第42話 リリエルのおうち
あたし達はハンターギルドに戻り、事の顛末を報告しました。ギルマスは領主様に伝えてくれるそうですが、どんな事になるのやら。
「これって、使徒様権限で押し切れないもんなの?」
権力を振りかざして、好き勝手やるのは嫌いですが、あれくらいなら大丈夫な気がします。でもラビエルは……
「そういう訳にもいかないだろう。使徒といえど法律や常識は守らなくてはな」
などとのたまった。
「……そうね、某ウサギも、常識をわきまえてほしいところだけど」
「……む?それは我が輩の事か? 我が輩はそんな非常識ではないぞ」
「そうね、女の子のおっぱいを触ったり、匂いを嗅いだりしなけりゃね」
「えぇ? 七美は我が輩が嫌いになったのか?」
へこむラビエル。
「あたし以外の女の子にもやらないか、心配なのよ」
「では、七美のおっぱいにならやってもいい……あ~痛い痛い」
ぐい~~っと、つねってやった。バカ言ってんじゃないよ。
カトリさんは、あたしとラビエルのやり取りを、苦笑しながら見てた。
「ペギエル様には、我が輩から知らせておこう」
そう言ってラビエルは、空中神殿に帰って行きました。
カトリさんは、他の依頼がないか探すそうで、ギルドに残りました。
今日のデートは……じゃなくて、パトロールはここでお終い。
あたしも帰宅します。
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ここで少し時を戻して、場面は再びリリエルの樹上ハウスの前。
茂みの中から、お茶会をしている3人を見ている者が居た。
それは2匹の魔物だった。
「なあコン、こんな所に使徒様が住んでるって知らんかったぞ」
「そうだなぁポン、これじゃ依頼が果たせないな、後で依頼主に相談してみようか?」
コンと呼ばれたのは、キツネの魔物だった。すらりと長い足と大きな尻尾を持ち、お腹にはウエストバッグをしていた。このウエストバッグは魔道具で、内部の空間を拡張する事で、バッグの大きさの20倍ぐらいの物を入れる事が出来るのだ。
ポンと呼ばれたのはタヌキの魔物で、コンと同じウエストバッグを身に付けていた。
2匹共普通のキツネやタヌキと変わらない姿だが、お尻の両側に付いている『三つ巴』の印が、魔物である事を表していた。
実は彼らは魔物でありながら、ハンターギルドに籍を置くハンターなのだ。高い知性を持つ魔物なら、条件を満たせばハンターになれるのである。首には、ハンターのライセンスプレートを掛けており、これのおかげで街にも自由に出入り出来るのだ。
「依頼主? ハンターギルドに戻るのか?」
ポンが首をかしげて言った。
「そっちじゃない、ナダム家の……お貴族様の方だ」
コンは咄嗟に誤摩化した。森の中といえど、どこで聞かれるか分からないからだ。政敵の多い貴族ともなれば、特に注意が必要だ。とは言え、政敵に情報を売る事に、なんら躊躇いはないが……。
コンは空間拡張バッグから、魔力通信機を取り出した。スマホなんかとは違って、とても携帯出来る大きさでは無いが、空間拡張バッグの容量なら、収納も可能になってしまうのだった。
コンは魔力通信機に魔力を流して起動した。
「こちらハンターのコンです。子爵様、事情が変わりました。例の土地についてですが、まずい事に女神の使徒様が関わっていました」
「ふむ、なるほど、それはやっかいだな。その土地は娘の為の別荘を建てるのに、更地にしてしまいたいのだがな……」
コンは少し考えた後に、勿体ぶってある提案をした。
「どうでしょう、使徒様にその土地から出て行ってもらうというのは……」
「なに? そんな事が出来るのか?」
「私めに策がございます」
「ほう? ではその方に任せるぞ」
「ははっ」
そう言うと、コンは通信を切った。
「さてポンよ、忙しくなるぞ」
リリエルの樹上ハウスから1キロ程の場所にある集落では、果物の収穫がされていた。リンゴによく似た果物で、トリエステでは人気の果物だ。お菓子や果実酒などに使われ、ドラゴニアの名産にもなっている。
丘陵地に作られた果樹園には、集落の人々が収穫作業をしていた。
