第43話 逆鱗
「よくもリリエルちゃんを傷つけたなぁっ!
よくもリリエルちゃんを泣かせたなぁっ!
よくもあたしの大切な者をいじめたなぁぁ!!」
この時あたしは、理性が飛んでしまっていたのでしょう。今でもよく思い出せないのですが、後から聞いた話では、まるで別人のようだったと言います。
吹き飛ばされた大木の後ろから、何人もの警備隊の隊員が現れました。どうやらこの人らが、魔力爆弾を使ったみたいだ。
「何だ君達は? ここは魔獣がいるので危険だぞ」
「いえ、危険なのはあなた達ですわ」
ポチャリーヌが慌てて注意していた。
それを見たあたしは、完全に我を忘れてしまいました。
許せない! リリエルちゃんはここでみんなと暮らしたいだけなのに。それを奪える権利は誰にもありはしないのに!
この子の笑顔を奪うやつは、絶対に許さない!!
許さない! 許さない! 許さない! 許さないぃ!!
体の中に、魔力とは違う、大きな力がみなぎって来るのを感じる。
その力で、みんな焼き払ってやる!!
「まずい! ラビエル、警備隊のやつらを遠くに転移させろ!」
「ななな……、どうしたのだ七美は~?」
「早くしろっ、みんな死ぬぞ!」
ポチャリーヌはラビエルとリリエルちゃんを抱え込んで、丘の上から転がり落ちて行った。警備隊の連中は、あたしの前から消えたけど、あたしはもう止まらなかった。
あたしの口からは、炎では無い、強力なエネルギーが吐き出された。
一瞬で目の前の景色が光に包まれて、消し飛んでしまいました。
あたしの理性が戻って来て、周りの状況が理解できた。
周囲200m四方、何も無かった。森だった所が、更地になっていました。さらにその外側の木は、根こそぎ倒れていて、そこら中に火の手が上がっていた。
なんか、爆弾が落ちたような景色になってたよ……
あれ? ポチャリーヌ達は無事なの?
「落ち着いたかナナミィ、とんでもないパワーだな……」
振り返ってみたら、ポチャリーヌがリリエルちゃんとラビエルを抱えて、座り込んでいた。彼女の周りだけ草が丸く残っているので、どうやらバリヤーを張って、守ってくれたようです。
「あ……リリエルちゃん、大丈夫?」
あたしは慌てて彼女の元に駆け寄った。リリエルちゃんはまだ泣いていた。
「私は大丈夫なのです……。ナナミィさんは怒らないで下さい……」
あたしはリリエルちゃんを、ギュッと抱きしめました。
リリエルちゃんはあたしの胸で、声を出さずに泣いています。
「ふ~~……そんなに泣いていると、出しづらくなるではないか……」
そう言うとポチャリーヌは、ブレスレットから何かを出した。
それを見たあたし達はビックリ!
「私のおうちですぅ!」
それは、無くなったはずのリリエルちゃんのお家だった。
家の部分だけが、まるまる残っていたんです!
