第36話 第3の転生者-1
ブレア学園の中等科2年で最も優秀な生徒は私、エレミア・フォン・ナダムなのです。
ドラゴニアでは、領主様が優秀な学生をパーティーにお招きして下さるのです。優秀な私は4年連続招かれました。去年などは学園代表で、領主様にご挨拶しましたのよ。あれには貴族令嬢の私も、緊張したものです。
もちろん、今年も招待されてますわ。着て行くドレスを新調しなくちゃね。
「今年もエレミア様が、学園代表に選ばれますわね」
クラス委員長をしているエリーが、目を輝かせて言った。
「そーねそーね、エレミア様が一番ですわ!」
キツネの獣人のエリエッタが興奮して言った。
「誰が代表になるのかは、学園長先生がお決めになる事よ」
そう余裕で答えましたわ。どうせ私でしょうけど……うふふ。
そして今から学園長室にまいりますの。また私に、生徒代表をして欲しいという話なのでしょう。
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あたしはパミラ先生言われて、学園長室に来ました。ここに呼ばれる度に、ろくな事がないんだけど、大丈夫だろうか?
「失礼しま~す」
あたしはノックをしてドアを開けました。
……ああ、やっぱりろくでも無かった。学園長室の中には、エレミアお嬢様がいたよ。
少し動揺したけど、どうせドラゴンの表情なんて、人間には分からないだろうから、知らん顔していましょう。
「今日呼んだのは他でもない、君は毎年成績優秀者が、領主様のパーティーに招待される事は知っているね?」
「はい、知っています。あたしには関係無い事ですが……」
そうですよ、あたしの成績じゃ呼ばれるなんて事はありませんて。
「ははは、ところが今年はナナミィ君も参加してもらうよ。それだけじゃ無い、学園代表もやってもらうからね」
「……? はい~~?」
今ちょっと思考が停止してました。あたしが代表??
まて、それは何の冗談?
「あ……あたしがですか? いったいどうして……」
「あるお方からの推薦がありましてね。ペ……様の」
「ペ?」
うん、間違いなくペギエル様だ。何て事をしてくれてんのよ!
「色々分からない事もあるだろうから、このエレミア君に教えてもらうと良い。彼女は去年の学園代表者を勤めたからね」
ああなるほど、だからこのお嬢様がいる訳ね。
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学園長先生がおっしゃられたのは、私に今年の学園代表者のサポートをお願いしたいとの事です。残念ながら、学園代表者は毎年別の生徒がなるものだそうです。
その新しい代表者を待っている訳ですが……、来られたようですわね。
「失礼しま~す」と言って入って来たのは、あのドラゴン娘!
ま……まさか、このドラゴン娘が今年の代表者な訳なの?
私の事は、すました顔でチラッと見ただけだった。
しかも、推薦した『ペ』って何?『ペ』って。
余計な事をしてくれたわね。ここに居たら文句を言ってやったのに!
それに私がこの娘のサポートなど、そんな屈辱……
いえ、これはチャンスなのかも? この娘をギャフンと言わせる……ね。
「ナナミィさん、馴れない事で不安でしょうけど、私がしっかりサポートしますわ」
私はにっこりと微笑んで見せて、右手を差し出しました。ドラゴン娘は少しためらいましたが、私の手を取り、握手しました。
おや? ドラゴンの手はごつくてトカゲみたいかと思いましたが、意外と細くて滑らかな肌触りですのね。まあ、ここだけは評価しておきましょう。
私とドラゴン娘は学園長室を出て、並んで廊下を歩いています。
「代表者のする事と言っても、そんなに難しい事は無くて、領主様の挨拶へのお返事ね。それと、その時にお渡しする花束の用意かしら」
「花束……それはどんな物でもいいの?」
「そうねぇ……どんな物でもって訳じゃないのよ。レイテの丘に咲いている、プリシーランを入れるのが良いでしょう」
私は親切に……嘘を教えてあげました。
プリシーランという花は、ドラゴニアにしか自生していない貴重な植物で、国が保護しているのです。そんなプリシーランなんか採ったら、大変な事になるのに。大変な目に遭えばいいのですわ。
「プリシー……ラン? プリシー・らん?」
何でこの子は、名前を分解しているのかしら? バカなの?
