第51話 ママを探して-5
イリヤは釣りをしつつ、ワイバーンの到着を待っていた。
小型の望遠鏡で、アクアと一緒に居る3人を見張っていると、彼の持つ通信機から声が聞こえた。
「イリヤ、もうそろそろ現場に着くぞ」
声はワイバーンからだった。
「ディックか? どこだ? ああ、そこか。説明は聞いたと思うが、ブレスは使うなよ。お前が討伐対象になってしまうからな」
「分かってるって」
そう言うとディックは一気に上昇して、港の周りを取り囲む山の陰から姿を現し、3人の上を旋回しがら威嚇をした。
思った通り、3人はパニックになって右往左往しだした。
「そろそろ移動しようか……何だあれは?」
イリヤが見たのは、海から接近して来たドラゴンだった。しかもそれは、有り得ない程大きなドラゴンだったのだ。普通ドラゴン族のサイズは、人間より少し大きい程度だが、いま近付いて来るのは、6m以上もあり、ワイバーンと同じ位なのだ。
そのドラゴンが、ワイバーンにドラゴンブレスを吐いた。
ワイバーンが縄張りに入ったから攻撃してきたのか? いや、こんな所にこんな大きなドラゴンが居るなんて知らないぞ。
よく見ていたら大きなドラゴンは、下の3人をかばってワイバーンを攻撃しているのが分かった。
「どうなってる? これじゃ近づけんぞ……」
「お~~いイリヤ、何だこいつは? どうすりゃいい?」
慌てたディックから通信が入って来た。
「取り敢えず逃げ回って、下に居る人間達を牽制していてくれ。後はリップが何とかしてくれるだろう」
そう言われてディックは、堤防の近くの海面を見た。そこには海面から顔だけ出したリップが、ひれを振っていた。
ディックは何度かドラゴンの攻撃をかわした後、ブレスを吐くフリをして、その場に居る者の注意を引いた。
「今だリップ」
ディックは下に居るリップに言った。
「まかせて!」
そう言うと彼女は、海中から飛び出し、堤防の端に居たアクアに抱きついて、海中に引っ張り込んだ。
アクアはパニックになったが、リップが彼女の耳にクチバシを付けて話し掛けた。それはシードラゴン同士が、海中で会話するための方法なのだ。
「落ち着いてアクア。私はセレン・ママに代わって、あなたを迎えに来たのよ」
「え? ママが?」
「そうよ。だからおとなしく付いて来てね」
「わかったよ、お姉ちゃん」
お姉ちゃんと言われて、ちょっと嬉しくなったリップが、アクアを連れて馬車に戻って行った。
「イリヤ、ディック、ミッションコンプリートよ」
そう、通信機に語りかけた。
「よし! いいぞディック。屋敷とは反対側に離脱してくれ」
「了解」
そしてディックは、急いでその場を離れた。幸いドラゴンは追って来なかった。
「さて……俺は歩いて行かなきゃな……」
そうつぶやいたら、通信機からメイドの声がした。
「1kmぐらい行った所で待ってますので、早く来て下さい」
イリヤは慌てて走って行った。
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「アクアちゃんがいない」
ワイバーンが逃げ去って、全員の無事を確認したら、アクアが見当たらなかった。
戻って来たリヴァイアサンのグライムが、海中を探してくれたけど発見出来ず。
「まさか、ワイバーンが恐くて、一人で逃げちゃったの?」
「僕がバハムートになった所為かも……」
あたしとムート君は、がっくりしたよ……
ちなみにあたしは、ドラゴンのままです。人間の姿になると、服を着てない状態になるしね。さすがに人間の男性の前で、裸はまずいでしょう。当然服は持ってるけど、空を飛ぶのに、ドラゴンの方がいいからね。
ムート君はアリコーンに戻ってます。
「ベルミオさん大丈夫ですよ、私達で二人とも探してあげますよ」
エクレアナさんがベルミオさんを慰めてた。
少ししてからポチャリーヌが戻って来ました。この子はまだ魔王姿だ。取り敢えずワイバーンとアクアの行方不明を説明しました。
「分かった、調べてみよう」
と言って、また海の上に飛んで行った。
「アクア以外に、シードラゴンが居た形跡があったぞ」
戻って来たポチャリーヌが報告した。
「え? じゃあやっぱりあれは、シードラゴンだったんだ」
「私も見たわよ」
あたしだけじゃなく、マカロンナも見てたんだ。
「ふむ……、二人の記憶を見てみよう」
