第50話 ママを探して-4
ここは、セレンが連れて来られた、伯爵の別荘。
そこの一室で、ルージュとイリヤは、セレンに事情を説明していた。
「だからお父様は、人間に酷い目に遭いそうなシードラゴンを保護してるのよ。そうよね、イリヤ」
「ああそうだよ。乱暴な方法で君を捕まえたのはすまないと思ってる。しばらくここで滞在してもらったら、安全な場所に連れて行ってあげるよ」
そう、ルージュとイリヤは説明するが、セレンはまったく理解出来なかった。
「私を早く帰してよ。私が帰らないと、娘が泣くのよ……」
セレンは二人に、涙ながらに訴えた。
「なに? 子供がいるのか?」
「あの子はまだ2歳なのよ、一人じゃ生きて行けないのよ……」
「え? あなた子持ちだったの?」
ルージュは、自分と同じぐらいの年齢だと思ってたのでビックリした。
「うう~~……」
セレンは涙をボロボロこぼした。
「ああ……泣かないでよ~。イリヤ、どうしよう~~?」
「君の子供はどこに居るのだ? 教えてくれれば、迎えに行くぞ」
「……東の海岸の洞窟……」
少し考えてから、セレンは娘の居場所を教えた。
「それはどこに……ああそうか、魔物じゃ地名とか分からないか……、しょうがない、こちらで探そう」
「大丈夫よ、あなたの娘も一緒に暮らせるようにしてあげるから、泣かないで」
ルージュはセレンを慰めた。セレンは娘を心配するのと、愛しい人に会えなくなる不安と悲しみで、泣き続けていた。
「じゃあ、伯爵様に連絡して、リップに探してもらうよ」
そう言うとイリヤは、メイド達にその場を任せて、部屋を出て行った。
「リップと言うのは、あたしの妹よ。あなたを見付けたのも彼女なのよ」
ルージュがセレンの背中を撫でてあげたら、体がプルプル震えていた。
「うう……もれそう……」
「なっ? ちょっとケイト、早くセレンのパンツを取ってあげて!」
パンツとは、腰に付けられた布の事である。メイドのケイトは、セレンのパンツを脱がすと、急いでトイレまで連れて行った。何とか間に合って、ケイトとルージュは、ほっとした。
「もう……、おしっこしたいなら、早く言いなさいよね……」
イリヤは伯爵様に知らせるべく、通信機の置いてある部屋に急いだ。
「どうしましたイリヤ、そんなに慌てて」
後ろから声を掛けられて振り返ると、そこには伯爵が居た。伯爵は40代半ばの恰幅の良い男性で、その表情はにこやかであった。
「なぁにイリヤ、またお姉様のわがままで、振り回されてるの?」
クスクスと笑う女の子の声がした。声の主は、伯爵の横で彼を見上げる、小さなシードラゴンの少女、リップだった。
「どうイリヤ、私もお姉様みたいにブラをしてきたのよ。可愛いでしょ?」
そう言うとリップは、上半身を持ち上げて、小さな胸の膨らみを包み込んだブラジャーを見せた。
「リップにはまだ早いんじゃないのか?」
「私も10歳よ、おっぱいだってあるんだもん!」
そう言ってリップは、ぷいっと横を向いた。
「あ、そう言えば伯爵様は、どうしてこちらに?」
「そうそう、リップがもう一人シードラゴンを見付けたと言うのですよ」
伯爵がリップの頭を撫でながら言った。
「ちょうどいいタイミングです。実は先ほど捕まえたシードラゴンには、子供がいるそうなんです。たぶんその子供だと思います。なんとか連れて来て、一緒にしてあげたいのですが……」
「成る程、そう言う訳なんですね。ではリップ、イリヤに協力してあげなさい」
「ハ~~イ。じゃあ私の部屋に行きましょ」
リップは廊下を、ぴょこぴょこと這って行き、その後をイリヤと彼女専属のメイドが付いて行った。
リップの部屋に入ると、イリヤは床の上に地図を広げた。
「そんなのより、私のブラをもっと見てよ♪」
と言って、リップはイリヤの足に擦り寄った。
「リップお嬢様、はしたないですよ。彼を誘惑しないで下さいませ」
メイドはリップのブラジャーを掴んで、イリヤから引き離した。
「ぶぅ~~~」
リップはクチバシから舌を出して、ブーイングをした。
(10歳でも男を誘惑するなんて、シードラゴンの本能の成せるわざなんだ。ブラジャーやパンツを付けているのは、可愛いからだと思っているみたいだが、人間と交尾させない為の物なんだよな。メイドが付いてるのも、勝手に外させない為だし……)
なんて事を考えつつ、イリヤはリップに地図を見せた。
「それで、シードラゴンの子供は、どこに居るのかな?」
「もう……ここのあたりよ」
そう言ってリップは、大きなひれで地図の上を指した。そこは25kmほど離れた場所にある漁港だった。
「どこかの島にでも居るのかと思ったが、母親を捜しに漁港まで行ったのか? まあいい、ここなら馬車を使った方が、早く行けそうだな」
