第49話 ママを探して-3
「ベルミオ様は、シードラゴンとの間に、子供をもうけましたの?」
「ええ、まあ、恥ずかしながら……」
ちょっと恥ずかしそうに笑うこの人が、アクアのパパだそうです。
「ねぇアクアちゃん、あなたのパパですって」
あたしはアクアの背中を撫でながら言いました。
「おいでアクア……」
ベルミオさんが、アクアに触れようと手を差し伸べましたが、彼女はあたしの背中に隠れてしまいました。
「え~~と……、どうも恥ずかしいのかな? ははは……」
ちょっと気まずいあたしは、笑うしかなかった。
「そうですね、突然パパだなんて言っても、分からないでしょうね」
ベルミオさんは、少し淋しそうに言うのでした。
「あ! この子のママの手懸かりを探さなくちゃですぅ!」
リリエルちゃんが、思い出したように言った。
「手懸かりとは、どういう事なのだ?」
ラビエルがリリエルちゃんとあたしを見ながら聞いた。
「アクアちゃんのママ、セレンが朝になっても帰って来ないそうなのよ」
「だから私達がこうして探してるワケよ」
「うむ、妾達だけじゃなく、お主らも探すのだ」
ポチャリーヌも魔王姿なので、遠慮なく昔の口調だよ。
「え!? セレンが行方不明なんですか?」
ベルミオさんは顔色を変えました。
「昨日会った時は、別に変わったとこは無かったようだが……」
「じゃあ、帰る時に何かあったのかも?」
ラビエルとムート君も会った事があるのだろうか?
「ラビエル達も会ったのか?」
と、ポチャリーヌが聞いた。
「ああ、昨日ムートと秘密の浜辺に来た時に、偶然会ったのだ。その縁で、昨夜はベルミオ殿の屋敷に泊めてもらったのだ」
色々検討した結果、昨日浜辺で別れてから、住処に帰るまでの間に、何かあったのだろうと言う事になった。
この周辺の地図を広げて、皆でああだこうだと検討した。
「うむ、ここらがセレンの住処なのだな。ならば、ここからここまでを調べれば、何か分かるだろう」
「じゃあ、僕が空から探しますよ」
どういう訳か、ラビエルとムート君がスゴイやる気だった。なぜかと思って聞いてみたら。
「「二人の純愛を守ってみせる!!」」
ものすごく力説されたよ。
でも、あたしも分かる気がする……。愛情に種族の違いは関係無いもの。
ベルミオさんも、すごく心配そうだった。
皆で手分けして調べてみました。ムート君はアリコーンに戻って、ラビエル達使徒と一緒に、周辺海域の捜査と海の魔物達からの目撃情報の聞き込み。あたしとお姉様達やベルミオさんは、漁村の人から情報収集。ポチャリーヌは、何やら魔法を使っていた。
そして、いくつか有力な情報がありました。
漁師さんから、怪しい船の目撃情報。普段は見掛けない、特殊な船が通ったんだって。何でも、海の上で工事をする時に、建築資材を載せて運ぶ、海の上に浮かぶ船だそうです。『浮かぶ』と言っても、魔法を使って低空飛行をしているそうな。
そんな船が、外洋に向かって走って行ったのを見たそうです。
ラビエル達が聞き込んで来た話では、変わった船を見た魔物が多数いたそうです。さらにその船に、大きな生き物が乗せられていたのを見たという情報も……
そして、こんな海の上をワイバーンが飛んでいたのを見た魔物もいました。
どうやらセレンは、誘拐されたみたいなのです。
さらに厄介な事に、貴族が関わっている可能性が高いらしいのです。例の変わった船を動かすには、魔導士が必要になり、ワイバーンまで使ったとなると、かなりの財力が無いと不可能だそうです。
「でもまあ、こっちのベルミオさんも貴族だから大丈夫でしょ?」
と言うあたしに、ベルミオさんが
「貴族と言っても、男爵家の三男なので、権力なんてありませんよ……」
と、言われてしまった。そういうものなんだろうか?
