第52話 ママを探して-6
「あたしもそろそろ、子供を産める年齢だから、お嫁に行く事になるって、お父様がおっしゃってたわ。なんでも貴族の方々が、あたしを欲しがっているそうよ」
ルージュはセレンの気を紛らわせようと、おしゃべりをしていた。
「あたしがお嫁入りしたら、あたしの部屋が空くから、あなたが住めばいいんじゃない? お父様に頼んであげましょうか?」
「……私は海で暮らす方がいいの」
「まあ、好きにすれば良いと思うけど……」
ルージュは話題を変えてみた。
「あたしは今14歳だけど、セレンは何歳で子供を産んだの? 相手はやっぱり好きな人だったの? 愛する人の子供を産むって、憧れちゃうな~♪」
「あの人に会ったのは10歳の時で、私が子供の産める年齢になるまで、待っていてくれたの。アクアを産んだのが15歳で、それまでは、私の歌の練習に付き合ってくれたり、一緒に魚を捕ったりしてたわね。今でも月に一度は会うのよ」
セレンは嬉しそうに話した。
「10歳って言ったら、リップと同じ歳ね。それにしても、子供を産んだ後も逢い引きするなんて、何てロマンチックなんでしょう!」
シードラゴンの二人は、そんな話をしていた。
そこに、セレン付きのメイドのケイトがやって来た。
「今イリヤさんから連絡がありました。セレン様のお嬢様を保護したとの事です」
「まあ! さすがイリヤね。仕事キッチリだわ」
セレンはそれを聞いて、ほっとしていた。
それから1時間ほどして、イリヤがアクアを連れて戻って来た。むろんポンが化けた偽物なのだが。
馬車の屋根に乗っていたポチャリーヌは、認識妨害魔法を使って姿を隠していた。姿が消えている訳では無いが、誰も彼女を認識出来ないので、イリヤ達の後ろをどうどうと付いて行った。
(街道から目立たない細い道を通った先に、こんな屋敷があるとはな。隠れ家、といったところか……)
屋敷の車寄せに停められた馬車から、イリヤはアクアを抱いて降りた。一行はメイドを先頭に、イリヤがその後を歩き、リップが続いた。彼女は前足のひれと尾びれを使って、器用に歩いて行った。
柵に囲まれた広い部屋に入ると、セレンが急いでやって来て、アクアを抱きしめた。どうやら偽者だとは気付かないようだった。
リップは姉のルージュと少し言葉を交わした後、そこから離れ、他の部屋に向かって行った。それを見たポチャリーヌは、リップに付いて行った。
「さて、黒幕の伯爵とやらは、どんな奴なんだ?」
リップは一番奥の部屋の前で立ち止まった。
「お父様、リップです。ただ今戻りました」
そう言ってドアを開けた。ポチャリーヌはリップの後ろに付いて入って行った。
「セレンの子供は、私が連れて来ましたわ、お父様」
「それはよかった。やっぱりお前は優秀だな」
伯爵にそう言われて、喜ぶリップ。ポチャリーヌは、伯爵の顔をよく見てみた。
「ふむ、見た顔だな……。そうか、隣の領地の領主で、アクダイン伯爵だな」
ポチャリーヌは二人から離れて、部屋の隅に移動した。そしてブレスレットに向かってミミエルを呼び出した。
「なに? ポチャリーヌ」
「今回の黒幕が分かったぞミミエル。アクダイン伯爵だ。そちらは何か収穫はあったか?」
「こちらも分かったわよ。一部の貴族達の間で、シードラゴンが闇で取り引きされてたのよ。時間が無くて主犯まで辿り着けなかったけど、アクダインだったのね」
「成る程、やはりのう……。ミミエルは引き続き探ってくれ、妾は他のシードラゴンに事情を聞いてみるでな」
「あんた今どこに居るの?」
ミミエルがいぶかし気に聞いた。
「アクダイン伯爵の目の前だな。妾は今、奴の別荘に居るぞ」
ポチャリーヌの言う事に、ミミエルはびっくりした。
「何でそんな事になってんのよ? ってか、大丈夫なの?」
「な~に、奴らから妾の姿は見えておらんよ。じゃあ切るぞ」
通信を切ったポチャリーヌは、コッソリ部屋を出て行った。早く戻らないと、ポンのぼろが出るかもしれないからだ。
先程の部屋に戻ると、シードラゴン3匹はお菓子を食べていた。
「美味しい~~。こんな物、食べた事ないよ~~」
セレンがあまりの美味しさに感激していた。
「そうでしょ~。最高級品で、そこらの貴族にだって手に入らない物よ」
ルージュはドヤ顔してたが、ポチャリーヌにとっては、いつも食べてるお菓子だった。
「ほらルージュ、また口に食べかすが付いてるぞ」
と言ってイリヤが、ルージュのクチバシをハンカチで拭いてあげた。
「あら? 失礼」
ルージュは自分の口を、前足のひれで押さえて言った。アクア(偽者)を見れば、そちらもクチバシを汚しながら食べていた。