「私も一緒に行く」
「リップお嬢様、何て事を言うんですか? だめですよ」
と、メイドは反対した。
「だって私が一緒に行けば、子供のいる所が分かるでしょ?」
リップには、同族の居場所が分かるという特殊能力があった。
「しょうがないな。一緒に連れて行くと、伯爵様には言っといてくれないか」
「分かりました。くれぐれもお嬢様を、人目に触れさせませんように」
「ああ」
そう言うとイリヤは、リップとメイドを連れて部屋を出て行った。
「ここか……」
イリヤは馬車から降りて、周りを見回した。そこは小さな漁港で、数軒の民家が建っているだけだった。今の時間は漁に出ているのか、港に船は居なかった。
「もっと向こうの方に居るよ」
そう言ってリップが馬車の扉から顔を出した。
「お嬢様だめですよ、顔を出しては」
すぐにメイドに、馬車の中に引き戻された。
「ちょっと様子を見て来る。待っててくれ」
イリヤは釣り道具を持って、港の方に歩いて行った。地元の人間に会っても、不自然に思われない為のカモフラージュだ。リップの能力では、ピンポイントに場所を特定出来ないので、港全体を探さなくてはならないのだ。
漁港の中を通り抜けて、どんどん海の方に行くと、堤防の上に人影があるのが見えた。近付いてみると、男性一人と獣人の若い女性が二人、そして羊ぐらいの大きさの動物が居た。
「……まさかあれは……」
女性が動物に話し掛けていて、「あなたのママ」とか「パパに甘えて」とか言っているのが聞こえて来た。
「こんな所に居たのか。でもまずいな、人に見付かっていたのか……」
イリヤは何気なく近付いて行って、気さくに声を掛けた。
「こんにちは、こんな所に綺麗なお嬢さんが居るなんて、珍しいね」
「ごきげんよう。夏休みなので、海まで遊びに来ましたの」
垂れ耳のお嬢さんが、にこやかに答えた。
「おや? その子は、魔物の子供ですかな?」
イリヤはあえて、シードラゴンとは言わなかった。相手がシードラゴンを知らないかもしれないし、こちらがシードラゴンを探している事を、悟られない為だ。
「ええ、何でもママが居なくなったそうで、皆でママを探しているのですわ」
「ほ……ほう、そうなんですか」
イリヤは、ちょっと驚いてみせた。
「あなたは何かご用でして?」
「ああ、私は釣りに来まして。ここらは大物が釣れると聞きましてね。では、私はこれで失礼します」
と言って、イリヤはその場を離れて、反対側の堤防の方に歩いて行った。
「居ましたか、イリヤさん」
イリヤがカバンに入れた通信機から、馬車に居るメイドの声が聞こえた。
「ああ。だけどマズイな……、側に人が3人居たが、どうも貴族の子女らしいし、セレンの娘が母親を捜している事も知っている。金で買い取る事も出来ないだろう……」
イリヤは堤防から釣り糸を垂らしながら、通信機に向けて話した。メイドは、打開策を考えていた。
「分かりました。では、ワイバーンを使いましょう」
「まさか、襲わせる気か?」
「違いますよ、ワイバーンが注意を逸らせているうちに、イリヤさんが助けるフリをして、セレンの娘を海に落として下さい。それをリップお嬢様に海中で捕まえてもらい、私が回収してお屋敷まで連れて行きます」
「なるほど、了解した。……うん? 娘を回収した後、俺はどうしたらいいんだ?」
「イリヤさんは、歩いて帰って来て下さい。セレンの娘が居なくなった時に、あなたまで居なくなったら、すぐに疑われてしまいます」
「な……なるほど、分かった……」
「そうよぉ、女の子に優しくない男は、歩いて来なさい」
リップがイリヤの座ってる目の前の海面から顔を出していた。
「何だ? ブラを見なかった事を、まだ気にしてるのか?」
「フンッ」と言って、リップは海に潜って行った。
「後はワイバーンが来るのを待つだけか……。おっと、引いてる」
イリヤは魚を1匹ゲットした。
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あたしは人間からドラゴンに戻って、海の上を飛んでいます。
ムート君はアリコーンの姿で飛び回ってます。バハムートよりアリコーンの方が、感覚が鋭いからだそうです。
ラビエルはあたしと一緒に飛んでます。リリエルちゃんは、リヴァイアサンのグライムさんの頭に乗って、海の上からセレンを探しています。
空の上から見ると、ギザギザになったリアス式海岸が左右に広がっています。小さな島がそこかしこに点在し、右の方には遠くに半島が見えます。
目に入る範囲にいるはずなんで、皆で探しまくったのに、全然成果が有りません。
「セレンの気配は、まったく感じられなくなった」
グライムさんはそう言った。
どういう事?