「シードラゴンなんて誘拐して、どうするんでしょうか?」
お姉様の一人、マカロンナが尋ねた。
「それは人間の男の、性的欲求を満足させる為よ。人間と交尾する為に進化した体は、人間の女性以上らしいわね」
と言うミミエルに、シードラゴンの画像を見せてもらった。随分大きな魔物だけど、ビックリしたのは、大きなおっぱいだった。これ、あたしでもドキドキだよ。
「ベルミオ殿とセレンの仲を裂くなんて、絶対ゆるせ~~ん!」
「そうだ。絶対助けましょう!」
もうラビエルとムート君が止まりそうもない……
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ベルミオの領地から30kmほど離れた海沿いに、セレンが乗せられた船が居た。
「もうそろそろだな、ほら、これからお前が暮らす事になる家だ」
イリヤと呼ばれた男は、海岸に建つ大きな屋敷を指して言った。
「そう言えば、お前の名前を聞いてなかったな。名を何と言う?」
「……私は……セレン……」
「そうかセレンか、いい名前だな」
セレンは船の上で、体を丸め、大きなひれで胸元を隠すようにしていた。
「そんなに緊張するなセレン。別に酷い目に遭わせるわけじゃないよ」
そう言いつつ彼は、ハンカチを出して、セレンの目元を拭いてあげた。彼女は捕まってからずっと泣いていたのだ。
屋敷の下の大きな扉が開いていき、船はその扉をくぐり、中に入って行った。扉の向こうは水路になっていて、50mほど進むと、船は広い船着き場に着いた。しかし船はそのまま地上部分に乗り上げて、屋敷の中へと進んで行った。
「なかなか不思議な屋敷だろう? この通路が広いのは、シードラゴンを運ぶ為だ。その意味はすぐに分かる」
イリヤにそう言われても、怯えるセレンはそれどころじゃなかった。
間も無くすると、船の前に金属製の柵が現れた。船に乗っていた他の男達が飛び降りて、柵のゲートを開けると、船は中に入った。柵に囲まれた所は、大きな部屋になっていて、床には船が嵌まる窪みがあり、船はそこに降りて床の一部になった。
その場にはイリヤとセレンだけが残り、他のメンバーは柵の外に出て行った。
「さて、君は当分ここで暮らす事になる」
セレンは周りを見回してみた。そこには彼女が寝られるぐらい大きなベッドや、動物の縫いぐるみなどが置いてあった。部屋の隅には、低い仕切りで囲まれた場所があり、床に楕円形の穴が開いていた。
「やっと来たわね。どう? ここは、岩場なんかより全然快適よ」
セレンは声のした方を見た。そこには自分と同じ、シードラゴンの少女が居た。
「初めまして、あたしはルージュ。伯爵様の娘よ」
ルージュと名乗るシードラゴンの少女は、三つ編みにした髪にリボンを付け、乳房や腰には、綺麗な布を巻いていた。
「ふふん、良いでしょう? ブラジャーって言うのよ。これをしてると、床の上を移動するのが楽になるのよ。あなたも付けてもらいなさいよ。付けないと乳首が床でこすれて痛くなるわよ」
そう言ってルージュは、自分の胸を自慢げに見せた。
「そうそう、あなたの名前を聞いてなかったわね。改めて、あたしはアイシャの子ルージュ。あなたは?」
シードラゴンの正式な名乗りは、母親の名も言うのだ。
「……私は、パシフィカの子セレンよ」
「セレンか、よろしくね」
一通り挨拶し終わった後、屋敷のメイド達がやって来て、セレンの体のサイズをはかって行った。取り敢えずはと言うので、フリーサイズのブラジャーが付けられた。セレンは胸が窮屈で嫌がったが、イリヤに付けておいた方がいいと言われたので、嫌々ながらも付けておく事にした。それに腰の所にも、ルージュと同じような布を付けられた。
「こんなの付けられたら、おしっこ出来ないんだけど?」
「おしっこやうんちの時は、メイドに取ってもらいなさい。それでおトイレは、あそこの穴の所よ。え? おトイレを知らないの? おしっこやうんちをする場所よ」
なんて会話を、イリヤが苦笑まじりに見ていた。そこにルージュが寄って来て、自分の頭を見せた。
「ねえどう? 今日は髪を編み込みにしてもらったのよ」
「ふむ、なかなか可愛いじゃないか」
「うふふ♪ そうでしょう? それからセレン、あなたは髪の毛がボサボサだから、ちゃんとしてよね」
セレンは、ブラシを持ったメイドに追い詰められるのだった。
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この件に貴族が係わってるらしいので、改めてどうするか相談する事になりました。
