第22話 ムート君の事情
バハムート様はムート君だった……
やっぱりねぇ…… 疑っていたので、あまりショックじゃなかった。
ミミエルは、気絶してるムート君と共に地上に転移した。あたしも素早く降下して、二人の所に駆け寄った。思いのほか酷く火傷をしてるよ、首の所にも傷があるし、早くお医者さんに連れてかなきゃ。
あ。そう言えばムート君は素っ裸だ。
「ちょっと酷いわね。ディアナ様に治していただかなくちゃ。あら? ここらへんは無事なのね」
って言いつつこの子、おちんちん引っ張ってるよっ!!
「おいぃ! なんてコトやってんの!!」
ドラゴンのあたしも、さすがに引くわぁ!
「あんたもやりたいの? 可愛いよ。なんてやってる場合じゃないか…」
そうだった、頭上にはまだワイバーンがいるんだった。
さっき魔力弾をぶつけたためか、ワイバーンは両手で頭を押さえて、ゆっくりと降下して来た。魔力が強いと、羽ばたかなくても、すぐに墜落はしないそうだ。
あたし達は見付からないように、息をひそめていた……
ワイバーンは、頭を押さえていた手を離すと、辺りを見回し、慌てて飛び去って行った。怒って暴れるかと心配してたので、ひと安心だ。
「じゃあ神殿に帰るわよ」
ミミエルは、あたしとムート君を連れて転移した。
空中神殿に戻ったあたし達は、総出で迎えられました。まさか神殿中の使徒や、女神様までおいでになるなんてビックリです。
ムート君は床に置かれた、大きなクッションの上に寝かされました。
そこに女神ディアナ様が駆け寄られ、ムート君の傍らにお座りになりました。こんなに慌てられてるディアナ様を初めて見ます。ムート君はバハムート様だから特別なんだろうか?
「ああ……可哀想に、こんなに傷だらけになって……」
ディアナ様は頭を下げられて、角をムート君の顔の上にかざしました。
すると、なんて事でしょう、角が光ると傷が見る見るうちに治っていきます。3分ぐらいで、すっかり治ってしまいました。
「もうこれで大丈夫ですね」と言うとディアナ様は立ち上がられました。
そこに使徒のひとり、アウルエル様が飛んでこられました。アウルエル様はフクロウの姿をした使徒様なのです。翼でムート君の体を触って調べているようです。
「ふむ……、体の方は治療出来たようです。あとは魔力の回復だけですね」
そばでラビエルも心配そうに見ていた。
「よかった~。バハムートほどの者がやられるなんて、初めてだぞ……」
「うん、治ってよかったけど……、いいかげんムート君に服着せてあげなよ。おちんちん丸出しだよ……」
ちょっと言いにくいけど、言ってあげた。皆に恥ずかしい所見られてるからね。でも、前世がドラゴンなら気にならないかも?
「……あ……あれ? ここは?……」
ムート君は目を覚ました。幸い起きる前に服を着せてもらったので、恥ずかしい格好で起きないで済みました。周りを見回して、自分がどこに居るのか分かったようです。
「今回は心配しましたよ、ムートさん」
ディアナ様が、ちょっと咎めるような口調で言いました。
「すみません母上。油断してしまいました」
……ちょ~~っと待って。いま、母上って言った?
