第38話 第3の転生者-3
領主様の館に行く当日になりました。参加者が学園で集合して、馬車に分乗して移動します。馬車は領主様が用意してくださった物で、中々に豪華な馬車です。参加する学生でドラゴンはあたし一人だけなので、なんか場違いな感じで居心地が悪いです。
各学年の首位と2位の生徒が参加するので、2位だったムート君もいます。あたしの隣に座って、手を握っていてくれるので安心するけど、ちょっと恥ずかしいよ……
領主様の館は、ドラゴニアの北部の貴族街にあります。中世の都市と言えば、街の中央に城がある城塞都市を連想しますが、かつてのドラゴンの居留地だった頃の名残で、まるで平安京のような都市になってます。
馬車は、街の真ん中を通る、大通りを進んで行きます。道の左右には立派な石造りの建物が並んでいます。そのどれもが7~8階の高さがあり、ヨーロッパの街並みのようです。1階部分にはお店が入っていて、その上の階は事務所や住居などになってるようです。あたしは馬車の窓に張り付いて、ずっと眺めてたよ。
到着前にあたしの今日のスタイルを紹介しましょう。あたしが今着ているのは、まるでお姫様のような、豪華なドレスです。ドラゴン用でスカートは無いので、そんなに大仰な物じゃありませんけどね。
でも、人間のドレスとは違い、尻尾まで布に包まれ、腰の所にはスカートのような大きなフリルが沢山付いてます。
昨日サリエルちゃんが、家に持って来てくれたんです。ペギエル様がベイス商店のハンナさんに注文して、作ってくださったそうです。ハンナさんは売り子だけじゃなく、デザイナーでもあるので、張り切って作ってくれたんだって。
そして、例の花束はオーガンジーの布でラッピングして、あたしの横に置いてあります。オーガンジーと言えば、ドレスなどに使う透けている布の事です。オーガンジーを使ったのは、豪華に見えるという以外に、外から花が見えにくいという理由もあるのです。特にあたしの前に座っている、エレミアお嬢様からはね。
やっぱりエレミアは、花束が気になるようだ。しきりにチラ見してるよ。
そうこうする内に、馬車の列は領主様の館に到着しました。館はさすがに豪華です。他の貴族の館より大きくて、優雅な庭園が広がっています。
とは言え、女神様の神殿を見慣れてしまったあたしには、そんなに凄いとは思えないのですが……
大きな門をくぐって馬車が進んで行きます。100mぐらい走って来たら玄関の車寄せに着きました。神殿とは違い、警備の騎士が10名ぐらい立っています。館の案内のための執事さんが待っていてくださいました。
そこで全員、馬車を降ります。
「ナナミィ君、君が学園代表なので、皆の先頭になって歩いて下さい」
と、学園長先生があたしに教えてくれました。
うわ、それは緊張するな。
前世でも、そんな大役を仰せつかった事が無いので、冷や汗もんです。
館の廊下を、執事さんに連れられて、あたしを先頭に生徒達が歩いて行きます。廊下には歴代の領主と奥様の肖像画が飾ってありました。ドラゴニアの領主様はイヌの獣人です。獣人なのは、人間とドラゴンとの軋轢には関係無いからだそうな。
ドレスを着た獣人の絵を見ると、ここが異世界なのを実感しますね。
パーティーと言っても、ダンスパーティーじゃなくて、立食スタイルの気軽なパーティーです。参加者も学生ばかりなので、そんなに緊張しないで済みそうです。
ここに呼ばれている学校は、ドラゴニアにある3校だけです。順番に領主様に挨拶をして、花束を渡し、記念品を受け取るのです。簡単ですね。
自分がやるのじゃなければ……ね。
あたしのブレア学園は最後なので、順番が来るまで、のんびり食事していましょう。
お貴族様のお料理は、どれもこれも素晴らしく美味しいのです。しかも、テーブルマナーを気にする事無く頂けます。
それに、この世界のドラゴンが雑食で良かったですよ。肉食ドラゴンだったら、果物やお菓子が食べられないところでした。乙女なドラゴンにとっては、由々しき問題なのです。
同じ学園の生徒と言っても、学年が違うので知り合いがいません。なので、自然とムート君と一緒にいる事になるのです。
「モグモグ……これ美味しいね。サリエルちゃん作ってくれないかな?」
「そうだね、今度お願いしてみたら」
などと、他愛も無い会話をしております。モグモグ。
そう言えば、ムート君が記念品を受け取る役なんで、大きなカバンを肩に掛けてるんだけど、不自然に体の前に持って来てるのは何でだろう?
あたしは不思議に思って、横目で見てたら、カバンの中から小さな手が出て来た。その手は、ムート君の持つ皿からお菓子を掴むと、さっと引っ込んだのです。
え? まさか、あの中にラビエルが入ってるの?
あのウサギならやりかねん。でも、毛の色が違った。ラビエルは白い毛皮だけど、今のは薄いオレンジ色だった。あ、まさか、あの子が……
あたしはムート君に近づいて、カバンのふたを開けてみた。
その中には、お菓子をかじるリリエルちゃんがいたよ。
「なんでここにいるの?」と言う言葉を、目で訴えるあたし。
「てへっ」と笑うリリエルちゃん。
あたしがムート君を睨むと、彼は急いでカバンのふたを閉じた。
「記念品を受け取るまでの間だから」と小さな声で言った。
ムート君は使徒様相手に、色々苦労してそうだ……
ブレア学園の番が来ました。あたしは花束を持って領主様の前に進み出ます。花束は領主様のお嬢様が受け取られ、最初の学校の花束は長女様、2番目の学校の花束は次女様、あたしの花束は三女様が受け取られるそうです。
でも、三女様の姿が見えないよ?