(タヌキとは口の構造が違うからな、食べ辛いのだろうて……。とは言え、いつまでも騙せないだろうな、そろそろリリエルを呼ぶとするか)
ポチャリーヌは、シードラゴン達をのんびり眺めながら考えていた。
ワイバーンのディックは、作戦が成功して離脱していたが、今だに巨大ドラゴンが気になっていた。彼の知っているドラゴン族は、もっと小さいからだ。
どうにも気になるディックは、こっそり漁港まで戻って来ていたのだ。
「……居ないな……。あの人間達の仲間では無かったのか?」
ディックは望遠鏡を覗きながら呟いた。彼はイリヤの相棒なので、ワイバーンながらいろんな道具をカバンに入れて持ち歩いているのだ。
そこで彼は信じられないものを見た。
「な……! 何で捕まえたシードラゴンの子供が、あそこに居るんだ? まさか、逃げられたのか? 幸い例のドラゴンは居ないし、オレが捕まえるか。そうすりゃ、報酬は独り占めだ~」
そう言うとディックは、首に巻いたカバンに望遠鏡を仕舞った。ワイバーンは腕の下に翼があるので、胴体にカバンを装着出来ないのだ。
ディックはその場で助走し、襲撃の為に飛び立って行った。
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あたしとアクアは、ラビエルの転移能力で戻って来ました。
そして20分ほどして、『ステイシス・フィールド』の効果が切れて、アクアは再び動き出しました。周りにいるあたし達を見て、超ビックリしてた。そりゃそうだよね、馬車に乗ってたのに、いきなり港の景色に変わったんだから。
アクアは訳が分からずキョロキョロしてた。
「?????」
「アクアちゃんが悪い奴らに連れて行かれたから、助けてあげたのよ」
「でも、あのお姉ちゃんは、ママの所につれてってくれるって……」
「あのシードラゴンは悪い奴らの仲間なの……」
あたしがそこまで言った時に、また奴がやって来た。ワイバーンだ。
ワイバーンはあたし達の所まで一気に飛んで来た。そして、あろう事かブレスを吐いたのだ。威嚇なのか、あたしらの上空、5mぐらいの所を狙って来た。
お姉様達はキャーキャー言って逃げ惑っているし、アクアはベルミオさんにしがみついて泣いてるし、パニックになってしまったよ。
このワイバーン、またアクアを狙ってるんだ。足で捕まえようとしてる。
あたしはドラゴンブレスで反撃。ラビエルも魔力弾で攻撃した。
でも、器用にかわされてしまい、やっつけられないです。それに、上に向かってブレスを吐くと、火の粉が落ちて来て危ないです。
「ムート君はバハムートになれない?」
「ダメだよ、さっきの闘いでパワーを結構使ったので、まだ変身出来ないよ」
なんて事! 万事休すだよ。
「くそぅ、娘は渡すかっ!」
ベルミオさんが叫び、右手をワイバーンに向けて差し出した。
「エア・スラッシャー!」
すると手から、ぼんやりした光の線が多数、凄い勢いでワイバーンに向かって飛んで行った。それがワイバーンの周りをグルグル回り、彼の体をズバズバ切り裂いて行った。これは魔法で、カマイタチを発生させたのかな?
傷だらけになったワイバーンは、海に落ちそうになったので、あたしが飛んで行って、陸地の方に蹴り飛ばしてやった。ワイバーンは、ベシャッと地面の上に落ちたけど、死んではいなかった。
「やるではないかベルミオ殿。そんな魔法も使えたのだな」
そう言いながらラビエルが、ベルミオさんの足をペシペシ叩いた。
「いやぁ……こう見えても、ハンターの資格を持っておりますので……」
ベルミオさんが照れながら言った。
「パパすごぉい」
アクアがキラキラした目で、パパを見てるよ。娘にパパと認められてよかったね。
「手加減してあるので、死んではいないはずです。こいつを尋問して、証言を取りましょう」
「うむ、そうだな。犯人はポチャリーヌが見付けるであろうが、我が輩達も証拠を集めておこう」
そう言ってラビエルはパタパタと飛んで行き、ワイバーンの頭にケリをかました。足踏みをするようにガツガツ踏んでたら、ワイバーンが目を覚ました。
ラビエルを見たら、口を開けたまま固まっちゃったよ。
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ポンは困っていた。ポチャリーヌに連れて来られて、シードラゴンに化けさせられて、こんな場所に来たけれど、事情がさっぱり分からないからだ。
(アクアの代わりをするのは分かるけど……。シードラゴンを飼うのって、違法じゃないんかい。何で2匹も居るんだ……。しかも、このイリヤって奴、ハンターだろ?)
