第44話 大切なもの
ナダム子爵は満足げに、土地造成作業を見ていた。
「よしよし、これでエレミアの別荘の建設が出来るな」
少し離れた所で様子を見ている2匹のハンター、コンとポンはヒソヒソと話していた。
「なあコン、あの魔力爆弾って、こんなに威力があったのか? 丘の上の一帯が吹き飛んでるじゃないか」
「いや、そんな訳はないな。せいぜい木を一本破壊出来る程度だったはずだ。爆破作業をした警備隊の連中も、訳が分からないと言っていたぞ」
「こんな事が出来る誰かが居たという事か……」
ポンは、ブルッと身震いした。
「……こりゃヤバイ感じだ」
「そうだな、ここらが引き時かな……」
そう言うと2匹は、森の中に走り去って行った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌日ポチャリーヌは、昼食時にエレミアに接触するため、学園の大食堂に来ました。この大食堂では、初等科から高等科の生徒が一緒に食事をしています。大勢の生徒を収容するために、かなりの広さがあります。
そこに10列もの長いテーブルが並んでいて、7歳から18歳の生徒達が、楽しそうに食事をしていました。
ポチャリーヌはお料理を乗せたトレーを持って、ターゲットを探しています。
あたしがいると、話しがややこしくなりそうなので、離れた所で待機してます。そしてムート君が、音を記録出来る魔道具で、証言を録るのです。
さて、あのお嬢様はどこにいるのか……。いた、いました、声高にしゃべっているので、すぐに分かったよ。
「まあ! エレミア様の為の別荘だなんて、素敵ですわね」
「ええ、ようやく工事が始まりますのよ」
エレミアと、その取り巻き二人組の、エリーとエリエッタがいました。
「エレミア様、ここよろしいでしょうか?」
「あら? これはポチャリーヌ様。いやですわ、私に『様』など付けなくても、かまいませんのよ」
「でも、さすがにもう『お姉さん』とは呼べませんでしょう?」
「それも素敵かもしれませんわね」
二人してオホホと笑っていた。さすが魔王だ、さらりと話しの輪に入って行ったよ。
ムート君は隣のテーブルの、エレミアのすぐ後ろの席に座った。
「先程は別荘と聞こえましたけど、どちらに建てるのですか?」
と、ポチャリーヌが質問した。
「うちの所有地の中にある、カイレンの丘に建てますのよ。私専用の別荘なんで、今から楽しみですわ~」
エレミアが楽しそうに話した。なるほど、あの丘は『カイレンの丘』って名前だったんだ。しかも、このお嬢様のための別荘だってぇ? なんて贅沢な!
「まあ! それは羨ましいですわね。私でも自分の別荘など持っていませんもの」
「お父様からのプレゼントですのよ」
などとめっちゃ自慢するエレミア。ポチャリーヌに自尊心をくすぐられ、ツルッと証言してくれたよ。
つまり、娘に贈る別荘を建てるために、丘に住んでたリリエルちゃんを追い出したんだ。しかもハンターを使った自作自演で、自らの手は汚さずというんだから、何とも卑怯なもんですよ。
今でもリリエルちゃんの泣き顔を思い出すと、胸が潰れそうになるよ……
「なんでも、恐ろしい魔獣が住んでたそうですけど、警備隊やハンターの皆さんのおかげで、退治されたそうですのよ」
エレミアが声をひそめて言った。
「それは、大丈夫なんですか?」
クラス委員長のエリーが心配そうに尋ねた。
「悪い魔獣は全ていなくなったので、もう心配いりませんわ」
「……それは安心ですわね」
ポチャリーヌはニッコリ笑っていたけど、あの子の眉がピクッと上がったのを、あたしは見逃さなかったよ。
それからは、貴族のお嬢様らしい話題を話してたが、ポチャリーヌはエレミアの指輪に目を留めた。
「それ、素敵な指輪ですね。青い石がエレミアさんにお似合いですわ」
「ウフフフ、これはお父様からの誕生日プレゼントですのよ」
あ~……そうですか、それはスゴイね~……
まあ、そんな感じで疲れる昼食が終わりました。あたしだけかと思ったら、ムート君も疲れた顔をしてたよ。さすがにポチャリーヌは平気かと思ったら、こっちもうんざりした顔をしてた。
「まあ、証言も取れたし、ヨシとしようか。それと、あのお嬢様から自宅に招待されたぞ」
と言って、ポチャリーヌがニヤリと笑った。これ絶対良からぬ事を考えてるよね?
