第33話 やられちゃった
「ハイハーイ、起きて下さ~い」
朝になり、リリエルちゃんが、あたしとラビエルの上をポンポン跳ねて起こします。ラビエルは、グエッと言って飛び起きた。
「じゃあ、顔を洗いましょうね」
と言って、あたしはラビエルを抱え上げて、川まで連れて行った。ああ……もちろん今はドラゴンに戻っていますよ。
「ほら、あんたも顔を洗って」
あたしは川岸にラビエルを下ろした。いきなり叩き込んだりはしませんよ。
「う~~ん……何であるか……まだ眠たいのだぞ……」
ラビエルって、こんなに寝起きが悪かったの?
「さあさあ、しっかり目を覚まして下さいね。えいっ!」
リリエルちゃんがラビエルを川に突き落とした。
ドボンッ
うわっ、なんてコトを……!
「ぶはぁっ! なんだなんだっ!」
「おはようございますです」
しれっと言うリリエルちゃん。恐ろしい子!
「さて、昨日調べて来たところによれば、件の魔獣はバジリスクじゃなくて、コカトリスと言う魔獣らしいのだ。ほら、こんな姿だ」
ラビエルがブレスレットから映し出して見せてくれました。それはバジリスクとは似ても似つかぬ恐ろしい姿だった。鳥のような頭、2枚の翼、細長い胴体と、文字で説明すれば同じだけど、そのビジュアルはキモイの一言です。
「じゃあ、こいつを探せばいいのね?」
「うむ。今日はもう少し森のはずれに……」
ラビエルがそこまで言った時、コッコがあたしの所に飛んで来ました。
「ぴきゃあ~」と悲鳴を上げたリリエルちゃんが、両手を上げてプルプルしてる。
「待って、この子はあたしの友達だから大丈夫だよ」
あたしは慌てて彼女の手を押さえた。
「ああっ、ごめんなさい。思わず体が動きましたのですぅ」
これじゃ先が思いやられるよ……、でも、可愛い悲鳴だったな。
「おはようコッコ。こんな朝早くにどうしたの?」
あたしはコッコに話し掛けてみました。どうやら何かあった様子。コッコは森の奥の方を見てあたしの体を押した。あたしは、コッコの頭に自分のひたいをくっ付けて、気持ちを共有してみた。すると、怪しい魔獣の姿が見えたのだ。
「こっちの方角に、目標の魔獣がいるみたいよ」
あたしは森の奥を指差して言った。
「なに! もう見付かったのか?」
びっくりするラビエル。
「あたしのコッコは優秀なのよ!」
ドヤ顔するあたし。
「魔獣と通じ合える、ナナミィさんの方が凄いのですぅ……」
しみじみ言うリリエルちゃん。褒められちゃったよ。
あたし達はコッコと一緒に、森の奥まで歩いて行きました。全員飛べるのですが、相手の魔獣も空を飛べるので、地上から接近するのです。相手の数が多かった場合、こちらが不利になっちゃうからね。
ラビエルいわく「そんなヤバイ事やってられるか」って事ですけどね。
リリエルちゃんが「勉強になります」って、メモってたよ。
コッコを先頭にして、5分くらい歩いて来ました。
先程から変な違和感を感じるんですよね。なんだろう? 辺りを見回しても、何も感じない……、そうです、静かすぎるのです。いつもは聞こえる、鳥や動物の立てる音が聞こえないのです。
しん……とした森の中を歩くと、足音が大きく聞こえます。落ちてる枝を踏んで、バキっと音がすると、ビックリしますね。
バキッ!
「ぴきゃっ! 何かいるですぅ~!」
驚いたリリエルちゃんが、あたしの胸に飛び込んで来たよ。ラッキー、抱っこしちゃおう。ぎゅっと抱くと、プルプル震えてるよ。
「ただの枝を踏んだ音だよ。恐くない恐くない」
今恐いのは、森の中に音が無い事なんだけど。それは言わないでおこう……
「おや? あんな所に鹿がいるぞ」
そう言ったラビエルの指差す方を見ると、茂みの中に鹿が3頭いました。脅かさないようにゆっくりと近付いてみると、本物の鹿じゃなくて、石像だったのです。
凄くリアルな造形だなと見てたら、コッコが何かくわえて来ました。それも石で出来た精巧な鳥の石像ですよ。誰かが作った物なんだろうか? まるで生きているみたいだ。こんな森の中に、彫刻の展示場でもあった?