しゃべるなと言われているので、黙ってお菓子を食べていた。
「あれ? この子って、こんな匂いだったかしら?」
今さらながらセレンが気が付いた。
「え? どういう事?」
ルージュがきょとんとして言った。
「私のアクアじゃない!」
「もうばれてしまったか、しょうがない」
ポチャリーヌは認識妨害魔法を解除して、皆の前に姿を現した。
部屋の中にいきなり出て来た少女に、一同驚いた。
「なっ!? お前は誰だ? どうやって侵入したんだ?」
イリヤはルージュを庇うように前に立ち、腰の剣を抜いて構えた。ケイトもセレンの前に立ち塞がり、拳法みたいな構えをした。
「あ……姉御! すんません、バレてもうて……」
ポチャリーヌを見たポンは、元の姿に戻ってしまった。アクアがタヌキに変わって、さらにビックリする一同。
「お前はハンターのポンか? どうしてここに?」
「ハイハイ注目」
ポチャリーヌは手を叩いて皆の注目を集めた。
「我らはそこのセレンを連れ戻しに来たのだ。それとアクアは父親の元に居るので、安心するがいい」
「本当に、ベルミオの所に居るの?」
セレンは泣きそうな目で、ポチャリーヌを見ていた。
「本当だ。さて、リリエルよ、コンを連れてここに来てくれ」
ポチャリーヌはブレスレットに話し掛けた。
「はいで
すぅ」リリエルとコンが現れた。
「仙狐のコンか。それに、使徒……様なのか?」
「お主は妾を誰かと問うたな。それは知らぬ方がよいぞ。……とは言え、リリエルが居る時点で分かるか。我らは女神様の討伐隊の一員だ。今回の一件は、女神様の耳にも入る事だろう。覚悟しておくのだな」
「すでにペギエル様にはバレてますぅ」
「お主ら、最悪の相手にバレてたぞ」
などと楽しそうに話すリリエルとポチャリーヌだが、その他の連中は顔面蒼白になっていた。
「まあ、ここに現れないと言う事は、我らに任されたと言う事だな。それじゃコン、このシードラゴンに化けるのだ」
「へいへい。でも、着ている物までは再現出来ませんよ」
「うん? まあいいだろう、裸でも」
コンはセレンに化けた。それに合わせてポンも、再びアクアに化けた。
「ではセレンは返してもらうぞ。リリエルは彼女をお姉様の所に連れて行ってくれ」
「は~~い。では帰りましょう」
そう言うとリリエルは、セレンを連れて行った。
「さて、これでシードラゴンは、タヌキとキツネになってしまった訳だが、お主らにも協力してもらうかな」
そう言うとポチャリーヌは、悪そうな顔でニヤリと笑った。
「……はいそうですかと、言う事を聞くと思うか。ここにはまだ、兵士がいるのだぞ」
そう言うとイリヤは、剣を上段に構えた。
「一番穏便な方法で済まそうと言うのだがな。お主らが抵抗すると、少々荒っぽくなるぞ。今アクダイン伯爵が来ているのだろう、後腐れが無いように、屋敷ごと消してしまってもいいのだが……」
「お……お前は何が目的なんだ。セレンを取り返すだけなら、もういいだろう?」
「そ……そ~~よ、帰っちゃってよね」
イリヤとルージュが精一杯抵抗している横で、ケイトがおろおろしていた。
「お前らは、妾のお姉様を危険にさらしたからな。それに女を性のおもちゃにする奴を許せるわけないだろう」
ポチャリーヌはイリヤと、その後ろにすがり付くルージュを見た。
「まあ、お主は違うのだろうがな……。では、諸悪の根源、伯爵をとっちめに行くか」
そう言って微笑むポチャリーヌを見て、コンがぽつりと漏らした。
「伯爵の奴、終わったな……」と。