第32話 小さな使徒リリエル
「そう言えば前に、もう一人女の子が増えるって話があったけど、あれどうなったの?」
ある日あたしが、ふと聞いてみた。
「おお。あの『トリエステ美少女戦隊』の事だな?」
「それはいいから」
と言ってあたしは、ラビエルの顔をグワシと掴んだ。
「痛い痛い……ああ……もう少ししたら、新しいメンバーが来るぞ」
女の子の力といえど、さすがにかぎ爪は痛いよね。
「ふんふん、もう少しね。どんな女の子なんだろう」
「何でも、9歳の獣人の少女だそうだぞ」
ラビエルが頬をさすって言った。
「え? 9歳って、大丈夫なの? 魔獣と戦うんだよ」
「分かっておらんな、9歳と言うのは現世での年齢だ。転生前は350歳だったそうだぞ。七美よりず~~っと年上だ」
ニヤリと笑うラビエル。
「え~…… それって凄いおばあちゃんなんじゃ……」
「あ…… あ~~、そうとも言うな……」
二人して、そんな話をしてた午後の昼下がり。
・・・
今日はムート君の家で、一緒にお勉強をしています。最近知ったのですが、ムート君って頭が良かったんです。さすがに女神の息子なのは伊達じゃなくて、中等科2年の成績が、学年2位だったそうです。
学園での勉強の分野も、日本で習っていたのとあまり変わりありません。ただし、英語が無いのがうれしいです。あれ苦手だったので……
っていうか、この世界の言語は一つで、世界中どこ行っても言葉が通じます。
ムート君に色々教えてもらい、和気あいあいとお勉強をしていると、ドアをノックする音がしました。
「はい、どなたですか?」
と言ってムート君がドアを開けると、誰もいなかった。
「あれ?」
ムート君が部屋の外を見回し、ドアを閉めようとすると……
「ああっ、待って下さい。足元……足元に居ますぅ」
下の方から声がしました。よく見たら小さなリスですよ。小さいといっても、身長30cmぐらいあるので、リスにしては大きい方なのかな?
両腕に例のブレスレットをしてるし、ベストを着てます。さらに、背中には翼が付いていて、どうやら使徒様のようです。この方は初めて見る使徒様だ。
「すみませんリリエル様。気がつかなくて」
「いえいえ、しょうがありませんよ。私は小さいですから」
リリエル様って言うんだ、なんて可愛いお名前。
リリエル様は困ったように微笑んでいます。
「それと、初めましてナナミィさん。第9使徒のリリエルです」
「リリエル様、お初にお目に掛かります、ナナミィ・アドレアです」
あたしは急いでリリエル様の前で跪き、挨拶しました。
「あ~~、そんな畏まらないで下さい。それで私の事は、リリエルちゃんって呼んでくれたら嬉しいですぅ」
うふふ~と笑うリリエル様。
「え? それはちょっと……」
魅力的な申し出だけど……、いいのかな?
「サリエルさんにはちゃん付けしてるんだから、私にもして欲しいですぅ」
ぷぅっとふくれるリリエル様。うわっだめだ、抱きしめたいぞ。
「わ……分かりました、では……リリエルちゃん」
「はいですぅ」
にっこ~と笑うリリエルちゃん。
(ねぇムート君、家に連れて帰っちゃダメかな?)こそっと話すあたし。
(それはさすがにダメ)ムート君に速攻却下されたよ。
「今日はどういった御用で?」
と言ってムート君は、リリエルちゃんを抱っこした。
「んぐはぁっ!」
ちょっと待ってムート君。その役目はあたしに譲りなさいよ。美味しい役どころをさらっと取らないで。と言う感情が思わず「んぐはぁっ」と漏れてしまった。
ムート君とリリエルちゃんが、ビックリした顔であたしを見てた。あたしも自分の声にビックリしたよ。
「コホン。何でもありません。ちょっと本音が漏れただけです」
「ふふふ、聞いてた通り面白い子ですね」
うけた。いや、喜んでいいのか?
むろん、良いに決まってる。
「ああ、そうそう。今日来たのは、新しい討伐隊の女の子のパートナーに私が選ばれたからです。その子が来るまでに、討伐任務を覚えるように言われて来たのです。それでナナミィさん、しばらくあいだ任務に、ご一緒させてもらいますね」
やった~~。可愛いリリエルちゃんと一緒の任務だ。しっかり抱っこするぞ~。
でも、ラビエルより小さいのに大丈夫なんだろうか?