あら? コッコがあたしをじっと見てる。この石像に何かあるの……
「ねえ……、確かコカトリスって、石化能力があったんじゃないの?」
あたしはブレスレットの中の、魔獣のデータを確認しながら言った。
「そ……うだな……石化の魔眼を持っているのだな……」
「ままま…魔眼って、どうやって防ぐのですか?」
リリエルちゃんが、プルプルしながら聞いてきた。
「え~とね、目を合わさなければいいみたいね」
「じゃ……じゃあ私は目をつぶってるですぅ」
と言って、あたしの体にしがみつき、目をぎゅっと閉じてしまいました。
「まだ大丈夫よ、そこまでしなくても」
「だってだって、そこにいるですぅ」
「「え……?」」
リリエルちゃんの言葉に、あたしとラビエルの動きが止まった。
ざわざわと揺れる木々の音に混じり、何か聞こえて来た……
キ……キキキ…… キキキ……
あたしは空の上にコカトリスがいないか探した。
「ぴきゃあ~~ 来ました~~~~」
ハッとして視線を下に落としたら、藪の中のそこかしこに魔獣の姿が……!
しまった!!
魔獣は空を飛んでるって、思い込んで歩いて来たけど、完全に裏目に出たよ。
『ギギギィ~~』『ギャイギャイ』
コカトリスが飛び出して来て、威嚇するように鳴いています!
そして、めっちゃガンを付けて来る!
あたしはドラゴンブレスを吐いて、コカトリスを牽制した。こんな森の中では、山火事になるかもですが、もしもの時はラビエルに後始末を頼もう。
でも、石化の魔眼って事で、目が合わないように相手から視線をずらしてるので、戦い辛いです。しかも奴らはこちらの正面に回り込もうとして来る。
やめてよして、あたしを見ないで~~!
「クケッ~~~!」
コッコがコカトリスの前に、毒液をばらまいて近づけないようにしてくれてます。相当な猛毒なのか、雑草が溶けて煙を上げてますよ。それを見て、さすがのコカトリスも後ずさりした。
「一時撤退した方がいいよ。……って、ラビィ~~!」
声がしないと思ったら、ラビエルは石になってた!!
ちょっと待って、やられるの早すぎ!!
あたしはラビエルを抱えて、その場を脱出しました。今度は空を飛んで行きます。コッコもちゃんと、後ろから付いて来ました。
「はわわわ……ラビエルさんがやられちゃったですぅ……ナナミィさんもやられたらどうしましょう?」
ああ……リリエルちゃんが心配のし過ぎで、プルプルしてる。
コカトリスから充分に距離を取ったので、リリエルちゃんを落ち着かせるために、地上に降りました。座るのにちょうどいい倒木があったので、リリエルちゃんをその上に降ろし、あたしは横に座りました。
「ここまで来ればもう大丈夫よ、落ち着いてリリエルちゃん」
そう言って、頭を優しく撫でてあげた。
「ううう……ラビエルさんを助けてあげて下さい~……ううう……」
リリエルちゃんが泣いちゃったので、落ち着くまでここでしばし休憩。コッコも心配そうに見てた。
うん、こういう時こそ甘い物を食べよう。あたしはブレスレットから、お菓子を取り出した。
「ほら、お菓子食べましょう」
あたしは、リリエルちゃんにビスケットをあげた。
「ありがとうです……」
リリエルちゃんは、小さな口でカリカリと食べました。コッコがじっと見てるのに気付くと、ビスケットを差し出しながら「あなたも食べる?」と言った。
コッコは大喜びで、ビスケットにかじり付いてた。でも、1枚じゃ足りないのか、あたしの持ってるビスケットもパクリと食べちゃったよ。
それを見て、リリエルちゃんがクスリと笑った。
「これ、元に戻るのかなぁ……」
あたしは、石にされたラビエルを見て、ぽつりとつぶやいた。自分でもびっくりするぐらい冷静なのは、リリエルちゃんが心配したり泣いたりしてるからだろう。もし、あたし一人だったら、泣き叫んでるかもしれない……今でも気を抜くと、涙が出そうだから。
「ディアナ様なら元に戻せますよ」
「えっ! 本当に?」
「はいです。女神様に不可能はありませんです」
「そうか~よかった~~……」
ほっとしたら緊張の糸が切れたのか、涙がボロボロと出て来たよ。
「ああ……大丈夫ですから、泣かないで下さいですぅ」
と言ってリリエルちゃんが、あたしの背中をそっと撫でてくれた。
さっきとは逆だよ。そう思ったらおかしくて、涙は引っ込んじゃった。
目の前の薮がガサリとして、目が合ってしまった。
気が抜けた一瞬の油断だった。
奴ら、空を飛ばないで、地面を蛇のように這って来たんだ。
細長い体は、だてじゃなかった。
ちくしょう……体が動かなくなってきたよ……
(コッコ、あなたはリリエルちゃんを連れて逃げて)
そして、意識がシャットダウンした・・・・・