「クソッ! 結界の中に捕らわれているのかもしれんぞ」
と言いつつ、ラビエルは空中で腕組みをして憤慨してた。
「これだけ探しても見付からないし、取り敢えず港に戻りませんか?」
パタパタとムート君が飛んで来て、あたし達に提案した。
「そうであるな……では戻って対策を……」
「うわっ! なんかヤバい気配だっ!」
ラビエルのセリフを遮るように、あたしは思わず叫んだ。
これは以前、ワイバーンと遭遇した時と同じような気配だ。
っていうか、ワイバーンだった。
ポチャリーヌのお姉様達がいる漁港の方に、1匹のワイバーンが接近してるのが、ここからでも見える……!
「まずいよっ! お姉様達の方にワイバーンが近付いてるよ!」
「僕が助けに行くよ! リゲイル!」
そう唱えると、ムート君は一瞬でバハムートに変身した。そして漁港に向かって、急いで飛んで行った。あたしとラビエルも後を追いました。
ワイバーンは堤防の上をグルグル回っていた。下を向いて口を開けて、今にもブレスを吐きそうだよ。バハムート急いで~~!
地上を見ると、お姉様達は日傘を掲げて、その影に隠れてました。いやそれは無理だろう、と思ったけど、後から聞いた話では、ポチャリーヌの魔法によって、ドラゴンブレスすら防げる防御力があるそうだ。あたし程度のブレスが防げるぐらいじゃ、ダメだろうと言ったら、バハムートのブレスを想定してだそうな。
ベルミオさんとアクアも、お姉様達の後ろに隠れていた。
ワイバーンが3人の真上で羽ばたいてるので、吹き飛ばされそうになってる。ベルミオさんがアクアを抱えて、必死に守ってるよ。アクアも彼にしがみついてる。これを切っ掛けに、親子関係が良くなるといいね。
いや、そんな事考えてる場合じゃないか!
バハムートがワイバーンにブレスを浴びせた!
ワイバーンは驚いて、飛び退いた。そりゃそうだ、こんな大きなドラゴンは、初めて見るだろうし。
ワイバーンもブレスで反撃するかと思ったけど、周りをうろうろするだけで、攻撃してこない。どういう事?
でも、テンションが上がってるバハムートは、ワイバーンに殴り掛かってます! ワイバーンも必死に避けます。避けても尻尾でぶっ叩かれてる。
あたしとラビエルは、バハムートの邪魔にならないよう、お姉様達の所に向かった。その時あたしは、お姉様達の方を見ている動物がいるのに気が付いた。海面に頭を出してるそれは、あたしと目が合うと、慌てて海に潜って行った。
「あれ? 今のはシードラゴン?」
海面近くまで降りて探したが、影も形も無かった。見間違いだった? 海獣だったのかも……。あ、海獣とは、アザラシやオットセイとかの事ね。
ワイバーンは、バハムートやラビエルの攻撃から逃げてばかりだし、もう間も無く決着が付くかも?
と思ったら、いきなりお姉様達に向けて、吠えた。
アクアはビックリしたのか、堤防の上を這って逃げて行っちゃったよ。
あっ! ワイバーンは口を開けてブレスを吐こうとしてる。やばい!
バハムートが割り込んで、ワイバーンを牽制した。
よかった、助かった。
しかし、ワイバーンの攻撃を警戒した所為で、アクアの姿が消えた事に、誰も気が付かなかったのでした……