第5話 ヒメランサの空中戦
あの使徒様の、訳の分からない会見から2日目。
自宅にまで押し掛けられる事もなく、一安心。もし気が変わったら連絡してくれと、ブレスレット型の通信機をもらいました。討伐隊とかに入らなくてもくれるそうで、ラッキーだった。
転校生のムート君は、5日目からの登校なんですって。
ドラゴンを可愛いなんて言う、ちょっと変わった子でしたね。
今日は学校が休みの日で、いとこのウサミィと一緒に、隣町の人気のパン屋まで、おいしいパンを買いに来ました。隣町と言っても、片道20kmぐらいあります。そこに行くには、定期馬車に乗るしかありませんが、あたし達はドラゴンなので、空を飛んで行きます。
トリエステの文明レベルは、地球で言う所の産業革命前ぐらいでしょうか? 石油や蒸気・電気などを使ったエンジンはありません。陸上の交通は主に馬です。海では帆船ですね。
魔力を動力源にした乗り物は存在しているのですが、あまりにも高価なために、ほとんど普及していません。
そして空は、ドラゴンの独壇場です。鳥やドラゴンの、空を飛ぶ原理を解明出来ない限り、飛行機の登場はまだまだ先でしょう。
ただ、ドラゴンは魔力を使って飛んでるので、必ずしも翼の揚力は必要ないようです。しかし、自分の翼で試してみたのですが、魔力を使わなくても、揚力は発生するみたいで、スピードが出ていれば、グライダーのように滑空出来ます。
こういう事が分かるのが、異世界転生者の有利なところですね。
あたしがドラゴンに生まれてよかったのは、空を飛べる事です。
雲の上まで飛び上がって、360度に広がる風景の中に身を置くと、すっごい感動します。地平線が丸く見えて、この世界も惑星の上にあるのを実感します。
教科書には、この世界は球体の形をしていると書かれてます。意外な事に天動説じゃなくて、地動説の世界観だった。
さて、話が横にそれましたが、お目当てのパンが買えました。この世界のパンも、日本で売ってた物と大差ありません。あたしが菓子パンをたくさん買い、ウサミィが食パンを3斤買ってました。
もう帰ろうとしたら、店員さんから声を掛けられた。
「あなた達ドラゴニアから来たの? 空を飛んで帰るのなら、魔獣には気を付けて。この辺りにいるスカイフィッシュを狙って、フスマがやって来てるのよ」
前世でも一時話題になった『スカイフィッシュ』。
この世界には本当に居て、あちこちで見る事が出来ます。大人しい草食の魔獣で、空を飛びます。その姿は、B-2爆撃機のような形で、長細い触手のような腕をたくさん生やしてます。
フワフワと飛び回っては、木の上に下りて、葉っぱを食べてます。これがけっこう大きくて、幅が5~6mぐらいあります。
でも、『フスマ』と言うのは知りませんね。
「フスマって、何ですか?」と、ウサミィが聞いた。
「空を飛ぶ生き物を襲って食べる、肉食の魔獣で、空飛ぶエイのようなかっこうをしてるそうよ」と、店員のお姉さん。
「ま……まぁ、行きに見掛けなかったから、大丈夫よね?」と、あたし。
いつものように、楽観的な事を、テキトーに言うあたし。
「私は、早く家に帰ってパンを食べるんだ」
こんな時に、のんきにフラグを立てるウサミィ。恐ろしい子!
「じゃあ、気を付けてね~」
店員のお姉さんは、帰るあたし達を見送ってくれました。
あたし達は、町外れから飛び立って、ドラゴニアに向かいます。
そう言えば、隣町の事を説明してませんでしたね。街の名前は、ヒメランサ。カラフルな家が建ち並んだ、ヨーロッパの観光地のような街で、600年前に建設されました。
そんな街を、上空から眺めると凄く素敵。カメラが無いのが残念です。
地球だったら、ぜったい世界遺産に認定された事でしょう。
「美味しいねコレ」
「ホント、私も今度これ買おう」
なんて言いながら、二人してパンをつまみ食いしつつ、街道の上を飛んでます。
地図が無くても、道に沿って行けば、ちゃんと帰れる訳です。
「焼きたてのパンは、凄くいい匂いがするね。匂いに釣られて、フスマが出てきちゃうかもよ?」
ウサミィは、ウフフと笑ってるけど、冗談じゃないよ。
それはフラグだ。
「そんな事言ってると、本当に出てきちゃうよ?」
「まっさか~~」と、ニコニコ笑ってる。
誰か、フラグをボッキリ折ってくれる人はいませんか?