「おや? あれは何だ?」
一人の村人が、空の上を指差して言った。
収穫作業をしていた村人達も、手を止めて空を見上げてみた。
森の木の上を、何かが飛んでいた。少しして、それは村人達に気付いたからか、こちらに向かって来たのだ。
「ちょっと待て、あれは魔獣じゃないのか?」
「えぇ? 本当だ、魔獣だよ」
「あ……あれ……、コカトリスだ~~!」
「うわ~~! 逃げろ~~」
村人達はパニックになり、みな逃げ惑った。
知らせを聞いて、武器を手に駆け付けて来た村人は、魔獣の姿を探した。
しかし、コカトリスは姿を消していたのだった。
村人が魔獣を探していた時、武装した警備隊の隊員達が街道を走って来た。その中の隊長が村人に声を掛けた。
「大丈夫か? コカトリスが現れたと報告があったぞ」
「ああ隊長さん、さっき一匹いたけど、どこかに行ってしまいましたよ」
「そうか。よしお前達、この周辺を探すぞ」
「ははっ!」
警備隊と村人が総出で探したが、コカトリスは影も形も無かった。
その日の収穫作業は中止となり、村人達は帰って行った。
翌日には他の集落でもコカトリスが現れ、警備隊が出動するなど、結構な騒動になってしまった。おかげで収穫作業がストップしてしまい、各集落の責任者は頭を抱える事になったのである。
この周囲一帯は、ナダム子爵家の所有地で、数カ所の果樹園が点在するほどの広さがあり、リリエルの家がある丘も、所有地の一部なのである。このままでは収穫作業もとどこおり、子爵家の収入が減ってしまう事が問題となった。
そしてさらに、もう一つ問題があったのだ。
「ねえお父様、例の私の別荘はどうなりました? 早く学園の子達に見せてあげたいのですわ」
子爵の長女、エレミアが父親に催促して来た。
「もう少し待っていなさい、皆に自慢出来る別荘を建ててやるからな」
「楽しみにしてますわ、お父様」
そう言って、エレミアはウキウキとした足取りで、父親の執務室から出て行った。
「分かるなコン、あんなに楽しみにしている娘の為に、何としてもあの丘から使徒様を追い出すのだ」
机の陰に居たコンが、尻尾をパタパタ振りながら子爵を見上げた。
「分かってますって。もうそろそろ、ハンターギルドにコカトリスの討伐依頼も行っている頃でしょう。あのコカトリスが、使徒リリエル様の飼ってるやつだって知っていたギルドの責任問題にもなるし、使徒統括のペギエル様も、見過ごしにはされないでしょうね」
「なるほど……そうなれば、使徒といえど立ち退かざるを得ないな。私からも領主様に報告しておこう」
「では私はもう一度、現地に行って来ます」
「分かった。それにしても、お前達の変身能力は凄いものだな。コカトリスにまでなれるとはな。そして使徒様に責任を取らせようなんて、お前も中々のワルよのぉ」
「いえいえ、子爵様には敵いません」
ハハハと笑う二人。
ここにナナミィがいれば、『時代劇かよ』と突っ込んだ事だろう。
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あたしは、ムート君の家に来ています。今日は魔法の訓練で、風魔法の練習をしています。風で魔獣を切り刻むなんてのは無理でも、吹き飛ばすぐらいの風は出したいですよ。ポチャリーヌに教えてもらいながら、魔力を体に巡らせています。
元魔王だからか、ポチャリーヌは教え方が上手くて、徐々に使えるようになって来ました。
1時間ほど訓練をして、今は休憩してます。サリエルちゃんの入れてくれたお茶を飲みながら、おしゃべりタイムとなってます。
「ナナミィは見込みがあるぞ、この調子なら風魔法どころか、『地』や『空』の魔法も習得出来るやもしれんぞ」
「ほんとに~? やっぱりあたしは、やれば出来る子なんだ~」
ラビエルの教え方が下手だっただけで、あたしにも魔法の才能はあったんだ。
その下手なラビエルがパッと現れた。
「我が輩と一緒に来てくれ、七美~~!」
は? 何言ってんの?
「ハンターギルドにリリエルがまずい事に……」
慌てているのか、さっぱり要領を得ないけど、リリエルちゃんが関係してるの?
