第39話 あたしの居場所
「フハハハ! 妾に掛かれば、あのような小物悪役令嬢など、ひとひねりよ!」
翌日学園で会ったポチャリーヌは、めっちゃドヤってた。
いや、どう見てもこの子の方が悪役令嬢だよ。元魔王だけに。
あたしが中庭の花壇のお世話をしてる後ろで、腕組みして仁王立ちしてたよ。
「ここにいたのねポチャリーヌさん。先生が呼んでましたよ」
彼女の同級生の女の子が声を掛けて来た。
「あら? そうですの? すぐに行きますわね。ではお姉さん、御機嫌よう」
と言って、ポチャリーヌが初等科の校舎に戻って行った。
「プ~~~!」
バケツの中に隠れていたリリエルちゃんが吹き出した。
「魔王が貴族令嬢なんて、すっごいギャップですね。プププ~」
確かにね……。なんでも、死後に女神のお手伝いをする事を条件に、こちらの世界に転生させてもらったそうな。ムート君も同じだと言っていたな。
じゃあ、あたしはどんな理由で転生したのかな? 生前にそんな話は無かったぞ。女神様のお手伝いが出来るような、特別な力も無い、ただの庶民だったのに。しかも、今も庶民だよ。
あたしが死んだ時の記憶が曖昧で、どういう理由で死んだのか分かりません。どうもラビエルが、なんか知ってるみたいだけどね……
「そうそう忘れてました。ナナミィさんは明日、ご家族を連れてムートさんの家に来てほしいのですぅ」
「え? パパとママも? 何で?」
「討伐隊がみんな揃ったので、関係者全員で顔合わせするそうですよ」
「ふ~~ん。じゃあポチャリーヌのところは、領主様ご一家が来られる訳ね、うちのパパとママは緊張しそう」
「私はこれで帰りますです。また明日~~」
そう言って、リリエルちゃんは帰って行った。
そう言えば、ムート君のパパは誰なんだろう? ママはアリコーンのディアナ様だけど、パパは人間なの? 異世界なら馬と人間の間で子供が出来るもんなの?
ま……まあ、神様ならあり得るかもですね。(っていうか、この話題を続けても、倫理的に大丈夫なんでしょうか?)
・・・
あたしはパパとママと連れ立って、高級住宅街まで飛んで来ました。
「さすがに高級な所は違うわねパパ」
ママが周りを見回して、呑気に言った。ママの名前はヘクシィ・アドレア。女性にしては身長が高く、2mぐらいあります。娘が言うのもなんですが、かなりの美人です。
「ムート君はこんな所に住んでいるのかね?」
パパはダミド・アドレア。グレンジャー鉱山の主任をしています。とっても頼りになる、大好きなパパです。ちなみに、あたしはパパ似です。
あたしは、観光気分で浮かれる二人の手を引っ張って、ムート君のお家のドアをノックした。すぐにサリエルちゃんがドアを開けてくれました。
「いらっしゃ~いナナミィ。待ってたよ。さ、入ってね」
「初めまして使徒サリエル様。娘がお世話になっております」
パパとママが恭しく頭を下げた。
「これはご丁寧に。さあ、皆様お待ちですよ」
お家の中に入ったあたし達は、サリエルちゃんを先頭に、長い廊下を歩いて行きました。女神様にお会いすると言っても、正式な謁見じゃないので、みんな普段着です。まあ気楽にいきましょう。
そして、普段ラビエルと寛いだり、サリエルちゃんやミミエルとおしゃべりしてるリビングに着きました。すでに皆さんお揃いになっています。領主様夫妻とその娘ポチャリーヌ、ラビエルとミミエルとリリエルちゃんがいます。
あと、フワエル様とレオンが、興味深そうに皆を見てます。
女神様はまだ来られていませんね。たぶん全員揃ってから、空中神殿から転移して来られるのでしょう。
あれ? そう言えばムート君がいないよ。ここに住んでるのに変なの。
「おおっ! 来たなナナミィ。ご両親もお初にお目に掛かる。妾がアリエンティ家三女、ポチャリーヌ・ド・アリエンティである」
ポチャリーヌがいきなり、少女らしからぬ『わらわ』なんて言い出したぞ。
「ちょ……ポチャリーヌ、そんな言葉遣いしちゃ……」
あ! しまった、思わずポチャリーヌを呼び捨てにしちゃったよ! この子も一応、貴族の娘なのに。
「すみません。とんだご無礼を……」
あたしは慌てて謝った。
「ああ、構わんよ。私もこの子の事情は分かっているからね。君はこの前のパーティーで会ったね。ポチャリーヌと一緒に、女神様の為に働いてくれたまえ」
領主様は優しく言われました。
「それにしても、異世界の魔王が私の娘として産まれて来る事を、使徒ペギエル様から聞かされた時はビックリしましたわ。魔王だなんて、お伽話の中だけだと思ってましたもの」
奥様も楽しそうに言われました。この世界にも魔王や勇者はいないんですよ。それらはお伽話の中だけです。ドラゴンはいるのにね。
パパとママは訳が分からなくて、キョトンとしてる。
「すごいわねぇナナミィは。領主様や使徒様と、あんなに親しく話してるわ」
「そうだねぇ。いつの間にかこんなに成長したんだね」
「そうですぅ。ナナミィさんはすごいですぅ」
パパとママと、あたしに抱っこされてるリリエルちゃんが、しみじみ言った。
でも、本当に驚く所は、そこじゃないんだよ。あたしも転生者だってのは、二人には教えてないんです。あたしが人間だった事を知られると、今の親子の関係が壊れそうで恐いんだもん……
「ナナミィさん、どうしました?」
リリエルちゃんが心配そうに尋ねた。
「なんでもないよ、リリエルちゃん」
