯爵は、後ろを振り返った。そこにはポチャリーヌとルージュ、セレンとアクア、ついでにケイトも居た。
「お久しぶりですアクダイン伯爵。突然の訪問、お許し下さい。可愛いルージュを、早くこの目で見たくなりまして」
ポチャリーヌはお嬢様口調で、挨拶をした。
「き……君は確か、アリエンティ家のお嬢さんの……」
「そうですわ、私はアリエンティ家三女、ポチャリーヌ・ド・アリエンティです」
「いや、今いきなり出て来たように見えたが……?」
「魔法ですわ。待ちきれなくて」
と言って、オホホと笑うポチャリーヌ。その後ろに、セレン(偽者)に押さえられているルージュが居た。
「ちょっとお父様、あたしに高値って、どういう事ですの? 貴族の男性の所にお嫁入りって話ではありませんの?」
「ああ……ルージュや、こちらのお嬢さんなら、今よりも贅沢をさせてもらえるぞ」
「……そうですわね、ならそれでもかまいませんわお父様」
そう言ってルージュは、あっさり認めてしまった。
「あら? お嫁入りしたいんじゃないのですか?」
ポチャリーヌは不思議に思い、ルージュの状態を魔法で調べてみた。すると、彼女に掛けられた魔法の痕跡を見付けた。
「む、これは……、なるほど服従の魔法ですか。せこい事をなさるのですわね」
ポチャリーヌはルージュの頭を指でつついて、魔法を解除した。
「これでいいわ。ルージュは貴族の男性の所に、お嫁入りしたいのかしら?」
「え? 何言ってるの、お嫁入りってどういう……?」
ルージュはキョトンとしていた。
「あなたは魔法で暗示を掛けられて、どこかの貴族の元に行かされようとしているのですよ。ルージュはここを離れて、知らない男性の子供を産みたい?」
「そんなのいや! あたしは好きな人の子供を産みたいの!」
そう言うとルージュは、セレンを振り切って、イリヤの所まで這って行った。ルージュはイリヤの足にしがみつき、ボロボロ涙を流した。
「これはどうしたことだ? それにイリヤ、お前まさか売り物に手を出したのか?」
「いえいえ、決してそのような事は……」
と、慌てるイリヤ。
「あたしを売り物だなんて言わないで!」
そう叫んで、ルージュは「うわ~~」と、泣き出してしまった。
(やれやれ、ここにナナミィが居なくてよかったぞ。こんな場面を見たら、絶対ブチ切れるだろうからな……)
などと、ポチャリーヌが考えていると、ブレスレットが振動した。それを確認すると、ポチャリーヌは手を叩いて皆の注目を集めた。
「私がここに来たのは、セレンとアクアを取り戻す為なんですよ。それと、アクダイン伯爵には、女神の定めた法律を犯した罪を償ってもらいます」
ポチャリーヌはそう宣言した。
「成る程、王室あたりから送り込まれたスパイだったのだな?」
伯爵が憮然とした態度で、吐き捨てるように言った。
「まさか! こんな可愛らしい少女が、スパイのはずありませんわ」
「ふざけた事を。皆の者、であえであえ~!」
伯爵は部屋の外に声を掛けた。すると、屋敷に居た護衛の衛士達が10人あまり入って来た。ポチャリーヌが結界を解いていたので、外に声が聞こえるようになっていたのだ。衛士達は剣を構えて、ポチャリーヌを取り囲んだ。
「ここが山場というわけですわね。よろしい。ではコンさんポンさん、やっておしまいなさい!」
「「ははっ」」
と言うとコンとポンは、変身を解いて元の姿に戻った。
「なっ!?」
「ちなみにセレンとアクアは、すでに取り戻させてもらいましたの」
驚く伯爵に、爽やかに言い放つポチャリーヌ。
そして戦闘は開始された。コンとポンは現役のAランクハンターでもあるので、あっという間に衛士達を倒してしまった。
「不甲斐ない奴らめ……。イリヤ、お前も戦うのだ!」
「伯爵様、これ以上はお止めになった方が……」
「きさま……! 裏切るのか?」
「なんか賑やかになってるじゃない?」
ポチャリーヌの隣に出現したミミエルが、呆れながら言った。
「おおっ、ミミエルか、首尾はどうだ?」
「一応王宮には通告しておいたわよ。まあ、魔物保護法違反じゃ、大した罪にもならないでしょうけど」
「アリエンティ家が係わった以上、王宮に筋を通さないと、お父様に迷惑が掛かるからな。面倒だが、しょうがない」
「で、どうするの?」
「もう少ししたら、ここに怒り心頭な奴らが来るからな。その前にシードラゴン二匹とその保護者、ついでにコンとポンを転移させてくれないか? 他の奴らは放っておけ」
「え? あ~~……、確かに来てるわね。あんたはどうする?」
「妾はここに残るぞ」
「分かった。あいつらにあまり無茶させないでやってね」
そう言うとミミエルは、ルージュ達を連れて転移して行った。
目の前に居たイリヤがいきなり消えて、驚いた伯爵は部屋の中を見回した。部屋には警備の衛士達とポチャリーヌだけが残った。
ポチャリーヌは、倒れた衛士をつついていた。
「ルージュやイリヤはどこにやったのだ?」
「伯爵の元に居ると可哀想なので、彼らも頂きましたわ」
「おのれ小娘が……」
そうこうする内に、追加の衛士が現れた。衛士達は倒れている仲間を見て、警戒しつつポチャリーヌに対峙した。
「あなたのやった事は、使徒様もご存知ですのよ。もう観念しなさいな」
「クソッ。もはやこれまで。やってしまえ!」
「ハイ残念、時間切れでした~~」
そう言うとポチャリーヌは、ブレスレットに語り掛けた。
「リリエル、こちらの退避は済んだので、かまわぬぞ」
それが攻撃開始の合図だった。