コンコンと、またノックの音がした。
今度はあたしがドアを開けて外を見ました。そしてまた誰もいない。
でも、視界のすみにチラッと姿が見えた……
しかもノックをした意図も分かった……
なのであたしはこう言った、「あれ?」と。
「足元にいますよ。閉めないでね~~」
「ああ……気が付かなかった~~ ってペギエル様、なにやってんですか?」
背が低くて気が付かずに閉められる、というネタがやりたかったんだね。
「たまにはいいでしょう。それより新たな討伐任務ですよ。そうですね、ラビエルさんとナナミィさんにお願いしましょうか」
「え? じゃあリリエルちゃんを、抱っこ出来るのですか?」
「はい?」
あたしは急いで、自分の口を押さえた。また本音が出ちゃたよ。
「すみません、あたしの発言は無視して下さい」
「まあ、何の事だか分かりませんが……、取り敢えずラビを呼びましょう」
と言って、片方の翼を空中に突っ込んだ。2~3度まさぐってから、ずぼっと引き抜くと、ラビエルが転がり出て来ました。
「ななな、何であるか? あっ、これはペギエル様じゃありませんか」
「ラビエルさん、任務ですよ。リリエルさんも連れて行きなさいね」
「え? リリエルもなのか?」
「はいです、よろしくお願いしますです」ニッコリ・リリエル。
「いや……大丈夫なのか?」
と、ラビエルが心配そうに言った。
「大丈夫なのですぅ、だからさっさと行くのですぅ~」
「七美はなぜリリエルの真似をしてるのだ……あ~痛い痛い」
あたしはラビエルを顔をつねった。可愛い者のマネして何が悪い。
「相変わらず仲が良いなぁ……」
ムート君が、あきれてるのか、感心してるのか分からない感じで言った。
「さて、今回の討伐は近所ですね。ドラゴニアから2kmぐらいの場所にある森に、正体不明の魔獣が現れて、動物達を襲っているそうです。目撃情報によると、鳥のような頭に長細い胴体、2枚の翼があったそうです。足も付いていたとの情報もありますね」
ペギエル様が、タブレットを見ながら説明して下さいました。
「そこから思い付く魔獣と言えば……、バジリスクあたりか?」
と言うラビエルの言葉に、あたしは不安になった。確かあの辺りには……
「ではさっそく行って来るのである」
あたし達は現地に転移して行きました。
着いた先は森の中。
特にどういう事も無い、普通の森です。
「変わったところは無さそうだな……どうだ七美、変な気配は感じないか?」
「いえ、別に感じないけど……」
「そうか、ならば空の上から探索してみよう」
「そうね、あたしがリリエルちゃんと一緒に……」
「待て、3人ばらけた方が効率が良いぞ」
「ぶ~~~!」
「そんなに抱っこがしたいなら、我が輩を抱けば良かろう」
「え~~? いやよ、あんたあたしのおっぱい触るんだもん」
「今なら、おっぱいは無いではないか」
「あたしとしては、今はウサギよりリスが来てるのよね」
「あれ? おっぱいどこ行った?」
「おっぱいおっぱい、言うな~~!」
などと不毛な会話をしてたら、リリエルちゃんがタブレットに何かメモしてた。
「なるほど、そうやって任務をこなしてるんですね? 勉強になります」
「「いやいや、こんなの参考にしないで!」」
あたしとラビエルがハモった。
「息もぴったりですね」なんて笑顔で言われちゃったよ。
「3人で手分けして、探しましょうか」
結局あたしが折れた。
小さなリリエルちゃんが歩くのは大変だと思い、あたしが抱っこしようと思ったけど、使徒様なんだから空を飛べたのでした。
あ。今、魔獣の気配がした。
木々の上を飛び越えて、一匹の魔獣が飛んで来ました。
それは一直線に、あたしの前に降り立ちました。
「あぁっ! 七美、危な~~い!」
「あわわわ……こ……攻撃するですぅ」
ラビエルとリリエルちゃんが、右往左往するなか、その魔獣は……
あたしにスリスリして来ました。
「やっぱり、あなただったのね、コッコ」
あたしはコッコの首に手を回して抱き寄せました。
「え? あれ? どうなってる? それ、バジリスクだよな?」
「え~~と……この子はあたしの友達のコッコだけど。コッコってバジリスクだったんだ。でも、大人しくていい子だよ」
あたしがコッコの喉を撫でてあげると「ククククゥ~~」と喜んだ。
「ま……まあ……、悪い魔獣ではないようだな……」
「でしょ? だから犯人の魔獣は別に……あ~~待って待って!」
気が付いたら、リリエルちゃんが両手をコッコに向けて、プルプルしてた。魔力弾を発射しそうだったので、慌てて止めたよ。
「は……は……はっしゃ~~~~」
止まってなかった!
