第30話 奮戦のピクシー
あたしは剣を構えて、クトゥルフと対峙した。
必殺・超音波剣が使えなくなったけど、頭の悪いクトゥルフにはそんな事は分からないので、警戒して離れてる。
とは言え、ここからどうしようもないのだ。お互いに動けなくなってる。
しかし、先に動いたのはクトゥルフの方だった。頭が悪いだけじゃなく、我慢も足りないのか?
今度は触手じゃなくて、腕を使ってあたしを捕まえようとして来た。でも、案外動きが遅いぞ。飛ぶのが速いだけのようだ。
クトゥルフの腕を剣で弾いて応戦してたら、いきなり足を取られて尻餅をついた。
「いたぁ……、ああっ」
よく見たら、足に触手が巻き付いてた。くそっ、腕はおとりで、足を狙って来たか。中々頭が良いぞ、誰だ頭が悪いなんて言ったやつは? あたしだよ!
足を掴まれてそのまま持ち上げられた。逆立ち状態になり、スカートがめくれてパンツ丸出しになったので、慌ててスカートを押さえた。別に恥ずかしい訳じゃ無くて、スカートが邪魔で、攻撃しづらいからだ。
シンリンさんがナイフで、クトゥルフの腕を斬りつけてたけど、あまり効果が無いようだった。
「シンリンさんだめ! 早く逃げて!」
「でも、あなたを置いてなんて……きゃっ」
シンリンさんの腕に触手が巻き付き、ナイフを落としてしまった。
「あうっ! うぐぐぐ……」
クトゥルフの触手に腕を締め上げられて、シンリンさんが苦しそうにうめいた。まずい、このままじゃシンリンさんの腕が折れてしまうよ。
「このっ! 離せ! くそぅ」
剣で触手を刺したが、逆さの体勢じゃ力が入らず、まったく役に立たなかった。
まさに、万事休すだ。
ピクシーはシンリンさんを助けようと、触手に噛み付いていた。そして何を思ったか、突然飛び上がり、大きな声で叫んだ。
「キュピィーーーーーーーーーー!!」
この小さな体のどこからそんな大きな声が出るんだって位の、大きな声で叫んだ。
あっけにとられていたら、ブレスレットが振動して着信を知らせた。
「グレムリンが突然飛び立って、森の方に行ってしまったぞ」と、レオンから通信が入った。それってもしかして……
なんて考えてる余裕は無いよ。今あたし達はピンチだからね。
クトゥルフの顔面に、魔力弾をドカバカ撃ち込むと、クトゥルフはたまらずあたしを離した。ヨシッ、次はシンリンさんの救出だ。
その時、無数の羽音が聞こえた。顔を上げてみれば、グレムリンの大群が上空を飛び回っていた。
ピクシーが呼んだの?
っていうか、呼べるようになったって事?
「キュッキュッキュイー!」
再びピクシーが叫ぶと、グレムリンの群れが急降下し、クトゥルフに襲いかかった。あの大きな体に、小さなグレムリンが集って、かじっていた。一匹なら大した事の無い攻撃でも、これだけの数になると、さぞや鬱陶しい事だろう。
クトゥルフが翼を震わしたり、触手を振り回したりして、追い払っていた。頭の上をつついてるグレムリンを掴もうと、触手を持ち上げた時に、クトゥルフの口が見えた。
あたしはピーンと来た。これはフスマの時と同じだ。外側が頑丈なら、中を攻撃すればいいのよ。あの口の中にドラゴンブレスをぶち込めば勝てる。それにはまず、もう一度口が見えるようにしなければ。そこはピクシーに協力してもらおう。
あたしはピクシーを呼んで、グレムリン達にクトゥルフの頭を攻撃してもらうようお願いした。
可愛いピクシーは「キュイッ」と言って、飛び上がって行った。
グレムリン達はピクシーの指揮の下、クトゥルフの頭にかじり付いた。クトゥルフは追い払おうと触手を上げた。今だ!