午後はハンターギルドに寄って、ギルマスから報告を聞きます。あたし達の他に、ペギエル様もいらっしゃいます。
やはり、ハンターのコンとポンは、ナダル子爵と繋がりがあったようで、たびたび子爵の依頼を受けていたそうです。
「これでハッキリしましたわね。娘の証言も取れた事ですし、後はハンターコンビを押さえたら、子爵を女神様に対する反逆罪に問えますわ」
「そ……それって、死刑になるのかな?」
ポチャリーヌの言葉に、ムート君が恐る恐る聞いた。
「今回は女神様にではなくて、使徒様相手であり、直接危害を加えた訳じゃないので、そこまで重い罪にはならないでしょう」
ポチャリーヌが少し残念そうに言った。
「せいぜい、爵位剥奪の上、領地没収ぐらいでしょうか?」
いや、それも結構重い罪のような……
「あれ? じゃあ使徒様に、直接危害を加えたらどうなるの?」
「まあ、最低でも禁固10年というところでしょうか」
あたしの疑問に、ペギエル様が答えて下さいました。
「え? あたし今までラビエルの頬をつねってたけど、罪に問われるの?」
あたしはその可能性に気が付いて、ガクブルです。
「ああ、それは仲の良さゆえなので、問題無いですよ。これからもどんどん、つねってやって下さいな」
と、ペギエル様からお墨付きをもらったよ。
「さて、そのラビエルさんに、コンとポンとやらを捕縛してもらいましょうか」
そう言って、ペギエル様はブレスレットに向かい、「やっておしまい」と言った。
それから5分くらいして、目の前にラビエルとミミエルが現れ、空中から縛られたキツネとタヌキが放り出された。どうやらラビエル達が発見し、ずっと見張っていたようだ。
こいつらがコンとポンなの? ちょっと可愛いキツネとタヌキじゃないの。でもまあ、あまり可愛い目付きじゃないな……
グルグル巻きに縛られ、猿ぐつわもされていたので、解放してやりました。
「此奴らが下手人の……」
「ちょ……何ですかいきなり。オレら悪い事なんて、しちゃいませんぜ」
「えぇい黙れ黙れ! 調べは付いておるのだ!」
自分のセリフを遮られて、ラビエルがタヌキに腹立たしげに言った。
「ナダム子爵の依頼で、自作自演の魔獣騒動を起こし、リリエルが出て行かざるをえないようにしたであろう?」
「ななな……なにを根拠にそんな……」
あからさまに動揺するポンの肩に、コンが前足を置いた。
「もう全て話した方がいいだろうポン。お察しの通り、子爵様に命じられて魔獣に化けて騒動を起こしましたよ」
コンがゲロった。これで子爵の罪は確定ですわ。
ポチャリーヌがこの2匹をジト目で見てたが、すぐにいつもの笑顔に戻って、2匹に近づいた。
「決定的な証言、頂きました。後は私にまかせて下さいな」
皆を見回しながら、ポチャリーヌは言った。取り敢えずこの件は、ポチャリーヌに任せる事となりました。
澄まし顔で座ってるコンに、ポチャリーヌがそっと耳打ちをした。
たちまちコンの顔色が変わり、ポンも、アワアワし出した。
「お……お前……いや、あなた様は……」
そう言いかけたコンの口に指をそっと当てて、微笑むポチャリーヌ。
「これからも、良いお付き合いをしましょうね。ウフフ」
「は……はい」
ポチャリーヌが笑顔で2匹の肩をたたいた。
魔王こえぇよ……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ナダム子爵は、執務室で別荘工事の進捗の報告を聞いていた。
「現在は家の土台の石組みと、法面の処理をしております。丘の上の木が無くなった所は、思い切って花畑にしようと思います」
建築家がデザイン画を見せて説明をしていた。
子爵はそれを見て、満足そうにうなづいていた。
「うんうん、これならエレミアも喜ぶだろう」
「では、私はこれにて失礼します」
そう言って、建築家が執務室を出て行った。
子爵はもう一度デザイン画を眺めていた。
「へぇ、ロッジ風のいい別荘ではありませんか?」
後ろから声を掛けられ、驚く子爵。だが振り返っても誰も居ない。
腰を浮かせてイスから立ち上がり、後ろをキョロキョロ見ていた。
「今日はお嬢さんに、招待されましたのよ」
また後ろから声がした。子爵がもう一度振り返ると、部屋の真ん中に獣人の少女が居た。
「おや? 君は……?」
「私はポチャリーヌと申します。エレミア様にご招待されてお伺いしたのですが、おトイレから戻る際に迷ってしまいまして……」
「ああそうか、娘の友達だったのか。メイドを呼んであげるので、案内してもらうといい」