「あか~~~ん!」
ラビエルが急いで、リリエルちゃんの体を横に向けた。
直後に魔力弾を発射するリリエルちゃん。小さな弾が飛んで行って、岩にぶつかった。そして大爆発!!
ズドカ~~~ン!!
あんな小さな体のどこにこんなパワーがあんのォ~~!!!
吹っ飛んだ岩の破片が飛んで来たけど、ラビエルがバリヤを張ってくれたおかげで助かった。
「ごめんなさいですぅ……」
「リリエルは、慌てないようにした方がいいな」
ウサギがリスの肩をポンと叩いて慰めてた。なんてメルヒェンな光景なんだ。
取り敢えず、コッコは討伐対象の魔獣じゃ無い事は納得してくれました。
とは言えここにコッコがいると、リリエルちゃんの精神衛生上よろしくなさそうなので、コッコはすぐに帰したよ。なんかまだ、プルプルしてるんだもん。
3人で周辺を調べましたが、これといったものは見付からなかったです。そうこうするうちに夕方になってしまいました。明日は日曜日なので、ここでお泊まりする事になりました。あたしとラビエルでテントの設営をして、リリエルちゃんはお食事の用意をしてくれました。
「我が輩はもうちょっと詳しい情報を、聞いて来るのである」
と言ってラビエルは、いったん空中神殿に戻って行きました。
ラビエルによると、リリエルちゃんは心配性で、心配しすぎるとこんな状態になるそうです。
「あんな魔獣が居るのに大丈夫なんですか? いきなり襲ってこないのですか?」
プルプル…… プルプル……
「大丈夫だよリリエルちゃん。コッコはいい子だから」
あたしはリリエルちゃんを、そっと抱きしめた。あ、だめだ、愛しくて母性が刺激されそうだ。このままじゃ、離れられなくなりそうだよ。
あたしはリリエルちゃんを落ち着かせるために、お話をしました。
「コッコにはね、3年前に出会ったのよ。最初は凄く威嚇されて、変な汁を掛けられたけれど、今は仲良しなんだよ」と、仲良しアピール。
「へ……変な汁って、それ毒じゃないんですか?」
「そう言えば皮膚がピリピリしてたから、酸性の液体だったのかな?」
「バジリスクって、猛毒を吐く魔獣なんですよ。死んじゃいますよ」
「大丈夫よ、ドラゴンの皮膚はそれぐらいじゃ何ともならないって」
「ほ……本当に?」
と言って、あたしの胸のあたりをペタペタ触った。
「ドラゴンの皮膚って、滑らかでしなやかなんですね。……でも、これが毒にやられるなんて心配ですぅ……」プルプル……
ああ、逆効果だったか……
「せっかくリリエルちゃんがお料理作ってくれたんだし、ご飯にしようよ」
「そうですね」
リリエルちゃんの作ってくれたご飯は、とても美味しかったです。
ラビエルのやつ、まだ帰って来ない。
「リリエルちゃん、もう寝ようか?」
まだ寝るには早いかと思いましたが、どうせ明日も朝早くから捜索なんで、早く寝る事にしました。しかも、リリエルちゃんがあたしの布団に入って来たよ。
「すみません、この方が落ち着くので……」
照れるリリエルちゃん。い……愛しい~~。
あ。このままより、人間の姿の方がいいかな? あたしは起き上がって人間に変身した。そして裸のまま布団に入って、リリエルちゃんを胸に抱きました。ドラゴンの平らな胸よりはましでしょう。
「ふかふかで柔らかいですね」
「ふふふ、そうでしょうとも、これでもCカップあるからね」
「しー……かっぷ?」
やっぱり、この世界じゃこの単位は通じないか。
「遅れてすまん、なかなか資料が見付からなくて…… ああっ! リリエルだけズルイのだ!」
ようやく帰って来たラビエルが、あたしの上で騒ぎ立てた。
あまりにうるさいので、布団の中に引っ張り込んで3人で寝たよ。