そう言ってポチャリーヌは、あたしの額に自分のブレスレットをかざした。すると、魔獣図鑑の時のような、四角い画面が空中に現れて、あたしが見た景色が映った。こんな事も出来るのかと思ったが、これはポチャリーヌの魔法で、あたしには無理なんだそうだ。残念。
画面には例の海獣が映っていた。よく見るとシードラゴンだった。それも、アクアより年上のようだ。次はマカロンナの記憶を見た。ずっとワイバーンが映っていたが、一瞬下を向いた時に、海の中から出て来たシードラゴンに、アクアが連れていかれるのが映っていた。
「こいつか……。う~~む、どこかで飼われているのか? 髪の毛にたくさんリボンを付けているぞ」
よく見たら小さなリボンを付けていた。可愛い。
「と、なるとワイバーンも怪しいな。誰かがワイバーンをけしかけて、皆の注意が逸れた所で、シードラゴンを使ってアクアを誘拐したのか……」
何それ? シードラゴンをさらう密猟団ってコト?
「あ! そう言えば、さっき釣りに来た人が居ないわよ。さっきの騒ぎで逃げたのかしら?」
マカロンナが思い出したように言った。
「なるほど、そいつが手引きしたんだな……」
ポチャリーヌがぽつりと呟いた。口は笑ってるのに、目が笑ってないぞ。ちょっと恐いんですけど?
「その笑顔が恐いぞ、魔王」
「当たり前だ。妾のお姉様が、危ない目に遭ったのだぞ。誰だか知らんが許さん」
魔王こえぇよ……
「そうだ。ムートは上空から見てたな。記憶を見せてみろ」
今度はムート君の額にブレスレットをかざした。そこには、さっきの騒動を上から見た映像が映っていた。ポチャリーヌは画面を拡大して、あちこち確認していた。
「これだ!」
そう言って指差す所を見ると、一台の馬車が港の外れに停まっていた。
「窓の所を見てみろ、女が一人いるな。これは、メイド服を着てるのか?」
馬車の部分を拡大すると、黒い服を着た女性が、窓から外をのぞいていた。
「こんな場所に、御者のいない馬車が居るのは、なんとも不自然だな。アクアはこの馬車に乗せられたので間違い無いだろう」
そう言ってポチャリーヌは、画面を消した。
「早く助けに行こうよ!」
焦って飛び出しそうなあたしを、ポチャリーヌが止めた。
「まあ、待て。ムートはお姉様とベルミオに付いててくれ。ナナミィとリリエルとラビエルは、妾と一緒に来るのだ」
ポチャリーヌは「リゲイル」と唱えて変身を解いた。するとデッカイおっぱいは、しゅ~んと縮んで、背もストンと低くなった。そしていつもの可愛い少女になった。
……中身はあんまり可愛くないけど……
体が縮んだおかげで、服が脱げてしまいました。大人用の服と下着をブレスレットにしまい、素早く子供服を着た。
「では、犯人を捕まえに行くか」
あたし達は、さっきの馬車を追い掛けて、飛んで行きました。
漁港から東に向かって、道沿いを飛んでいます。
「転移魔法で逃げちゃうんじゃないの?」
と、あたしは疑問に思った。
「それは大丈夫だ。そんな事もあろうかと、ここいら一帯に、転移妨害魔法を展開しておいたのだ。走って逃げるしか出来ぬぞ」
クククと笑うポチャリーヌ。だから恐いって。
「あ! あれではないのか?」
さっそくラビエルが、例の馬車を発見したよ。さっきのメイドさんが御者をしていました。彼女は手綱を握りながら、後ろを何度も振り返っていた。でも残念、敵は上にいるんだよ。
「転移妨害魔法は解除。そして、ステイシス・フィールド展開」
ポチャリーヌがそう言うと、馬車がピタリと止まった。停車じゃなくて、動画を一時停止したみたいに、その場で凍り付いていた。魔法すげぇ。
「じ……時間を止めたの?」
「いや、時間を止めるには膨大な魔力が必要だからな、これは此奴らの動きを停滞させる魔法だ。『ステイシス』は停滞の事だな」
まあ……動けなくなる魔法と言うわけね……
あたし達は下に降りて、馬車をのぞき込んだ。
「あ。アクアちゃんがいたよ。早く助けよう」
「待て待て、それじゃセレンは助けられないぞ。ナナミィはここで待機だ。それとリリエル、妾と一緒にハンターギルドまで来てくれ」
「はいですぅ」と言って、リリエルちゃんはポチャリーヌと消えた。
10分程して二人は帰って来たのですが、タヌキが一匹付いて来た。こいつは以前会った、古狸のポンだ。リリエルちゃんは再びどこかに転移して行った。
「いやぁ、姉御にお願いされたら、断われませんぜ……」
ポチャリーヌはフフンって顔をしてる。いつの間に子分にした?