あたしは翼を広げ、思い切り羽ばたいてジャンプした。クトゥルフはさっきより高い位置を飛んでるけど、一瞬で取り付いた。
そして、奴の口を両手でこじ開けてブレスを吐こうと、息を吸い込み……
バチン! と音がして、目の前が真っ暗になった………
はっと気が付いて目を開けたら、あたしは地面にいた。
立ち上がろうとして手を突いたら、何か柔らかいものを押さえた。ビックリして下を見たら、あたしはシンリンさんの上に乗っかっていたのだ。
そして彼女の胸をつかんでた。アウトドアな服のおかげで小さく見えてたけど、大きくてプニプニだよ。
「あぁっ! すみません。大丈夫ですか?」
「そっちこそ平気なの? 魔物からピカッと光が出て、落ちて来たけど……」
そうか、あたしは攻撃されて、落とされたのか。それをシンリンさんが受け止めてくれたんだ。
光った、と言う事は、電撃を放ったんだな。そんな力を隠してたとは、油断ならない奴だ。
周りを見ると、グレムリン達もたくさん落とされていた。
ピクシーは……無事みたいだ。まだ飛んでる。
奴はわざわざ奥の手を出してまでして、あたしのブレスを避けたんだ。つまり、炎や熱に弱いんだ。当たりさえすれば倒せるのに、あの回避能力じゃよけられてしまう。
「お~~い、どうした? 大丈夫か?」
あれ? レオンの声が聞こえる。と思ったら通信切ってなかった。つなぎっぱなしでもいいけど、一応切っておこう。ポチリ。
「な……何だこいつは? こいつが例の魔物か?」
あれ? まだ聞こえる? と思ったら、レオンがこちらに飛んで来てた。
「どうやら討伐目標が変わったみたいだな。こいつを倒せばお終いか?」
この状況だけで理解出来るとは、レオンまじ有能。
「うん。ドラゴンブレスなら倒せるけど、動きが素早くて当てられないのよ」
逃げる相手に当てられる武器でもあればいいのに、誘導ミサイルのような……
誘導……追いかける? いや、こちらが追うんじゃなくて、こちらを追わせれば、ブレスを当てる事が出来るよ!
「ねえレオン、そのサイズでも強力なブレスを出せるよね?」
「当たり前だ。小さくなってるからといって、威力は変わらないぞ」
「じゃあ作戦はこうよ。あたしとグレムリンで奴をレオンの前まで誘導するから、ブレスで仕留めて。ええと、そうね……あそこの高い木のてっぺん辺りに狙いを付けていてね」
あたしは50mほど離れた所にある大木を指差した。
「奴がブレスの射線上に来たら撃ってね!」
と言うなり、あたしは飛び立った。
あたしが飛び上がると、すぐにピクシーがやって来た。
「ピクシー、あいつを振り回すよ」
「キュピッ」
取り敢えず通じたみたいだ。
クトゥルフはといえば、周りを飛び回るグレムリンを食おうと、触手を振り回していた。あたしはピクシーを先導するように、クトゥルフの前を横切った。
クトゥルフは即座に反応し、あたしを追って来た。そしてピクシー達グレムリンに妨害されムキーーーッと怒っていた。
「右よ」「左よ」「こっちに来て」「今度は上に」
「キュピーー」「キュピピ~~」
ピクシーは段々、群れの統率がうまくなってきました。初対面の時とは別人だ。人じゃないけど。
グレムリンの群れが右へ左へと移動し、あたしが逆方向から攻めるので、相当疲れて来たようだ。
レオンはといえば、ブレス発射に備えて、かなり魔力を溜めてる。潮時だ。
あたしはピクシーに、手でちょいちょいと合図した。彼はうなずいて、仲間に指示を出した。
あたしは、さっきの大木の向こう側に移動し、グレムリン達も一緒に着いて来た。それを見たクトゥルフは、慌てて追って来たのだ。しめしめ。
あたし達がスピードを落として急停止すると、クトゥルフも距離を置いて止まった。その場所はレオンの正面、射線上のど真ん中だ!
