第46話 リリエルの災難
イチモクレンは、さてどうしたものかと考えた。
目的の使徒リリエルは、目の前に居るのだが……
「ここは可愛いお花畑があって、すっごい素敵ですぅ。今まで住んでいた場所に住めなくなったので、引っ越し先を探してるんです。私はぜひとも、ここに住みたいと思ってます~~。この子達も、ここが気に入ったみたいですぅ」
止めどなくしゃべるリリエルに、イチモクレンは少々うんざりしていた。
「あ~~……そうかね、そりゃよかったがね」
「はいですぅ。あ、そう言えば私、あなたの名前を聞いてませんでした」
「あ~、ワシはイチモクレンと言う……」
(ヤバっ! ついうっかり名乗ってまったがね!)
「まあ! イチモクレンさんとおっしゃるのですか。カッコイイ名前ですぅ」
そう言って、リリエルはニッコリ笑った。
「イチモクレンさんは、ここに住んでるんですか?」
「いやいや、偶々ここにおっただけだがね」
「それは残念です。あなたがご近所さんならよかったのに……」
「そりゃすまんこって」
イチモクレンは困った。うっかり名乗って、リリエルと知り合いになってしまった事に。これじゃ何かした時に、自分が真っ先に疑われ、下手をすれば討伐対象になってしまいかねないのだ。
(まてよ、この辺にはフェリシンとか言う、厄介な魔獣が居たんやないか? そいつらを上手くけしかければ……)
クフフフとほくそ笑むイチモクレン。ハッと気が付くと、正面のレイスにぼーっと見られていた。
見つめ合う二人を交互に見るリリエル。
「仲良しさんですね~」
なんて言うリリエルの言葉に、大きなため息をつくイチモクレンだった。
「ではお嬢ちゃん、ワシも用事があるよって、ここいらで帰らせてもらうわ」
「そうですか、皆さんにも紹介したかったのですが……」
「縁があれば、また会えるて」
残念がるリリエルに手を振り、イチモクレンは浮かび上がって行った。そして、空に溶け込むように、姿が消えて行った。
姿を消したイチモクレンは、魔力を押さえた状態で移動した。
不用意に魔力を使うと、探知される危険があるのだ。特に元魔王のポチャリーヌは要注意であった。
例の『旦那』からも、注意するように言われているが、離れていても伝わって来る恐ろしい気配は、冷や汗もんである。
彼は200mぐらい離れた場所に、目的の魔獣の群れを見つけた。
それは、フェリシンと言う、ネコに似た魔獣で、Bランクに分類されていた。
「おお、いたいた。では、奴らをリスのお嬢ちゃんのとこまで誘導せにゃならんな」
イチモクレンは、木の上にいた小動物を自分の足で串刺しにして、ぶら下げながら飛んで行った。姿を消しているので、死んだ小動物が空中を飛んでいるようだった。
「血の好きな奴らの事や、こうして血をバラまいて行きゃ……」
そうして血を滴らせて行くと、フェリシンが血の匂いに気が付き、追い掛けて来た。その数は12匹あまりだった。
「ちゃんと付いて来てるねフェリシンちゃ~ん。もっといい獲物の所に連れてってやるがね~~」
と言って、リリエル達の居る方向に向けて、小動物の死骸を放り投げた。それを追ってフェリシン達は、さらにスピードを上げて走って行った。
「それじゃ、Bランク程度の魔獣で、死なんといてや~~」
そう言ってイチモクレンは、歯をむき出しにして笑った。
「こんな所に綺麗な小川が流れてましたよ。ますます気に入ったのです」
リリエルは川に入って、パシャパシャと飛沫を上げてはしゃいでいた。それを見ているコカトリス達も、「キキキ~」と騒いでいた。レイスはといえば、リリエルのすぐ上で、クルクルと回っていた。
「おや? どうしました?」
そう声を掛けると、レイスは回転を止めて一方向をじっと見つめた。
「??」
何となく嫌な感じがするので、リリエルはナナミィ達の所に戻る事にした。
「さっきから何を見てるです?」
リリエルもレイスの見ている方を見てみた。背の低い雑草が茂る薮であった。すると、そこからネコのような動物が何匹も出て来たのだ。
「まあぁ! 何て可愛いのでしょう!」
リリエルは駆け寄って、さっそく動物の頭を撫でてみた。ネコのような動物も、リリエルに顔を近づけて、クンクンと匂いを嗅いだ。彼女の事が気に入ったのか、どんどん集まって来た。
リリエルはネコのような動物の口の周りに、血のような物が付いているのに気が付いた。
「あら? 怪我でもしてるのですか?」
そう言って口の周り触ろうとしたら、いきなりネコのような動物に押し倒されてしまい、さらに4匹に集られてしまった。
そしてリリエルの正面に居る動物の口が開いて、中から太くて長い舌が出て来た。その舌の先端には、かぎ爪のような突起と針が付いており、リリエルの首筋に突き立てられようとしていた。
「えっえっえっ? なんですかぁ? ぴきゃ~~~!」
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「リリエルちゃんが危ない!!」
「うわっ。何だいきなり」
あたしが勢い良く立ち上がったら、横にいたラビエルが転けた。
「何だかリリエルちゃんの周りが怪しい。リリエルちゃんとコカトリス達が、焦って動き回ってる気配はするのに、不自然に気配のしない場所があるのよ!」
あたしは、ラビエルを抱えて振り回しながら騒いだ。
「む、確かに。魔力探知を妨害する能力を持った魔獣が、リリエルの側にいるようだな。それも複数だ」
ポチャリーヌの説明を聞くと、すごい不安になってくる。あたしはラビエルを抱えたまま、急いで飛び立ちました。
「我らも行くぞムート。妾を乗せていくのだ!」
後ろの方でポチャリーヌの楽しそうな声が聞こえてる。あの子、ムート君の背中に乗せてもらおうとしてるな。羨ましい。
あたしはフルスピードで飛んで行った。元々そんなに速くないけど、ミミエルに腰の辺りを押してもらっているので、かなりの速さで飛んで行けました。
すぐにリリエルちゃんは見付かった。
彼女は、見知らぬ魔獣に集られていた。ネコに似ていて、頭には2本のツノがあった。そして長い舌が、リリエルちゃんの体に刺さっていたのだ!