ポチャリーヌは馬車の扉を開けて、アクアを引っ張り出した。そして彼女をポンの前に置いた。
「よしポン、この子に変身しろ」
「は……はい!」
ポン変身。
さすがに頭の上に、葉っぱを乗せたりしなかった。アクアそっくりに化けたけど、これからどうするのかな?
「よし、ナナミィとラビエルは、アクアをベルミオの元に届けてくれ。妾はポンと一緒に馬車に乗って、敵のアジトからセレンを助けて来るぞ」
「それならあたし達で行った方が、いいんじゃないの?」
「いや、アクアをセレンの所に連れて行かれたら、こちらは正当性を失ってしまうからな。シードラゴンを保護したと言われたら、どうしようもない」
「でも、この人らも別のシードラゴンを連れてるじゃない。これって違法だよね?」
そのシードラゴンは、あたしらが見たシードラゴンだった。さっきは分からなかったけど、彼女は服を着ていたのだ。小さなおっぱいを包んでいるので、ブラジャーなんだろうか? フリルがいっぱい付いていて、とても可愛い。
「どうやら敵は、単なる密猟者では無いようだ。シードラゴンの扱いも馴れているようだし、潜り込んで探って来よう。……そしてぶっ潰す!」
「いや~~、さすが姉御。恐ろしいでんな~」
「むむぅ。アクアちゃんの姿で、変なしゃべり方しないで!」
あたしはアクア姿のポンに文句を言った。よっぽどあたしの顔が怖かったのか「ひいっ」とか言ってた。可愛い女の子に失礼な!
「ほらポン、早く乗るのだ」
ポチャリーヌが呆れた顔で言った。ポンは馬車まで這って行ったが、扉が高い位置にあったので乗れなくて困っていた。しょうがないので、あたしが抱えて乗せてやった。
「すんませんねぇ」と礼を言ったので、あたしは「そこは、ありがとうお姉ちゃん、だよ」と教えてあげた。
「女の子らしくしなくちゃね」
「いや、ポンは何もしゃべるな。黙って首を縦と横に振っていればいい」
それを聞いて、ポンは首を縦に振っていた。
「さて、停滞フィールドを解除するか。その前に妾は消えておくとしよう」
ポチャリーヌは馬車の上で、何か唱えた。
「レコグニション・ジャマー」
するとどうした事でしょう! 彼女の姿が消えました!
「き……消えたぁ!」
あたしがビックリしてたら、ブレスレットに着信があった。出てみたらポチャリーヌだった。
「消えたんじゃなくて、見えなくなったのだ。見ても聞いても、お主の頭が妾を認識出来ぬのだ。これを認識妨害魔法と言う。レコグニションとは認識の事だ。しかしブレスレットの通信は通じるので、連絡はこれでするぞ。それと、アクアの停滞はあと20分で解除されるようにしておいたからな」
ほんとに魔王は、何でもありだね。
あたしとラビエルは、アクアを連れて馬車から見えない位置に移動しました。
少し見てたら、いきなり動き出してビックリ。
馬車はあっという間に離れて行きました。アクアの方はまだ動かないので、今の内に港にいる皆の所に戻りましょう。
これでもう大丈夫かな? なんて思ったけど、そんな甘い話は無かったのだった……