第40話 ポチャリーヌVSムート
「本来の魔王の姿で、バハムートと闘ってみたいところだが、そんな事をしたら、街が壊滅してしまうからやめておこう。なので妾は、9歳の姿のままで相手しようぞ」
今日は皆に顔合わせに来たんじゃなかったの? なんでこの子は、そんな物騒な事を言い出すのよ。まあ、あたしもムート君のアリコーン姿には興味があるけど……
「ムートよ、あんな小娘など一捻りしてやれ!」
なんて、ラビエルが煽ってるよ!
「ポチャリーヌは小娘なんかじゃないですぅ。ムートさんより強いのですよ~」
何でリリエルちゃんまで対抗するの? パートナーだからか?
「え~~と……どうしましょう母上?」
ムート君がとても困っていた。ディアナ様も苦笑してるよ。
「ふ~~む。いっそ闘って、お互いの力を確認してみるのも良いかもしれませんね。それにナナミィさんに、本当の姿を見せられますし……」
後ろから声がして、あたしはビックリした。振り返ってみたら、ペギエル様だった。相変わらず人を驚かすのが好きな方だね。
「ダメだよ、こんな所で闘ったら」
あたしはポチャリーヌに言った。ムート君は、ほっとした顔をした。
「庭でやらなきゃ」
ムート君ガックリ。あたしもムート君の、アリコーン姿が見たいぞ。
「よ~し、早く表に出ろ!」
ポチャリーヌさんや、お嬢様なのに、その発言はどうかと思うよ。って思ったら、ポチャリーヌ・ママがウフフと笑ってた。大丈夫か? 領主様ご一家。
「分かりました。その勝負受けましょう」
ムート君は立ち上がり、その場で服を脱ぎ始めました。シャツやズボンを脱ぎ、パンツも脱ごうとしたところで、ペギエル様がストップをかけた。
「ここにはご婦人もいますので、そのままで変身してしまいなさいな」
確かにここには、領主様の奥様やママ、元人間のあたしがいます。さすがに、おちんちん丸出しはマズイですよね。……あたしはすでに見ちゃったんだけど……
そしてムート君は床に手を突いて、四つん這いになりました。目をつむり息を吐くと、体がプルプル震えだし、鼻先や首が延び、額からツノが出て来ました。体が一回り大きくなり、お尻から出て来た尻尾に押されて、破れたパンツが床に落ちました。
最後に翼が広がり、ムート君は人間からアリコーンに変身完了。
それは、言葉では表現出来ないほど、美しい生き物でした。
純白の毛色に、黄金のたてがみと尻尾。大きな瞳と長いまつ毛。女神様ほどの神々しさは無いけど、神聖な雰囲気に包まれてます。
あたしは今、凄いドキドキしてる。初対面にこの姿で会ってたら、絶対恋してる。白馬に乗った王子様じゃなくて、王子様が白馬だ。
ポチャリーヌ・ママとうちのママも、ほぅ~って顔で見てるし……
「何とも美しい姿よの。しかし今から地べたに叩き付けて、泥だらけにしてやるぞ」
なんて言うポチャリーヌに、ポチャリーヌ・ママが「そんな事は許しません。ムートさんに傷一つ付けてはなりませんよ!」と怒っていた。
「え~~? 無茶な事は言わないで下さいお母様~~」
とポチャリーヌが、お嬢様口調で文句を言っていた。例によって、リリエルちゃんが「プ~~」と吹き出していた。
「では、私が審判をします。降参をするか、気絶したら負けです。それに庭の周りには結界が張ってありますが、地面にはありませんので、パワーは押さえて下さい。芝生が痛みますので……」
ペギエル様が審判をやって下さいますが、絶対、面白がってるよね?
「それでよい、さっさと始めるのだ」
「準備いいですよ、ペギエル様」
ムート君とポチャリーヌが、庭の真ん中で対峙した。
「では、始めっ!!」
ポチャリーヌの背中から、4枚の妖精の羽が出て来ました。これは体から生えてる物じゃなくて、立体映像のような物です。その羽がブルっと震えた瞬間、ポチャリーヌの体がフッと移動した。
ムート君はピョンと飛び上がり、1回転し、向きを変えて着地した。そして、さっきまでムート君がいた場所に、ポチャリーヌがパッと現れた。
しかし、文字で表すと間延びして、スピード感が損なわれますね。
ギュン クルン スパッ ってな感じです。
ポチャリーヌがムート君に指を向けた。その指先から一条の光が発射!