「こちらにも貴族のお嬢様や、女神の使徒がいるんだもん、何とかならない?」
あたしはラビエルに聞いてみた。
「女神の使徒といえど、勝手に人間を罰する訳にはいかないし、それが貴族相手なら無理だろうな」
「そうねぇ……相手の爵位がウチより低くても、簡単に潰せる訳じゃないし……」
ラビエルの言葉に、マカロンナが同意した。
「まあそんな事関係無く、ぶっ潰すけどな!」
「ですよねぇ!」
これはもう、ラビエルとムート君は暴走してるのかな? ムート君はアリコーン姿で、後ろ足で立ち上がってるよ。勇ましいな。
「ところがシードラゴンは、国によって保護されてる魔物なので、捕獲や飼育が禁止されているのよ。例外は繁殖の為の交尾の時なら、人間と暮らす事が認められてるの。つまり、それ以外でシードラゴンを連れているのは違法行為なワケ。これは100年前にディアナ様が作られた法律よ」
と、ミミエルが解説してくれた。
「そうなのだ、シードラゴンを勝手に捕まえる事は、女神様に対する反逆なのだ。そんな奴らは誅伐せねばならぬ!」
ラビエルは、ベルミオさんに向かって親指を立てた。サムズアップってウサギの指でも出来たんだ。
「何にせよ、これでセレンを誘拐した奴を、やっつけられるという訳だ。人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られてしまえとも言うしね」
と、あたしが言ったら、ムート君が「まかせろ」という顔をしたよ。
「じゃあ私は、貴族の間でシードラゴンが取り引きされてないか、調べてみるわ」
と言ってミミエルは、どこかに転移して行った。
「あたし達はどうする?」
とあたしが、残りのメンバーを見渡しながら聞いた。おや? 今気が付いたけど、リリエルちゃんがいないよ。まだ戻ってないみたいだ。
「ナナミィちゃんに、セレンの気配を探ってもらうのはどうだろう?」
ムート君が提案するけど、問題がひとつあるよ。
「あたしはセレンに会った事無いから、彼女の気配が分からないけど……」
「……ああ、そうか……」
一同がっかり。
「みなさ~~ん、協力者を連れて来ましたよ~~」
リリエルちゃんの声が海の方からしました。声のする方を見たら、リリエルちゃんが海の上を移動してる? じゃなくて、何かの魔物の頭の上に乗ってるんだ。
そして、海の中から魔物が姿を現した。前足が大きなひれになった、ドラゴンのような魔物だった。
「この海に住む、リヴァイアサンのグライムさんですぅ」
と言ってリリエルちゃんは、リヴァイアサンの頭を、ペシペシ叩いた。
「我はグライムと言う。このリリエルとは昔馴染みである。これ、そう叩くでない」
グライムと名乗るリヴァイアサンの体は、8mぐらいの長さがあるようです。こちらの方が、シードラゴンって名乗るべきだと思えますよ。
リリエルちゃんの古いお友達らしく、彼女はすごく楽しそうだ。
「グライムさんが四角くて、変な船を見たそうですよ。なんでも空中に浮かんでいたんですって」
「うむ、遠くから見ただけなのでよく分からぬが、船からシードラゴンの気配がしていたのだ。あれはセレンの気配だったな」
「そうなのです、グライムさんは、セレンさんの気配がわかるのです。彼にセレンさんを探してもらうのですぅ!」
高らかに宣言するリリエルちゃん。彼女はあたしを見て、両手を広げた。
それを見たあたしは、急いで上着を脱いでブラを外した。そして翼を出して、一直線に飛んで行き、リリエルちゃんを抱きしめました。
「さすがだよリリエルちゃん! あ~~もう! いい子いい子っ!」
「うふふん♪ もっと褒めてくださいですぅ」
リリエルちゃんはあたしの胸に挟まれて、嬉しそうに言った。
ちなみに、ブラを外したのは、肩ひもやサイドベルトが翼を出すのに邪魔だからですよ。変な意味はナイのですよ。
「お前さんは人間じゃないのか?」
「初めましてグライムさん。あたしはドラゴン族のナナミィ・アドレアです。女神様のおかげで人間に変身する事が出来るのよ」
「ナナミィさんは凄いのですよ。お胸がプニプニなのですぅ!」
リリエルちゃん、今それは関係無いよ。皆が引いてるよ。あたしの事情を知らない、ベルミオさんがビックリしてるし。
ポチャリーヌが何かブツブツ言ってると思ったら……
「……妾も、胸の毛を剃った方がいいのか?」
なんて言ってた。