第4話 女神の使徒
朝になりました。
あたしは目を覚まして、ぼんやり窓の外を見てた。
ドラゴンは人間と違って、うつ伏せの状態で、丸まって寝てます。猫や犬みたいな感じですね。背中に翼が生えていて、頭には角があるからです。ベッドは、足の付いた四角い箱で、頭を置く方にあるヘッドボードとか言う部品は無く、ベッドの上にはクッションだけ敷いてあります。あたしは女の子なので、ふちに飾りが付いたベッドを使ってます。
さて、今朝はちょっと憂鬱です。
昨日、いとこのウサミィから貰った、お財布を無くしたからです。
中に入ってるお金は、大した事ないんですが、お財布はとても大切にしてたので……
今日ウリルに会った時に、酷い事言わないように気を付けなきゃね。でもまあ、あの子のおかげで、バハムート様に会えたんだから、プラマイゼロって事にしとこう。
そんな事より、バハムート様が山の上をぶっ飛ばした時の爆音が、街まで届いたらしく、ちょっとした騒ぎになってた。パパの勤めてる鉱山にも、振動が伝わったそうです。
心配したママに、いろいろ聞かれたけど、正直に言っても信じてもらえそうに無いので、適当に誤摩化しておきました。この世界の文明レベルじゃ、爆音や振動がどこから来たのかまでは、分からないでしょうし。
今日もミミィを連れて登校です。
ウリルが申し分けなさそうな顔をしてたので、「気にすんな」と言って、頭をワシワシモフってやった。
その日は何事もなく授業が終わり、下校の時間になりました。ミミィを迎えに教室を出た所で、クラス担任のパミラ先生に声を掛けられました。ちなみに、パミラ先生は人間の女性で、おっとりとした性格の優しい先生です。
「ナナミィさん。学園長先生がお呼びですよ。学園長室へ行ってきてね」
ま……まさか、昨日の事がバレた?
そんな事は無いはず……
「……は~~い」と、動揺を隠して返事をしました。
「し……失礼します」
内心ドキドキしつつ、学園長室のドアを開けた。部屋の真ん中の机には、ミニチュアシュナウザーに似た犬の獣人が座ってました。背は低めですが、恰幅はよく、まさにイメージ通りの校長先生です。
「ああ、君がドラゴンのナナミィ君か。君は女神の使徒様を知っているかな?」
「え? ええ、知っています。見た事はありませんけど」
「話と言うのは他でもない、使徒様が君に会いにいらしたのだ」
と言って学園長先生が横を向いたので、あたしもそちらを見ると、人間の少年がソファに座ってた。14歳ぐらいだろうか? 膝の上に、ウサギの縫いぐるみを乗せていた。うん? この子が使徒様なの?
「やあ、初めまして。我が輩が、女神ディアナの使徒ラビエルである」
ワガハイって、まだ少年なのに、オッサンみたいな…… って、少年の口は動いてない?
すると、ウサギの縫いぐるみが手を上げた。
「ラビエルのラビは、ラビットのラビだよ」
ウサギがしゃべった~~~っ!!
ウサギの背中には翼があり、パタパタと飛んで来て、テーブルの上に乗った。
あたしは、ぽかんと口を開けてウサギを見た。いや、いくらなんでもファンタジーが過ぎるでしょ。
ウサギはニッコリ笑って言った。
「使徒だよ」
「は……はい!」
なんか、もう、そう言うしかなかった。
っていうか、使徒様ってウサギだったの? 初めて知ったよ。
「ラビエル様は、意地悪だなぁ」少年があきれたように言った。
「何を言う、我が輩は優しくて可愛いウサギなのだよ」
二人して、ハハハと笑った。
あたしは、いったい何を見せられてるのだろう?
「ラビエル様、ちゃんと説明しないと、彼女には分かりませんよ」と、学園長。
「彼は転校生のムート・ヘルマイア君だよ。君とは同級生になるね」
「はぁ……」
なるほど、それは分かりました。それで、使徒様は何でいるの?