「それはどうもご親切に」
子爵は、メイド達が控えている部屋に合図を送った。インターホンなどは無いので、紐を引っ張って、メイド部屋のベルを鳴らせる仕掛けなのだ。
ところが、しばらく待ってもメイドはやって来なかった。もう一度鳴らしても、下の階で鳴っているベルの音が小さく聞こえるだけだった。
「……? どうしたのだ?」
「ああ、呼んでも誰も来ないと思いますよ。眠らせましたから」
「……は?」
子爵は、信じられない事を言ったポチャリーヌを見た。彼女はいくつかの品を、テーブルの上に並べているところだった。その中には、細長い台に丸い玉が載っている、正体不明な道具もあった。
「さて、本題とまいりましょう。一応おトイレに行っている事になっていますので、手短に終わらせますね」
ポチャリーヌは、テーブルに置いた1枚の図面を指差した。
「これは子爵様の所領の地図です。ここの『カイレンの丘』に、使徒リリエル様が住まわれていた事はご存知ですね?」
子爵は驚いた。ポチャリーヌが出した図面は、王宮に届け出した物だったからだ。けっして子供が手に入れる事など出来ない物なのだ……
「あ……ああ、つい最近知ったところだよ」
ピンポーン♪
さっき机に置かれた、正体不明な丸い玉から、気の抜けた音がした。
「では次の質問です。子爵様は娘の別荘を建てる為に、ハンターに騒動を起こさせて、使徒様を追い出しましたね?」
「な……! 何を言っているんだね。そんな訳あるか!」
ブブ~~~!
「いけませんねぇ、ウソをついては」
「何を根拠に……、だいたいそれは何だ!!」
子爵は丸い玉を指差して怒鳴った。
「嘘発見機ですよ。ウソをつくと、ブザーが鳴ります。そして、全ての責任をハンターギルドに被せましたね?」
「ち……違う! そんな……」
ブッブ~~~~!
「さて、これで女神様に対する反逆罪が証明されました。しかし、証明されただけであって、確定ではありませんが……」
「君はいったい何者なんだ? 何が目的なんだ?」
「私は女神様の討伐隊の一人で、リリエル様のパートナーです。それに……そうですね、取り敢えずギルドに対する抗議を取り下げて下さい。そうしないと、リリエル様が悪者になったままですしね」
子爵は、事が全て露見してしまった事を悟った。この少女が討伐隊のメンバーなら、すでに女神様にも知られたのだろう。これで終わりなのか? いや、この少女さえ始末してしまえば……。しかし、出来るのか?
「分かった……言う通りにしよう……」
「それはよかったですわ。とは言え、無罪放免とはまいりませんね……。罰は受けてもらわなくては。リリエル様の大切な物を奪おうとしたのだから、あなたからもひとつ、大切なものを頂きますわね」
そう言ってポチャリーヌは空中に手を入れ、何かを引っ張り出した。
それは人間の腕だった。指には青い宝石の入った指輪をしていた。
「ま……まさかそれは、エレミアにやった指輪なのか……?」
「ええ、お父様に貰ったと、嬉しそうに話してくれましたよ。私に関わらなければ、長生き出来たでしょうに……」
そしてポチャリーヌがその腕を引っ張ると、床にドサリと落ちた。
それは、すでに息をしていないエレミアだった。
「うわぁっエレミアァ!! な……なんて事を!!」
慌てて駆け寄り、娘を抱き起こすも、エレミアの体は崩れ落ちてしまった。
娘の残骸の前で呆然とする子爵に、ポチャリーヌが耳元でささやいた。
「リリエルも同じぐらい悲しんだのだ、その痛み、忘れるでないぞ」
その言葉を聞いた直後、意識が遠のいていった。
「お父様、お父様、どうなさいました?」
ハッと気が付くと、子爵は執務室の机の前に座っていた。自分に声を掛けたのが、娘のエレミアだと気付くのに数秒かかった。
「そうそう、こちらに女の子が来ませんでした?」
「女の子だと……」
「ええ、お茶会に招待しましたの。それがあの領主様のご令嬢の、ポチャリーヌ・ド・アリエンティ様ですのよ!」
子爵は、さっきまでの事は夢なのかと思った。
だが、目の前のテーブルに乗っている地図を見て、あれは現実なのだと知った。それでいて、死んだ娘の幻覚を見せられていたのだ。
(あれだけの力があるのだ、やろうと思えば、本当に殺す事も出来るという事か……)
彼は気付いてしまった。恐ろしい相手の、怒りを買ってしまった事に。今回は幸運にも、恩情を掛けてもらえたが、次は無いのだろう。
「そうか、私にも紹介してもらえるのかな?」
「もちろんですわ!」
そう言ってエレミアは微笑むのだった。