第19話 ミミィの飛行訓練
「ねぇナナミィ、ミミィもお空飛びた~い」
ある日ミミィが、あたしに言った。
ついにこの日が来たのか……
ドラゴンの子供の誰もが通る道、飛行訓練です。普通は家族が教えるものなんですが、ミミィの家族はみんな忙しくて、代わりにあたしが教える事になりました。
「あたしにまかせなさ~い。すぐに飛べるようにしてあげる」
「わ~~~い」
という訳で、あたしとミミィは、学校のプールに来てます。
この世界の学校にもプールがあり、水泳教練で使われてます。教練なんてお固い言葉ですが、実際すごく真面目に水泳の訓練をしています。軍事教練と言う訳じゃなくて、魔獣や魔物がいる世界では、川や海が前世の世界より、格段に危険だからですね。だから泳ぐのは、逃げるためでもあるし、水難救助の訓練もします。
でも、今回は水泳の練習のためじゃありません。ミミィの飛行訓練のためです。うまく飛べない子は、何度も墜落するので、危なくないように水の上で飛ぶ練習をするのです。プールはそのための場所でもあるのです。
今日は、ミミィの飛行訓練のための使用許可を取っておいたので、あたし達の貸し切りになってます。
「なのに何で、ムート君がいるのかな?」
「なに、ドラゴンの飛行訓練ってのに、興味があったからだよ」
どういう訳か、ドラゴン大好き人間のムート君がいます。これであたし達が人間だったら、女の子の水着姿を見るのが目的かと思うところなんだけどね。
「まあいいか……、じゃあまず、翼に魔力を集める練習をしましょうか」
「え~~? 魔力ってな~~に?」
「えぇ……、まずそこから?……」
力が抜けるあたし。
「体の中に流れるチカラの事よ。炎を吐く時に、お腹からのどを通って、何かが動いて行くでしょう?」
「ああ! あれね。あの、むにゅむにゅ~~ってなるの」
ま……まあ、取り敢えずそんな理解でいいか……
「その『むにゅむにゅ』を、お腹の中に集めるのよ」
「う~~ん……こうかな……ううう……」
ミミィは、体をクネクネ動かしてた。
確かに、魔力のコントロールは、馴れないと難しいからねぇ。
その時ムート君がミミィに近づいて、彼女の下腹部を触った。
なっ……! ちょっと、どこ触ってんのよっ!
ムート君が触ってるのは、お腹の少し下あたりで、そこはまだ総排出腔の割れ目じゃ無いけど、女の子の下腹部を気軽に触るのは、いかがなものか?
なんて思ったけど、普通のドラゴンは、そんな事気にしないよね。
ちなみに、ドラゴンは爬虫類の親戚?なので、トカゲやワニと同じく、あそこは総排出腔になってます。それに男女とも外見は同じような割れ目なので、子供の頃は性別の見分けが付け辛く、特に人間や獣人には不可能らしいです。
だから名前で男女の違いが分かるように、女性の名前には『ィ』が付いてるのです。ナナミ『ィ』やミミ『ィ』のようにね。
「ほら、ここのあたりだよ」ミミィに優しく語りかけるムート君。
「この触ってる場所の中に意識を集中して……、そしてこっちに『むにゅむにゅ』を移動させるんだよ」と言って、今度は背中の翼の付け根を触りました。
「や~~ん、くすぐったぁい」
ミミィは気持ちいいのか、尻尾を振ってます。
ドラゴンの女の子を手玉に取るなんて……恐ろしい子!
「だ……大丈夫なの?」
「うん! よく分かったよ!」
ミミィはクスクス笑いながら言った。
「では続きを」
と言ってムート君は、ミミィを抱え上げてあたしの前に置いた。
「え~~~? ムートお兄ちゃんのがいい~~」
ぐずるミミィ。
なんてこと!! ミミィをムート君にとられたよ!
「いや……ほら、僕は翼が無いので、飛び方までは教えられないから……ね?」
ミミィに抱きつかれて、困ってるけど……ちょっと嬉しそうだね……
魔力のコントロールは人間でも出来るけど、飛ぶのはドラゴンにしか出来ないからねぇ。でも、ムート君だと、飛び方も教えられそうだけど……
「さてと……ミミィにはあたしが教えるので、真面目に聞くように」
「は~~い……」
なんで不服そうなの。お姉さん悲しいよ。
……まあ、いいか。
「翼に魔力を集めたら、羽全体に魔力をまとわせるのよ」
「まとわせる……って、な~~に?」
「え? あ~~……そうねぇ~……」
7歳児に『まとわせる』は、難しかったか。あたしは、ちらっとムート君を見た。彼はニッコリ笑ってるよ。イイ笑顔で。なんか悔しいな。
「そうだね、翼に魔力の服を着せる感じかな?」
「わかるぅ~~~」
ミミィはご満悦だ。確かに分かり易いよね。
なんだろう、ムート君はドラゴンの扱い方をよく知ってる。ミミィに対する扱いがすごく優しい。ドラゴンの好きな事や嫌な事を、みんな知ってるかのようだ。
本当に不思議な子だ。
「魔力を翼に被せる事が出来たら、羽ばたいてみて」
ミミィは翼を広げて羽ばたいた。でも、まだ弱いかな。
「もうちょっと、強く羽ばたいて」
「う~~~~~~~~~ん」バタバタバタバタ……
教え方がいいのか(あたしじゃないよね?)すでにミミィは、浮かび上がってます。本人は気付いてないのか、目をつぶって一生懸命羽ばたいてる。でも、今の状態は魔力を使って浮かんでるだけなのです。自在に飛ぶには、翼に推進力を発生させなきゃいけないけど、どうやって教えよう?