「え? どういう事? 何だかあたしの知らない事ばっかなんだけど?」
最後の「ど?」の所で、ラビエルの顔をガシっとつかんだ。
「いや……これには訳が……あるのだ。……ワケを聞いてぇ~~~」
「ちゃんと聞くから、あたしが納得のいくように話してね」 にっこり。
他のみんなは、ラビエルを気の毒そうに見ていた。
「バハムートがこちらに転生するために、ディアナ様がご自分の子供として産んで下さったのだ」
「あんた、かなり端折ったね。それじゃ分からないよ」
あたしはもう一度、ラビエルの顔をつかんだ。
「は……話すから落ち着け……そもそもの始まりは今から50年前からだ。トリエステでは、魔獣などが突然凶暴化する事件が起きている事は知ってるだろう? この世界には軍隊が無いので、他の世界の強き者の力に頼らざるを得ないのだ。そこで、竜王と呼ばれたバハムートに、死後トリエステに転生してもらえるよう頼んだのだ。転生には3種族のどれかに生まれ変わるのだが、バハムートの力が大き過ぎて、ドラゴン族ですらその力に耐えられないのだ。しかし、女神の子供ならば不可能ではない。それでディアナ様が、ご自分の御子としてお産みになったのだ」
ラビエルは一気に説明したけど、それじゃまだ分からないよ。
「うんうん、それは『経緯』だね。あたしが知りたいのは、何であたしには知らされなかったのか? なんだよ」
「そう言えば、何でドラゴニアの学校に通おうと思ったの?」
ミミエルがのんきに聞いた。
「そ……それは僕が話すよ……」
ムート君が気まずそうに言った。
「討伐隊の新しいメンバー候補がドラゴン族と聞いたので、気になって見に行ったら、それがナナミィちゃんだったんだ。信じられなかったよ、こんなにも可愛い女の子だなんて。討伐の時だけじゃなくて、もっと一緒に居たかったから、同じ学校に行けるようにペギエル様に頼んだんだ……」
ムート君は真っ赤だ。
「あれですね、いわゆる一目惚れなんでしょう」
ペギエル様がサラリと言われた。
自分で言うのもなんだけど、我ながら美少女だとは思っていた。でも、信じられない程の美少女では無いと思うよ。異世界のドラゴンの好みは分からん。
「じゃあ、学園長室で会う前に、あたしの事を知っていたの?」
「ええと……異世界からの転生者のリストで知ったのだけど……」
「見た目だけで、転校までする?」
「いや、普段の学校での様子を見ていたよ、ナナミィちゃんは本当にいい子で、大好きになったんだよ!」
あれ? 今あたし告白されたっぽい? 照れるなぁ。
「あら? ムートはナナミィを恋人にしたいの?」とミミエル。
「残念ながら僕はドラゴンじゃないので、結婚出来ないし、友達でいいんだ」
「なに言ってんの、結婚出来なくても、恋人にはなれるでしょ。元ドラゴンなんだし」なんて、ミミエルが焚き付けてるよ。
「そそ……そうかな?」
ますます赤くなるムート君。
「ムート君は竜王だったって言うけど、普通の少年みたいね?」
「いやぁ……僕は一族で一番力が強かったので、竜王などと言われたけど、まだ50歳の若造だったんだよ」
「ちなみに向こうのドラゴンの寿命は千年ぐらいなので、50歳はまだ少年なのよ」
ペギエル様が補足した。
「なるほど……、で、そんな事を、なぜあたしだけに黙っていたのかな?」
肝心なところをまだ聞いてませんね。
ムート君がめっちゃモジモジしてた。それ、ちょっと可愛いかもしれない。
「バハムートの時に、竜王らしいしゃべり方をしてたら、普段とイメージが違い過ぎて、自分がバハムートだと言い辛くなって……。なんかナナミィちゃんはバハムートが理想のドラゴンらしいし……。でも人間の僕は、あまりぱっとしないし……」
ああ~~ですよね~~……、それって、クールでいけてる芸能人が、ふだん地味で人見知りだったみたいなもんです。
「うん、ムート君が言い辛いのは分かったけど、他の皆は何で黙ってたの?」
「……ペギエル様が、黙っていろと言われるので……」
「……そうね……本人が言うまで黙ってろって……」
ラビエルとミミエルが、ばつが悪そうに言った。
「やはり最初から教えた方が、面倒が無くて良かったかしらね」
しれっと言うペギエル様。なら、最初から言ってよね!
あたしは、はぁっと息を吐いてから、「リゲイル」と唱えてドラゴンに戻った。もちろん事前に、スクール水着やブーツなどは脱いでますよ。ドラゴンの尻尾は獣人と違って、体の延長がそのまま尻尾なので、水着を着たままだとお尻の所が破れてしまいます。……それはともかく。
「まあ、あたしが結婚出来る年齢になるまで10年以上あるし、それに、もうとっくに友達でしょう?」
「ナナミィちゃん……」
ムート君は感激したようだ。まずは友達から始めようってやつだ。
「まあ。青春ねぇ~~~」
なんて、呑気にのたまうディアナ様だった……