リリエルちゃんは感激して、ピョンピョン跳ねてます。
「妾は魔王なのだぞ。あの一瞬ででも、小さな家ぐらいなら、瞬間移動など雑作も無いわ!」
フンッとドヤ顔のポチャリーヌ。
あたしとリリエルちゃんは、涙目でポチャリーヌをハグしまくりました。
「どうだ、もう落ち着いたか?」
ポチャリーヌの服に、リリエルちゃんの鼻水がべったり付いてた。リリエルちゃんは、ポチャリーヌからお家を受け取り、自分のブレスレットに仕舞いました。
「さて、ギルドに戻るぞ。どうも今回の件は、怪しい所が多いのだ」
ポチャリーヌに言われて、あたし達はもう一度、ハンターギルドに戻りました。
ギルドマスターの部屋には、ギルマスとペギエル様が待っていました。コカトリス達とレイスはムート君の家に預けてあるそうな。
「ナナミィさんがやらかしたのは、ひとまず置いとくとして、色々と疑問が出て来ましたね」
と、ペギエル様が言われました。これは後で追求されるヤツだ……
「そうです、まずコカトリスが村を襲うなどあり得ないですわ。一週間前から、リリエル様と魔獣達は、私の屋敷に来てもらっていたのです」
「君は使徒様のお知り合いなのかな?」
ポチャリーヌに、ギルマスが尋ねた。
「そう言えば自己紹介がまだでしたね。私はアリエンティ家三女のポチャリーヌ・ド・アリエンティです。そして、女神様の討伐隊の最後のメンバーで、リリエル様のパートナーです」
それを聞いて驚くギルマス。イスから立ち上がって、跪きました。
「これは領主様のご令嬢とは知らず、ご無礼いたしました」
「いやですよ、立って下さいな。令嬢と言っても三女ですよ」
さて、仕切り直しです。一週間前からポチャリーヌの家にいたのなら、果樹園や村を襲うなんて不可能なはず。
「襲っていたのは偽物だな」と、ラビエル。
「でも、コカトリスの偽物なんて、どこから仕入れたのよ?」と、あたし。
「さっき窓口にいた、『古狸のポン』が怪しいですわね」と、ポチャリーヌ。
「「なんで?」」
「ハンターリストで調べてみたら、相棒の『仙狐のコン』共々、変身能力を持っています。魔獣に変身する事も可能でしょう」
この世界のタヌキやキツネは、変身出来るんだ。まるで妖怪だね。
「でも、そんな事をしても意味があるの?」
あたしは疑問を口にした。
「それはまだ分かりません」
ポチャリーヌは残念そうに言った。
「そしてもう一つ引っ掛かるのは、魔獣の被害があったのが、全てナダム子爵の所有地内だという事です。さらに、使徒様の起こした問題なら、使徒統括のペギエル様に抗議すれば済むのに、わざわざギルドにまで抗議をした事ですね。意図的に問題を大きくしたみたいに思えますわね」
さっきからリリエルちゃんが静かですが、今はポチャリーヌの膝の上で、泣き疲れて寝ています。
「普通使徒がらみの問題は、内々に処理するのが慣習なのに、表立っての抗議など、何か企んでいるとしか思えませんねぇ……、おかげでリリエルさんが引っ越しせねばならなくなりました」
ペギエル様が渋い顔で言った。
「ナダム子爵とやらは、それが目的じゃないのか? リリエルを追い出す事が」
「なるほど……、でも本人に聞いても答えないでしょうから、ご家族に聞いてみましょうか」
ポチャリーヌがにっこり笑って言った。
「「家族って誰?」」
あたしとラビエルが同時に尋ねた。
「いるじゃありませんか学園に。エレミアさんですよ。彼女はナダム家の長女なので、何か知っているかもです。ああ、私が聞いてみますので、ご心配なく」
ポチャリーヌが恐いぐらい、イイ笑顔で言った。
「後は、コンとポンのハンターコンビとの繋がりが証明出来ればいいですね」
「そっちの方は、我々で調べておきましょう」
と、ギルマス。
「ねえ、ひょっとして、ポチャリーヌは怒ってる?」
「ええ。私の大切なパートナーを傷つけたヤツは、絶対に許しませんことよ」
ウフフと笑うポチャリーヌ。やっぱり魔王は恐いよ~。
「ペギエル様、ナナミィさんが転生者に選ばれたのは、あの力が理由かしら?」
ポチャリーヌがペギエル様に何か聞いていた。
「それも理由の一つですね……」
「凄かったですわよ。私、対消滅なんて初めて見ましたから」
「それをバリヤーで防げる、あなたも凄いですよ」
「これでも、元魔王ですから」
なんか二人して、クククと笑ってるよ。なんなの?
明日は、ポチャリーヌがエレミアに探りを入れる事になりました。
リリエルちゃんは起きて来たけど、まだぼ~っとしていた。
「あれ? ここはおうちじゃないですぅ」
なんて、呑気に言っていたよ。