間一髪、ムート君は避けた。
その光は、ムート君の背後の地面を、一直線に焼いて行った。
ポチャリーヌ・ママとうちのママの「きゃ~~」と言う悲鳴。
ペギエル様の眉間に刻まれる深いシワ。
ラビエルとリリエルちゃんは、ノリノリで応援してるし……
ムート君は前足をサッと横に振った。すると空中に現れる、炎のブーメラン。それが高速でポチャリーヌに向けて飛んで行った。
避けるポチャリーヌ。ムート君は彼女の周りを走りながら、同じ攻撃を続けた。普通の馬じゃ不可能であろう、3本足走行をしてたよ。
「凄いな! さすが竜王。いささかの油断も出来ぬわ!」
なんて話しつつ、次々と避けるポチャリーヌ。今日はシンプルなワンピースだけど、クルクル回るので、スカートが広がり踊ってるみたいだ。
「あんたも中々やるな。攻撃が当たりゃしない」
ムート君が翼を広げて上空を旋回した。その姿はまさにペガサス。実はこの世界には、ペガサスはいないのです。馬が空を飛んでるのって、脅威の光景だよ。
ポチャリーヌは両手の平から光の玉を出し、自分の体の周りをグルグル回転させたかと思えば、いきなり投げ付けた。
ムート君は余裕で避けましたが、避けられた光の玉は向きを変えて再び襲って来た。ポチャリーヌを見ると、両手の人差し指を立てて、忙しく動かしていた。あの光の玉はそうやって操作してるんだ。
最初は余裕で避けてたけど、段々と当たるようになってきた。威力は小さいみたいだが、当たった所が少し焦げてたので、高温なのかもしれませんね。
「ポチャリーヌちゃん! それ以上やれば、お小遣い無しですよ!」
「ちょ……お母様、今そんな事おっしゃられても……」
ポチャリーヌ・ママの無茶振りに、おたおたするポチャリーヌ。母親には弱いのか、魔王も形無しだった。
それが一瞬の油断だったのか、ムート君に上を取られた。
ムート君は口を開けて息を吸い込み、炎を吐き出した。
これはドラゴンブレスだよ!
さすがに元竜王だ、アリコーンになってもブレスが使えるんだ。っていうか、それはあたしも同じか。あたしも人間の姿でブレスが使えるしね。
ポチャリーヌはブレスの直撃を喰らい、ワンピースが燃えてしまいました。彼女の足元も円形に焦げていた。
「くそぅ、お気に入りの服だったのだがな……!」
と言って、燃え残ったワンピの布を脱ぎ捨てて、下着姿になった。この子はドロワースをはいていたよ。とても似合っていて可愛かった。
「……ああ~、芝生が焦げてしまった……。後で二人には、芝を張り替えてもらわなくては……」
ペギエル様があたしの横で、ブツブツ言っておられた。
「ハハハ……」
あたしは、苦笑するしかなかった。
「凄いなぁ、ブレスを喰らっても平気だなんて」
「平気なもんか。あの服は高かったんだぞ」
「え? 本当に? なんか、ゴメン……」
「気にするな、幾らでも買える……ぞっと!」
ポチャリーヌが片手を振り下ろすと、光の槍がムート君を襲う。
しかし、光の槍はムート君の翼で弾かれました。そして一足飛びでポチャリーヌの前に来ると、額のツノを突きつけた。
「なっ? 動けん……」
そのまま固まるポチャリーヌ。金縛りなのか、片手を下ろしたポーズのまま、動けなくなっていた。ムート君のツノが光ってるので、魔法の一種なのかな?
「これで勝負あり、かな?」
なに? ちょっとムート君かっこいいよ。
「ふふん、そんなワケあるか」
ポチャリーヌがそう言うと、彼女の背中の羽が離れて飛んで行った。アレ取れるんだ。そして、ムート君のお腹のあたりにくっ付いたのです。
「??」
たぶん、その場の全員の頭の中は「?」だったでしょう。
不意にムート君の体が、グルンと横に一回転して、背中から地面に落ちた。ポチャリーヌは、金縛りが解けたのか、後ろに飛び退いた。さっきの羽がムート君から離れて、再びポチャリーヌの背中にくっ付きました。
「この羽は飛行魔法の一種だ。動かしたい物に付けると、自由に操れるようになるのだ。自分に付ければ、空を飛ぶ事も出来るのだぞ!」
なんて、めっちゃドヤ顔で自慢してた。そんな能力だったの?
「さらにこういう使い方も出来るのだ」
そう言うと、羽がまたムート君の方に飛んで行き、足元の地面に落ちた。
そしてその羽が、彼を中心にグルグルと回転、竜巻のような風が発生し、ムート君は飛ばされないように踏ん張っていた。地面からはバリバリと、土や芝生が飛ばされていってるけど……
「フハハハ! どうだ、手も足も出まい!」
「やめなさい!!」
ベチィ~~~~~ン!!!
ペギエル様のきつい一撃で、ポチャリーヌがバッタリ倒れた。
「……え~~と、勝者ペギエル様」
みんながポカ~~ンとしてるので、あたしがオチをつけておいた。
チャンチャン♪
「すみませんねぇ……ウチの娘がご迷惑をおかけしました」
ポチャリーヌは、お母様に抱えられて退場となりましたとさ。
これにて顔合わせは終了となりました。その後ムート君とポチャリーヌは、庭の整備をさせられました。
そして、なぜかラビエルとリリエルちゃんも、手伝わされていた……