今ちょっと、泣きそうになってたかもしれないな。ドラゴンの顔じゃ分かり辛いけど、リリエルちゃんには伝わってしまうんだ。
「皆さんお揃いですね。お待たせしました、私がディアナです。そして私の息子のムートです」
少し経ってから女神ディアナ様とムート君が来ました。
領主様夫妻とうちの両親が跪いて挨拶しています。さすが女神様です、凄い威光です。ムート君はというと、前世では竜王だったそうだけど、8人いる竜王のうち、一番の下っ端だったので腰が低いです。
「さて、最後の転生者のポチャリーヌさんが加わった事ですし、この機会にこの3人について、説明をした方が良いと思い、親御さんをお呼びしました」
そう言うとディアナ様は、床に置かれた大きなクッションに座りました。
「みなさも楽になさって下さい。サリエル、皆さんにはお茶とお菓子をお願いね」
あたし達は、丸く置かれたソファーに座りました。サリエルちゃんが、皆の前に置かれたテーブルに、お茶とお菓子を配って行きました。
「魔獣の討伐に、普通の人間や獣人やドラゴンでは難しいので、特別な力が得られる、異世界の転生者に討伐を任せているのです。ムートの前世は、ドラグランデと言う世界で、竜王バハムートと呼ばれていました。この世界のドラゴン族よりも、大きくて強力なドラゴンだったのです。なので、ドラゴン族の体ではバハムートの力に耐えられないので、私が自分の子供として産みました」
みんな感心したように、ムート君を見ました。
「ふむ、成る程、人間にしてはパワーが大きな理由はそれだったんだな。それに、父親は人間ではあるまい?」
と言うポチャリーヌの言葉に、あたしはハッとした。ディアナ様はムート君をチラリと見ました。彼は諦めたようにうなずきました。
「ええ、その通りです。父親はユニコーンです。この子は人間ではありませんよ」
そうか……! ディアナ様の人間の姿を見ていたおかげで、ムート君が人間だって事に疑問を持たなかったんだ。じゃあ、ムート君もアリコーンなの? アリコーンと言えば、翼のあるユニコーンの事です。
どうやらこの時、あたしはジト目で睨んでいたらしく、ムート君が耐えきれずにカミングアウトした。
「黙っていてごめんナナミィちゃん! 僕は母上と同じ、アリコーンなんだよ」
ムート君が、土下座をせんばかりの勢いで謝った。
「まぁだあたしに、隠し事をしてたんだムート君は」
「ナナミィちゃんの居る学園に、馬じゃ通えないから、人間に変身してたんだ……」
それを聞いていたディアナ様が、困ったように微笑んでおられます。分かってます、怒ったりしませんよ。こんな健気な男の子は怒れない。
「いいよ、怒ったりしないから」
そう言うあたしを見て、ムート君がほっとしてた。
「あれ? それなら何で、人間じゃなくてドラゴンに変身しないの?」
「それは私が説明しましょう。ムートはアリコーンとしての力がまだ小さいので、変身するのに魔力が少なくて済む、人間にしか変われないのです」
あたしの疑問に、ディアナ様が答えてくださいました。
「次は妾だな。妾はクリスエラールで魔王の称号を持つ女王、ポチャリーヌ・ガブリエラ3世。今世と同じく、イヌの獣人だったのだ。ちなみに魔王とは魔法を極めし者、魔法女王の事だ」
なんだ、魔王って言っても悪役じゃないんだね。よかった。
「よし! 妾の前世の姿を見せてやろう!」
と言って、服を脱ごうとする彼女を、ポチャリーヌ・ママが全力で止めていた。
「大丈夫か? ポチャリーヌ魔王様は」
あたしが、クスクス笑いながら言った。
「む。お主はアースでは、人間だったのだろう?」
「そうですね、彼女の前世の名は星野七美、17歳の学生でした」
ポチャリーヌとディアナ様に、あたしの前世をバラされた!!
ヒドイよぉ~! ずっと秘密にしてたのに!
こんな事で、パパとママの娘じゃ無くなるのはイヤ!
「へぇ~~、そうなんだ。前世では人間だったんだな」とパパ。
「ドラゴンにしては、人間っぽかったのは、そういう訳だったのね~」とママ。
あれ? あっさり受け入れたよ?
「パパ、ママ……、あたしが人間だったのって、気持ち悪くないの?」
あたしは、恐る恐る聞いた。
「何でだ、人間でもドラゴンでも、ナナミィはナナミィだろ?」
「前世がどんな種族であっても、今はママの娘じゃないの」
ママはあたしの頭を撫でてくれました。
「あなたはどうなの?」
よかった。
あたしは、パパとママの娘でいいんだ。
あたしは、ママの胸に顔をうずめて泣きました。
「パパとママが……あたしの親でよかったよ……」
リリエルちゃんがオロオロしてるので、泣いちゃいけないと思うけど、涙が止まりません。……どうしよう。
「七美は良い子なので、どこでだって生きて行けるだろう」
なんて、ラビエルがドヤ顔で言った。
「そーよねー、あの子は図太そうだから」
ミミエルが肩をすくめて言った。
うわ、感動のシーンが台無しだ。あたしはラビエルを睨んで、手をワキワキさせた。ラビエルとミミエルは、慌てて目をそらせた。
でも、そのおかげで、涙は引っ込んだよ。
「取り敢えずナナミィの話は終わったな。妾は女神の息子の力を見てみたいと思っていたのだ。ムートよ、妾と勝負をせよ! アリコーンの姿でな!」
ポチャリーヌはすくっと立ち上がって、ムート君をビシッと指差した。
え? いきなりナニ言い出すのこの子?