挨拶は先生の考えたセリフをしゃべっただけです。内容はもう忘れちゃった。
そして花束を渡します。
「すまんな。娘がどこかに行ってしまってな……私が受け取っておくよ」
領主様は困ったように言いました。
あたしは花束を包んでいた、オーガンジーの布を外しました。あたし達が中庭の花壇で育てた花の中に、奇麗な青い花が入っています。
それを受け取った領主様は、最初は笑っておられましたが、青い花に気が付くと、厳しい顔になられてしまいました。
「きみ……これはまさか……」
「ええ、これは青い紙……」
と、あたしが言いかけた時に、エレミアが近づいて来た。
「お待ちになって。まあ! それは、プリシーランじゃありませんか!」
と、わざとらしく驚いてみせた。あんたが、コレ採れって言ったんだろが。
「貴重な花を保護なさっておられる領主様に、なんていう事を!」
会場がシーンとなってしまいました。
ここで光学魔法を解けば、折り紙に戻ってエレミアに恥をかかせられる。
あれ? 光学魔法って、どうやって解除するの?
しまった! 肝心な事聞いてこなかったぁ!
会場にいるみんなに見詰められ、焦るあたしに後ろから声がした。
「まあまあお父様、そんな訳ありませんわ」
聞いた事がある声に、あたしは振り返ってみた。
そこには、奇麗なドレスに身を包んだ、獣人の少女がいました。
「どういう事だ、ポチャリーヌ?」
初等科の女の子、ポチャリーヌ・アリエンティだ!
彼女はあたしの横を通り過ぎる時に、あたしを見てニヤリと笑った。
ポチャリーヌがさり気なく花束に手をかざすと、青い花が折り紙に変わった。
「プリシーランではありませんわ。可愛い折り紙ですよ、ほら」
この時、あたしの2mぐらい後ろにいたムート君のカバンから、「プ~~」と聞こえたのは、気のせいではないだろう。
リリエルちゃん、まだいたんだ……
「ああ……すみません……。私、気分がすぐれないので失礼します……」
と言ってエレミアは、フラフラとその場を離れて行った。
それを見て、ポチャリーヌがムート君を呼んで、こそっと耳打ちした。
「おい竜王。あの娘に付いて行ってやれ」
よく分かってないムート君は、エレミアに付き添って行った。
領主様への花束贈呈は、つつがなく終わりました。
昔はプリシーランを使っていたのですが、乱獲で絶滅しかけたので、国で保護するようになりました。その代わりに、青い折り紙を入れるようになったそうです。
いや、そんな事より、ポチャリーヌが領主様の娘だってぇ!?
「初めまして。私がアリエンティ家三女のポチャリーヌ・ド・アリエンティです」
と、元魔王はぬけぬけと言った。
貴族のご令嬢に転生とは、かなりズルイぞ!
すぐに戻って来たムート君が、記念品を受け取って、パーティーは終わりです。
なんとか大役を果たせましたね。
・・・
さて、あの後エレミアはどうなったのでしょうか?
リリエルちゃんに聞いた話によると、こんな感じだったそうな……
エレミアはガックリして、おトイレに行こうとしていたそうです。
後ろから付いて行ったムート君のカバンから飛び出たリリエルちゃんが、エレミアの背中を触って一緒に空間転移しました。
(ムート君は、二人共消えてしまったので、どうしようもなくて戻って来たんだって。さすが竜王、肝が据わってる?)
エレミアとリリエルちゃんがどこに転移したかと言うと、昨日のレイテの丘に移動しました。リリエルちゃんは素早く隠れて、エレミアの様子を伺ったそうです。
レイテの丘に放り出されたエレミアは呆然。
「え……? なにこれ? ここ……レイテの丘? なぜこんな所に?」
そりゃそうだ、さっきまで領主様の館にいたんだから。
さあ、どうするエレミアお嬢様。
「あ、そうだ! 転移陣に行けば帰れる。どこだったかな?」
彼女も貴族の娘なだけあり、ここで泣いて動けなくなるなんて事は、ありませんでした。昨日の東屋を探すために、歩き出しました。
ああ……でも運が悪い事に、再びレイスが出現しました。昨日ポチャリーヌが退治した奴とは別のレイスです。それが丘の上の一番高い所に浮かんでいました。
そして再びお嬢様と目が合った。
「きゃあ~~~っ!!」
お嬢様、大ピンチ!
エレミアは急いで逃げ出した。
つまずいて転びそうになりながらも、一生懸命走りました。レイスは生体エネルギーを奪おうと、執拗に追いかけて来ます。
むろん、体力的には普通の女の子レベルであるエレミアに、レイスから逃げる事など出来ません。リリエルちゃんがこっそりとレイスの邪魔をして、彼女が捕まらないようにしているのです。
エレミアはそんな事は知らないので、めっちゃパニックだったそうだけど。
これ以上はムリ、というところで、リリエルちゃんがエレミアの家に連絡を入れたそうです。早く迎えに来ないとお嬢様死んじゃうよ、と言ったら、慌てて転移陣を使って迎えが来たんだって。
ようやく助かったエレミアは、憔悴しきっていたそうな。
なんて事が全て、ポチャリーヌの計画だって言うのだから、魔王恐るべし! ムート君のカバンにリリエルちゃんが入っていたのも、計画の内だったんだね。
そのリリエルちゃんは、コカトリスを連れて来て、レイスを石にしていました。
「レイス、ゲットですぅ」
まさか、レイスまで手下にする気なの、リリエルちゃん……恐ろしい子!
本日の教訓、人を呪わば穴二つ。