「ミミィちゃん、飛んでる。飛んでるよ」
とムート君が声を掛けた。
「え? あ、ホントだ~!」
ミミィは喜んだが、集中力が途切れたからか、ストンと落ちた。
「あ~~……疲れた~~~」
「そんなに力を入れなくても、大丈夫だよ。ほら、こんな感じでも」
と言って、あたしは軽く羽ばたいて飛んでみせた。そうしたらムート君が、何か言いたそうにしてるけど、何だろうか?
「なに? 何か問題でも?」
あ、ちょっとイヤな言い方しちゃったかな。
「ナナミィちゃんみたいに、魔力に余裕があるならいいけど、魔力がまだ少ないミミィちゃんは、少し強めに羽ばたく必要があると思うんだ」
「た……確かに。でも、その前に少し休憩しましょう」
あたしは持参して来た、お菓子とお茶を準備しました。今日はシュークリームです。無論あたしの手作りだ。この世界には無いお菓子で、お友達には好評です。
二人分しか無いので、ムート君にはあたしの分の半分をあげた。
「これは、シュトラリエみたいだね」
ムート君は手に取りながら言った。
「え? なにそれ? 聞いた事ないけど……」
似たお菓子が、トリエステにもあったの?
「あっ……ほら……隣の国に、似たような物があったと思って……」
「フ~~ン、そうなんだ」
あれ? 今ムート君も誤摩化した? なぜに?
「では、休憩も済んだ事だし、訓練再開しましょう」
あたしはお皿やティーポットを、カバンに仕舞った。さすがに、例のブレスレットは皆の前では使えないしね。
「ミミィは浮かぶ事は出来たので、次は前に進めるようになろうね」
「うんっ!」
「そのためには、翼で空気を後ろに押し出すように羽ばたくの」
言葉での説明は難しいので、自分の翼で実演してみせました。ミミィはゆっくり羽ばたく羽の様子を、じっと見ていました。理解出来たかな?
「ヨシッ! じゃあ飛んでみよう。ここからあそこまでね。プールの上を飛ぶから、落ちても下は水だから安全だよ」
あたしはミミィが不安がらないように、優しい笑顔で言いました。
「え~~……こわ~い」
あたしの笑顔、効かなかったよ!
あたしはプールの反対側に回って、ミミィを呼んだ。
「ほら~、ゆっくりでいいから、おいで~~」
あれ? ムート君がミミィの横に立て膝で座って何かしてるよ。よく見ると、ミミィの翼を手で動かして、翼の動かし方を教えてるのかな? 確かに、そういう風に教えた方が分かり易いけどね。
ミミィはパタパタと羽ばたいて、飛び立とうとした。ムート君はミミィを、ひょいと頭の上まで持ち上げ、そのままグルグル走り回っていた。ミミィの体が浮かぶと手を離し、落ちると受け止めていた。
良い教え方だけど、それじゃあプールでやる意味無いじゃん……
あたしの時はママに教えてもらったなぁ。なかなか飛べなかったあたしに、根気よく教えてくれたっけ。ドラゴンが飛べる理屈が納得出来なくて、何度もプールにダイブしてたけど……
どうやら、前世の記憶が戻る前でも、なんとなくドラゴンが重過ぎて、自分の翼だけでは飛べない事を分かってたんだ。そんな余計な知識のおかげで、飛べるようになるのに時間が掛かったけどね。
バハムート様のような、巨大ドラゴンでも飛べるなんて、魔力ってすごい……
そう言えば、バハムート様も異世界転生して来たんだったね。でも今の姿を見た事はないな。どの種族に生まれ変わったんだろう?
最初バハムート様は、巨大ドラゴンのまま転生して来たと思ってたけど、転生は人間・獣人・ドラゴンの3種族だけでしか出来ないそうです。同じドラゴンと言っても、大きさが違い過ぎて、完全に別の生き物ですよ。
……人間だとしたら……まさかね……でも、バハ ムートだし……
聞いてみたら、答えてくれるだろうか?
「ナナミィ~~」
はっと気付けば、ミミィがプールの上を横切って、あたしの所まで来ていた。
ちょっとフラフラしてるけど、ちゃんと飛んで来れたんだ。えら~~い。
「やった~~ 飛べたぁ~~」
ミミィはあたしの腕の中に飛び込んで来た。
「すごいよミミィ。もうこんなに飛べるの?」
ミミィの頭をなでてあげると、彼女は可愛いドヤ顔してた。
それから何度もプールの上を往復して、訓練を続けました。
おかげで、ムート君には聞きそびれたけど……