今日の空には、雲がたくさん浮かんでます。あたし達はその雲の下を飛んでます。だいたい高度は300mぐらいだろうか? 眼下にはスカイフィッシュ達が、森の上をフワフワ飛んでます。
「あら? あれってスカイフィッシュじゃない? 今この雲の上にフスマが居たりして」と言って、ウフフと笑うウサミィ。
ホントどうにかして……
ゾワッッ
あ…… 凄く嫌な予感が……
背筋に嫌なものを感じ、上を見上げたら、雲の隙間に黒い物が見えた。
これはまずいです。山に登ったら、クマに出会ったぐらいのヤバさです。
少し大きな雲の下を通り過ぎて、青空の元に出ました。
頭上には、黒い物が5つばかり動いていた。それは、エイと言うよりは、カブトガニのようで、固そうな甲羅に包まれてます。裏側には鋭い爪の付いた足がうごめき、体の真ん中には縦に開いた、牙だらけの口があります。しかも、ドラゴンよりはるかに大きくて、全長は8mぐらいあります。
「いた~っ! フスマだぁ!!」
うわ、サイアク。
5匹のフスマが、あたし達に向かって急降下して来た!
下にはスカイフィッシュが居るのに、こっちに来るのって、まさか本当にパンの匂いに引き付けられたの?
ウサミィがキャーキャー言って、パニックになってるので、尻尾をつかんで引っ張って逃げ出した。今日はたくさんの荷物があるので、大き目のウエストバッグを持って来たのはラッキーでした。激しく動いても、パンを落とす心配が無いからね。
「速く速く! ダッシュで逃げるよ!」
ああ、でもウサミィはあたしより速く飛べるので、今はあたしが引っ張られてる。
どんどんフスマに追いつかれて、おぞましい口が迫ってきた~~。
ウサミィの尻尾を放して、別々に逃げる事にしました。
彼女はピューーーッて飛んでってあたしは取り残された。
なので、あたしだけが狙われる事に……
くそぅ、しょうがない、ブレスで攻撃だ。
目の前に迫って来たフスマに向けて、ドラゴンブレスを放った。
ボンッと炎が直撃。そのまま落ちてった。
ふふん、しょせん空飛ぶカブトガニ。
ドラゴンに勝てるわけ……、 って、戻って来たぁ!
他の4匹も近づいて来たので、炎を滅多矢鱈にバラまいて逃げた。
でも、すぐに追い付かれそうになった~
そう言えば、前世に見た映画で、飛行機の戦闘シーンを見たけど、あれを参考にすれば、あたしでも戦えるかも?
まずは相手の頭上を取る。
上昇して、フスマの上に出て見下ろせば、大きな目にギョロリと睨まれた。甲羅の割れ目に、眼球が一つ付いていて、時折左右から膜が出て来てまばたきしていた。
真上からブレスを浴びせてみたけど、表面がこげただけだった。
他の4匹も、次々に襲って来るので、右に左にかわし、殴ったり蹴ったりして何とか回避した。
今日はパンを買いに来ただけなのに、なんて日だ!
「ナナミィよけて~~~!」
上からウサミィの声がした。
反射的にその場から飛び退いた次の瞬間、フスマ達が炎に包まれた。
ウサミィの、豪快なブレス攻撃です。
ひるんだフスマが、あたしから離れた所を、ウサミィが丸太でぶん殴った。
バコンと良い音がして、1匹のフスマの体が折れ曲がり、墜落していった。
どこに行ったのかと思ったら、下に降りて丸太を拾っていたのか。
「さあ来なさい! ナナミィは私が守る!」
おぉっ! ウサミィが頼りになる。
でも、ちょっと手が震えてるよ……
「大丈夫よ、あと4匹倒せば終わりだから。早くパンを持って帰らなきゃね」
いや……だから、それはフラグだから。