「おおっと、ドラゴン娘を、からかいに来たんじゃなかったな」
からかったんかい。
「実は君を、スカウトしに来たのだ」
「え? それはあたしが美少女だから?」
「いや? そう言う訳ではないのだが……」
使徒様はいぶかしげに言った。
「冗談ですよ」
「冗談か。そうであろう、君はそんなに……」
なんて、ちょっと失礼な事を言いやがる使徒様に、ムート君が口を挟んだ。
「ナナミィちゃんは、とても可愛い女の子ですよ。僕は好みです」
この少年は何て事言い出すの? あたしが人間だったら、顔が真っ赤になった事でしょう。幸いドラゴンは顔が赤くならないので、内心の動揺は悟られないだろうけど。
「そんなに照れなくても……、やっぱり可愛いなあ」
(なんで分かるの~~~~っ!)
「まてまて。話がずれてるぞ」使徒様は咳払いをすると「スカウトと言うのはだな、君に魔獣の討伐をしてほしいのだ」
「それって、討伐クエストってやつ?」
「うむ。まさにそれだな」
「え? マジで?」
「この世界には動物以外にも、魔力を持った魔獣と言われる生物が居るのは知っておろう? 普段大人しい魔獣が、突然凶暴になる事件が起きておるのだ。軍隊など持たぬ人間達には対処出来ないので、魔獣を討伐する者をスカウトしているのだよ」
大まかに言えば、魔獣とは魔力を持った獣で、それに高い知性を持った存在を、魔物と言います。まさにドラゴンは、その魔物なのです。
「え~……お話は分かりましたけど、あたしは普通のドラゴンの女の子ですよ? 別に強くありませんし、もっと強いドラゴンは他に居ますよ」
昨日のロックデーモンすら倒せない者が、討伐なんて無理に決まってるよ。
「スカウトするには条件がある。君がその条件を満たしておるからだ」
「条件……、ですか?」
「転生者、というな」
なぜ知ってる?
「え……どうしてそれを……」
「我が輩は女神の使徒なるぞ。そんな事は全てお見通しだ」
使徒様はふふんと鼻で笑った。
「転生者は、みな特別な力を持っておる。具体的には、前世の能力が使えるという事だ、前世でエスパーだった者なら、超能力が使えるのだ」
前世の能力って言っても、ただの女子高生だったあたしは、体力も知力も平均的で、格闘技も使えない残念な娘なんですけど。無論、魔法も存在しない世界だったので、魔術も使えません。
「確かにあたしは、前世が人間でしたけど、何の力もありませんよ?」
「ほほう。君の前世は人間だったのですね」
と、学園長先生に言われてハッとした。
「あ……あれ? こういう話って、人前で話してよかったの?」
「かまわんよ。学園長は協力者だからな」
「そうなんですか?」
びっくりするあたし。
「使徒様の活動に便宜を図るのは、国民のつとめだからね。むろん、守秘義務も守るから心配しないでくれ」
取り敢えず、あたしの前世が人間だったと言う事が、みんなにばれる心配は無さそうです。
つまりこういうことだった。
異世界から転生した者は、特別な魔力を得るらしいのだ。そういう者に、危険な魔物や魔獣が出現した時、討伐する任務を与えるんだそうです。特別って言っても、人間の力じゃドラゴンより弱くならない?
「あたしなんか弱くて、使い物にならないのに……」
「何を言う、必要なのは力だけではないぞ。昨日見せてもらったが、君は弱き者を守る勇気や優しさを持っておるではないか」
ちょっと待って、昨日のアレを見られてたの?? いったいどこから?
「我々は君のような、勇気ある者を求めておるのだ。共に戦わぬか?」
と言って、使徒様は片手でビシッとあたしを指差した。
「お断りします」
即答した。
「む? 何故だ? 特別な力なのだぞ」
「あたし一人で、そんな危険な事出来ません」
「いやいや、他にも仲間が居るぞ」
「え? 何人も居るの?」
「一人…… かな」
「お断りします」
「『トリエステ討伐隊』と言う、かっこいい名前もあるぞ」
うわっ、なにそのダサイの
「お断りします」
「おおっそうだ、もう一人女の子が増える予定なのだ。『トリエステ美少女戦隊』と改名してやろう」
「帰れっ!」
緊迫の交渉は決裂したのだった。
美少女戦隊……ありえなかった……