気を失っているらしく、ぐったりしていた。
「此奴らはフェリシンと言う、吸血魔獣だな。長い舌を獲物に刺して、血を吸い取るそうだぞ」
ブレスレットの、魔獣データを見ていたポチャリーヌが教えてくれた。
コカトリス達も戦ってくれたのか、石になった魔獣が3匹、レイスにエネルギーを吸われて干涸びたのが1匹、転がっていた。しかしこのフェリシンと言う魔獣は動きが素早く、相手と目を合わせなくては効かない、コカトリスの魔眼とは相性が悪かった。
リリエルちゃんは大きな魔力を持ってるけど、小さな体では血液が少ないので、これ以上吸われたら危険です。早くこいつを引き離さなければ。
「っていうか、リリエルちゃんから離れろこいつ!!」
あたしは1匹のフェリシンに噛み付いた。むろんいつもの甘噛みじゃなくて、殺すつもりですよ。でもドラゴンとは言え、大きな牙がある訳じゃ無く、あごの力も強力じゃ無いので、大きなダメージになっていない。
それにこのままブレスを使ったら、リリエルちゃんも火傷をしちゃうよ。
「よし、そのままくわえておけよ」
ポチャリーヌはフェリシンの舌に指を付けた。すると、舌がたちまち凍ってしまい、ボキッと折れてしまったのです。
「これでもう血は流れないな。ナナミィ、好きなだけ燃やしてやれ」
「モガッ!」
あたしはフェリシンを咥えたまま、ブレスを吐いた。火だるまになったところで、ベッと吐き捨ててやった。凄い残酷な仕打ちだけど、今あたしは怒っているのだ。
リリエルちゃんを傷つける奴は許さない。
フェリシンどもは1匹残らず殲滅してやる。
「どうするナナミィ? こいつら全滅させないと、ここにリリエル達が住めないよ」
そうミミエルが言った。その通りだ、こんな危険な魔獣は一掃しなきゃ。
「さあ、早くあなたのドラゴンブレスで焼き払って!」
「待ってミミエル、そんな事をしたらここの森まで燃えてしまうよ」
あたしにブレスを撃てと言うミミエルを、ムート君が止めた。
「それもそうだ。では妾が仕留めてやろう」
ポチャリーヌが片手を上げて「ホーリーランサー」と唱えた。すると、周りにいたフェリシン達を、光の槍が貫いた。10匹ぐらい居た魔獣は、全て絶命したようだ。
驚いた事に、光の槍は数百メートルから数キロ離れた場所にも落ちたのだ。
「ここから、半径20キロ四方のフェリシンは一掃しておいたぞ」
「それならもう安心だな」
そう言いつつ、ラビエルはリリエルちゃんに刺さっていた舌を抜き、止血をしていた。あたしはハラハラしつつ、作業を見ていた。
「さあ、これでもう大丈夫……うわっ」
あたしはラビエルから、リリエルちゃんを奪い取ってギュッと抱きしめた。
そして、願ったのだ。彼女が目を覚ますのを……怪我が無くなるのを……
そのためなら、あたしの命だって分けてあげる。
だから目を開けて!
すると、どうした訳か、体の中から暖かい光が湧き出て来た。
リリエルちゃんの傷は、見る見る内に塞がって行き、血の跡も消えてしまった。
「……あれ? 私はどうしたのですか?」
「リリエルちゃん! よかったぁ!」
「え? あうぅ、ナナミィさん苦しいですぅ……」
あたしはリリエルちゃんを、強く抱きしめました。
ああ! よかった~~~~!!
あたしの目からは、止めどなく涙があふれるのでした。
「まさか、治癒魔法なのか?」と、ラビエルが驚いて言った。
「いや……そんな単純なものじゃなかったぞ……。おいナナミィ、今何をしたのだ?」
ポチャリーヌがあたしを問いつめた。
「ええっ? 何て……。ただ、リリエルちゃんの怪我が無くなればいいなと……」
それを聞いたポチャリーヌは、暫し考えた。
「怪我を無かった事にしたのか? まさか、事象の改変なのか?」
「す……凄いわ、それって神の力じゃない……?」
ミミエルが凄い熱い視線を向けて来る。
神の力だって? そんな訳ないよね。あたしは、ただのドラゴンなのよ。
リリエルちゃんを見ると、コカトリス達とレイスの無事を確かめてた。
「どこか怪我は無いですか? あなたは大丈夫ですね。あなたは?」
そう言いつつ、コカトリスの体を撫でていた。コカトリスは彼女の問い掛けに、「キキィ」と答えていた。
「そう言えば、リリエルは新しい住処を決めたのか?」
と言うラビエルの疑問に、リリエルちゃんはハッとした。
「そうなのです。まだ探している途中なのですぅ」
そうして再び、新居探しをするリリエルちゃん。
結局、お花畑の近くに立っている大木に、お引っ越ししたよ。