「今よレオン! 撃てぇ!」
あたしは叫んだ。
レオンは、息を吸い込む動作も無く、いきなりブレスを発射した。吐く、と言うより、発射と言う方がふさわしい、ビームのような火焔が撃ち出されたのだ。
あたしのドラゴンブレスの、10倍の威力がありそうですよ。
ブレスはクトゥルフに命中。体を貫通し、まさに風穴を穿って行った。
クトゥルフ討ち取ったり!
これで任務達成だよ。
……と思って喜んでたら、クトゥルフは再び襲いかかって来た。
さっきよりは動きが鈍いけど、平然と動いていた。
どうなってんの? 意味わかんない。
クトゥルフの体に開いた穴からは、真っ赤な血が流れ、何か内蔵らしい物が飛び出してる。無表情のまま迫って来るのが、凄く恐いよぉ。
こいつ、痛みを感じないのか?
逃げようとしたあたしの前に、ピクシーが立ち塞がった。
この子、あたしを守ろうとしてるの?
でも無理だよ、無茶しないで。
「ダメよ。あなたも逃げて……」
「ーーーーーーーーーッ!」
ピクシーの口から、耳には聞こえない音が爆発した。
その瞬間、クトゥルフの頭が膨張し破裂した。
ボカン! ぶしゅ~~…… バラバラバラ
ふっとんだ!!
頭を失ったクトゥルフが、ゆっくりと地上に落ちてった。
ピクシーの超音波攻撃は、超強力だったよ。さっきまでの頼りない姿は無く、自信にあふれてる。成長速度がはんぱない!
「ふむ……やれば出来るじゃないか」
レオンが、にんまりと笑いながら言った。
「あ~~~……、やぁっと終わった……」
今回は身も心も疲れた。特に最後のアレは、トラウマになりそうだったよ。
それに、あたしとピクシーは、はじけたクトゥルフの肉片や血液を浴びてしまい、ちょっとえげつない事になってる。早く洗わなくては、服がダメになっちゃうよ。
「うわぁ……たいへん」
シンリンさんがビックリしてた。
「ハハハ……」
あたしは、力無く笑った。
あたしは魔法で水を出して、自分とピクシーにぶっかけて体を洗った。何度も何度も。もちろん服は脱いでますよ。裸になっても、ここには女性のシンリンさんしか居ないので、問題無いでしょう。
あ~~……でもこの服はもう着れないなぁ……お気に入りのゴスロリのワンピだったのに……またラビエルにおねだりして、服をもらおう、そうしよう。
なんて考えてたら……
「七美~~~!」
ラビエルの声が聞こえて来たよ。すると、正面からラビエルが胸に飛び込んで来た。
「心配したぞ。どこも怪我してないか? ……しかし、臭うな……」
とか言って、あたしのおっぱいの匂いを嗅ぐんじゃない。
「もしかして、使徒ラビエル様ですか?」
シンリンさんが恐る恐る聞いた。
「む? そうである、我が輩がラビエルである」
ラビエルがシンリンさんに気付いて、偉そうに名乗った。
「ほ……本当にナナミィさんて、使徒様のお知り合いだったのですね」
「ふふん。ま~~ね」
なぜラビエルがドヤ顔をするのか?
「まあまあ、レオンも頑張ってくれたのですね」
「あ、フワエル様」
「ラビエルさんが、自分が助けに行くって。押さえるのが大変なのでしたよ」
成る程、フワエル様があたし達の任務を、見守っていて下さったのですね。そしてラビエル、あんたはもう少し落ち着こう。
ラビエルに聞いたところ、クトゥルフは邪神ではなく、普通の魔物なんだそうだ。偶然名前が同じだったみたいだ。そもそも邪神なんて、この世界には実在していないんですって。
でも、あたしの今の最大の関心事は、ワンピースの事だよね。
「ねえ、ワンピが1着ダメになったから、代わりをちょーだい」
と、ラビエルの頭を撫でながら、可愛く言ってみた。
「そうであるな。ブラをしてないので、新しいブラを……」
「いやだから、下着じゃなくて、ワンピだよ!」
またもやグダグダになってしまった。
でも取り敢えず、レオンとの任務はミッションコンプリートだね。
グレムリン達も、成長したピクシーがリーダーとして率いていくのだろう。