「ええと……うん分かった、明日そこで採って来るね」
と言って、廊下を走って行ってしまいました。
ふふふ、明日が楽しみですわ。
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パミラ先生に聞いた所、領主様への挨拶の返事には定型文でいいらしくて、それは学園側で用意してくれるそうです。
でも花束のお花は、こちらで用意しなくちゃいけないって。確か『プリシー蘭』だったかな? どんな花なのか、図書室で調べなくちゃね。
で、まったく分かりませんでした。こちらの世界には、蘭科の植物は無いのかな?
そもそも、『蘭』とは言わないか。
……まあいいや、考えるのも面倒になって来た。また明日考えよう。
そう言えば、花束なんだから他のお花も必要よね? 中庭のあたし達の花壇から少し持って行こう。あたしは急いで花壇に向かいました。
「あ、ナナミィさん、こんにちは~」
「あれ? リリエルちゃん?」
リリエルちゃんが、花壇にお水をあげてたよ。小さい体でジョウロを持ち上げてるので、大変そうだけど。
「今日もお手伝いするですぅ」ドヤ顔で言うリリエルちゃん。
「それは嬉しいんだけど、あたしが当番の時以外は、あまり目立たない方が……」
「大丈夫ですよ、今日はまだ誰も来てないですし」
「まあ、それなら……」
「あら? そこにいらっしゃるのは、使徒リリエル様では?」
後ろから声を掛けられて、ビックリしたよ! 振り返ってみたら、初等科の女の子だった。大きなたれ耳が可愛い、犬の獣人の女の子ですよ。
ほら、見付かっちゃったよ。まだ小さい子なんで、適当に誤摩化しとけば……
って、リリエルちゃん、両手で顔を隠してプルプルしてるよ! なぜに? 相手は小さな女の子なのに?
「まあ、使徒様はどうされたのですか?」
女の子は心配そうに尋ねた。
「いや……あの……」
と、あたしが言いかけた途端、リリエルちゃんが「プ~~~」と言って、飛んで行ってしまった。……プ~~?
「使徒様は、恥ずかしがり屋さんなんですね~」
と、微笑む女の子。
「本当にね~~……あははは……」
力無く笑うあたし。
「奇麗な花壇ですね。これはお姉さんが植えたのですか?」
「ええ。あたし一人じゃ無くて、クラスのドラゴンの女の子達で植えたのよ」
なんて他愛も無い話をして、女の子は帰って行きました。
少ししてリリエルちゃんが戻って来ました。
「ごめんなさいです。ちょっと、驚いて……」
彼女は申し訳なさそうに言った。
「いや、いいけどね」
あたしやムート君は平気で、獣人の女の子はダメなんて、リリエルちゃんの基準が分かりません。さっきの子、あたしより可愛かったぞ。
「今日の用事は済んだから、もう帰るよ」
「え~? もう少しお手伝いしたいですぅ」
リリエルちゃん、ちょっとご機嫌ななめかな?
「それじゃあ、明日レイテの丘に行くから、一緒に行きましょう」
「はいですぅ」
すぐに機嫌が直るリリエルちゃん。レイテの丘は自然公園でもあるので、ついでにピクニックしよう。お菓子を用意しなくちゃね。
・・・
次の日、授業が終わってから、レイテの丘まで飛んで来ました。むろんリリエルちゃんも、しっかりと抱っこして来ましたよ。
レイテの丘は、なだらかな丘陵地帯にあり、そこかしこに奇麗な花が咲いてます。東屋が点在していて、お茶するのにぴったしですよ。街から少し離れた場所に、こんなに素敵な公園があるなんて知りませんでした。
あたしとリリエルちゃんは、丘の一番高い所に降り立ちました。さて、目的の花はどこにあるのでしょうか? せめて何色の花なのか、聞いてくればよかったな。
プ……プリ……プリンセス……いや違う。プリシー……何だっけ?
ああ、そうそう、プリシーランでした。
「ねえリリエルちゃん、あたしプリシーランって言うお花を探しているんだけど、分かるかな?」
「え~~~と、私もあまり詳しくなくて、分かりませんです……」
リリエルちゃんが、申し訳なさそうに言った。
そうだよね、女の子だからって、お花に詳しいわけじゃないものね。
でもそれじゃあ困ります。どうやって探そうか?