「リリエルがどうした? ……まあいい、妾も一緒に行くぞ」
と言ってポチャリーヌが、ラビエルの手を握った。
「行くのはいいけど、ムート君は?」
「あやつはまだトイレから戻っておらんわ、我らだけで行くぞ」
ポチャリーヌに手を握られたと思ったら、もうハンターギルドの前だった。
ギルマスの部屋に入ったら、リリエルちゃんとカトリさんがいました。それと、めっちゃ渋い顔をしたペギエル様が……
「ど……どうしたの? 何でペギエル様までいるの?」
あたしはさっぱり分からなかった。
「え? あたしが怒られるのかな?」
「いやいや、君に来てもらったのは確認の為だけだよ」
と、ギルマス。
「カトリさんと一緒にリリエル様の家に行った時、このコカトリス達がいたかね?」
このコカトリスって、どのコカトリス? って、リリエルちゃんの後ろに、コカトリス達がいたよ! しかもレイスもだ!
「どうかね?」
思わず固まってたあたしに、ギルマスがもう一度聞いて来た。
「え……ええ、この子達もいました。もうすっかり大人しくなって、良い子にしてましたよ」
と、あたしは答えた。
「この子達が、人間を襲ったりするわけがないのですぅ」
リリエルちゃんが、泣きそうな顔で弁解してます。
あたしは訳が分からず、首を傾げた。
「ナナミィさんとポチャリーヌさんの為に説明しますね。リリエルさんの家の近くの集落や果樹園が、魔獣に襲われて、ギルドに討伐依頼が多数寄せられているのですよ。その魔獣とは、このコカトリスらしいのです」
と、ペギエル様が教えてくださいました。
「さらにまずい事に、襲われた果樹園の所有者のナダム子爵様から、ギルドに正式な抗議が来たのだ。ギルドが、討伐依頼を取り下げたのが原因と言われたら、こちらとしても何も言えないのだ」
ギルマスが、カトリさんをちらっと見ながら言った。
「私がコカトリスは問題無しって報告して、依頼が取り下げになったんだよ。なのに魔獣が暴れているというので、ギルドの責任問題にもなってるわけ」
カトリさんが説明を引き継いだ。それって大変な事になってるじゃん。
それと、何でペギエル様がここにいるかというと、ラビエルだけじゃ解決出来ないかもしれないと思われたからだって。あたしもそう思う……
「それならリリエル様が、別の場所に移ればよろしいのじゃありませんか?」
と提案をするポチャリーヌ。ギルマスの前なので、お嬢様口調だ。
「私もムートさんの家の庭に、リリエルさんの家が建ってる大木ごと引っ越しなさいとすすめたのですが、コカトリス達と離れたくないと言い出して、困っているのです」
ああペギエル様、それはまずいですよねぇ……。町中にそんな魔獣がいたら大問題ですよ。
リリエルちゃんは、コカトリスをぎゅっと抱いて、泣きそうになってます……
あたしまで胸が痛んで、涙が出そうになります。
その時、ギルマスの部屋の扉が開いて、受付のお姉さんが顔を出しました。
「マスター、またコカトリスに襲われた村からの討伐依頼が来ました……」
「なに? 今か? それで依頼はどうした?」
「すでにハンターが受注して行きました。Aランクハンターの古狸のポンですね」
『こり』って、ふるだぬきと言う意味よね? 魔物がハンターなの?
「何でも、魔獣の巣ごと魔力爆弾で吹っ飛ばすって言ってましたよ」
「なんですって~~!!」
ポチャリーヌが勢い良く立ち上がり、リリエルちゃんを抱き上げた。
「さあ、早くリリエル様のお家に行きましょう」
「わ……分かった。さあ七美、我が輩らも行くのだ」
そしてラビエルに連れられて、あたし達は転移しました。
あたしとポチャリーヌ、リリエルちゃんとラビエルが、リリエルちゃんのお家の前に来ました。討伐依頼はついさっきだったので、まだ余裕はあるはず。
そのはずだったのに、最悪な事態になってしまった。
あたし達の目の前で、リリエルちゃんが住んでいた大木が、粉々に吹っ飛んでしまったのです!
ポチャリーヌの腕から飛び降りたリリエルちゃんは、へたり込んでしまいました。
「わ……私のお家が……。あ~~~ん おうちがなくなっちゃたよ~~~!」
リリエルちゃんは、わんわん泣き出してしまいました。
「うあぁぁ~~ん わたしのおうち~~~!」
大粒の涙を流して泣いている彼女を見て、あたしは初めて、怒りで我を忘れてしまったのです。