「あっ! そうだ。園内の案内看板。それなら地図に花のありかが描いてあるかも」
あったま良い~あたし。じゃあ二人で探そう。
……そんな物は無かった。なぜ? 異世界だからか? 公園に案内看板を立てる習慣は無いみたいだった。
「このお花はどうですか? 可愛いですよ。あっ、それともこれは?」
リリエルちゃんが、お花畑の中に入って色々すすめてくれます。パタパタと走り回ってる姿が可愛くて、しばし見とれてます。
「あら? お姉さんじゃないですか?」
振り返ってみれば、昨日の大きなたれ耳の女の子でした。
「こんな所で会うなんて、奇遇ですね~」と微笑んだ。
「こんにちは、あなたも公園に来てたのね」
と挨拶をして、リリエルちゃんの方を見たら、また口を押さえてプルプルしてた。
「ププゥッ」と言ったと思ったら、ピューっと逃げてったよ。
「あらまあ、嫌われてしまったのかしら?」
女の子は悲しそうに言った。
「え……いやそんな事は、ないはずだけど……」
どうすんの、コレ? 頭痛いよ。
「それでお姉さんは、何かお探しで?」
「ええ、プリシーランと言うお花を探してるんだけど……」
この子もお花が好きそうだから、藁にもすがる思いで聞いてみた。
「そうですねぇ……私もよく知らないので、あそこの人にも聞いてみましょう」
女の子の指差す方を見たら、知った顔が……
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私はドラゴン娘が、例の花を採って来るのか確認する為に、レイテの丘自然公園まで来ました。もちろん貴族の令嬢である私が、歩いてこんな場所まで来る訳も無く、お父様の部下に空間転移陣を使わせて移動して来ましたわよ。
空間転移の魔法は、転移陣が設置してある所にしか行けないものですが、幸いレイテの丘には転移陣が設置してあるのです。
転移陣は、プリシーランの咲いている側の、東屋の中にあるので、コッソリ覗けますわね。
おや? ドラゴン娘の他に、小さな獣人の女の子がいますわ。
「そこのお姉さ~~~ん!」
なっ!! 私を手招きしてるの? ああっ、走ってこっちに来ましたわ。
「ちょっとお伺いしたい事がありますの~~」
「し~~! こっち来ないで」
私は慌てて言ったけど、遅かったです。
「どうしたの? あっ、エレミアさん! ちょうどよかった」
しまった、見付かってしまいましたわ。出来る私は、うまく誤摩化さなければ。
「私はあなたに、プリシーランがどういう花か、教えてなかった事に気付きまして、教えに来てあげたのですよ」
ここで馬鹿正直にプリシーランを教えては、共犯者として、後で私も責任を問われてしまいます。似たような花を教えれば、完璧ですわ。まあ、所期の目的は果たせませんけども……
私は辺りを見回して、似た花があったので、そちらに歩いて行きました。
「あっ! 待って! そっちに行かないで!!」
突然、ドラゴン娘が叫びました。
「何ですの? そんなに大きな声を出して」
私は彼女をたしなめました。やっぱり、ドラゴンは礼儀知らずですわね。
気を取り直して、花を……
あら? 何かしら、目の前に白っぽいものが……
これは ……魔獣? ……なの?
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そこにはエレミアお嬢様がいました。
これでプリシーランが、どういう花か教えてもらえる。
ぞわっと来たァ!!
魔獣出現の予兆です!!
これはあかん奴です。とてもたちの悪い魔獣の反応です。
お嬢様の方を見たら、彼女の前の空間に、何か見えるよ。ゆらりと景色が歪んで、巨大なナメクジのようなものが出て来た。
「あっ! 待って! そっちに行かないで!!」
あたしが止めるが間に合わず、お嬢様は振り返ってしまった。
徐々に姿を現したそれは、ナメクジのような体で、胴体の下に沢山の突起があり、その他はのっぺりとしていた。頭には目も鼻も無いのっぺらぼうに見えたが、人間の気配に気付いたのか、目が一つ開いた。そして、お嬢様と目が合った。
「きゃあ~~~っ!」
悲鳴を上げたエレミヤは、恐怖のあまり硬直してしまった。
リリエルちゃんはどこかに行ってしまったし、ここに戦えるのはあたし一人だけだ。ムカつくお嬢様だけど、ここでで死んでいいわけがない。
あたしはブレスレットで、魔獣のデータを調べてみた。
【レイス】
Aランクの魔獣 普段は透明の体をしていて目立たないが、獲物を襲う時は姿を現し、生体エネルギーを食べる。物理攻撃の効果は薄く、魔力を使った攻撃も効かない。
体長2m
魔力値:レベル250 言語機能:レベル40
たち悪すぎだ! 攻撃が効かないってなんだよ! 最悪だよ!
どうする、あたし。