第175話 さあ、王都に出発だ
「私はもともと、ドラゴンが嫌いな訳ではないのです」
サミルさんが自分語りを始めました。
王都に行く前に、サミルさんの思いを確認するためです。いくらポチャリーヌに協力すると言っても、父親である子爵が人族至上主義である以上、完全には信じられないからです。
「執事のドミィルには、幼い頃より世話をしてもらっていて、私にとっては姉のような存在なのですわ。でも、おじいさまやお父様の手前、ドラゴン族と親しくする訳に行かず、どうしても差別的な対応をせざるを得なかったのです」
そう言うとサミルさんは、ミケの方をチラっと見ました。
「もしかして、そいつがお目付役だったのか?」
ポチャリーヌが人差し指をクルっと回すと、ミケを入れているバリヤーが一回転しました。むろん、中にいるミケも一回転。
「にゃあ~~ひどいにゃ~~!」
ミケがコロコロされちゃったよ。
「そうです。どうやら大旦那様がよこしたらしいのです」
ドミィルさんが、ミケを睨んで言った。
ミケの立場は子爵家でも特殊らしいね。これはアレか? 普通メイドと違って、戦うメイドなのか?
「ミケって、戦闘メイドとか言うモノなのかな? それとも、特殊工作員的な?」
「そういう感じですね。子爵家の裏の仕事をこなす要員でしょうか。ミケの妹とあわせて3名程おります」
あたしの疑問に、ドミィルさんが答えてくれましたが、それって子爵家の機密情報なんじゃないの?
っていうか、あんなのがまだ二人もいるのか。
「なるほど、縁側シリーズと言う訳か……」
「は? そ……うですかね?」
あたしの呟きに、戸惑うドミィルさんでした。
妹は絶対、タマ・エンガワとかに違いない。
「ほう! ミケの姉妹がおるのか。これは楽しみが出来たな、どうやって遊んでやろうかのぅ」
「新しく開発した、竹の子アタックを喰らわせてやるのですぅ!」
「それはイイな!」
ポチャリーヌとリリエルちゃんが、悪い顔で笑っているけど、可愛いリリエルちゃんを、悪の道に引き込まないで~。
領主様は、そんな二人を見て微笑んでおられますが、大丈夫かそれで。
「では、王都に出発するのは明日だ。王都では我が家の別邸に滞在するのと、移動は転移魔法なので、特に荷物はいらないだろうが、武器ぐらいは持って行けよ」
「武器って……そんな物騒な」
「何を言う、向こうは敵地だと思え。誰が敵なのかも分からぬのだからな」
「それもそうか。それで、王都編のメンバーはどうする? あたしとポチャリーヌとリリエルちゃんは確定で、あとはラビエルかな?」
「そうだな、奴も連れて行かないと、後でうるさいからな」
「ラビの事だから、連れて行かなくても、勝手にやって来るだろうけどね」
「あとはお姉様達だな。こっちも連れて行かないとうるさいからな」
「えっ? 意外だなぁ」
「何を言う、妾なぞ子犬扱いだぞ。それより『王都編』とはなんぞや?」
あ、よく聞いていたな。
「物語の舞台が王都になるからだよ。ちなみに、ちょっと前までは『世界樹編』ね」
「うむ、分からんな」
「あの二人は何を言ってるの?」
「私もよくわからないな」
サミルさんとスピネルさんが、ちょっと呆れてた。
「うむ、あの二人は異世界からの転生者なので、時々理解出来ない事を言うのだよ」
領主様が解説して下さいました。
ああ、こういうのって、異世界転生物っぽいぞ。
今日はお家に帰って、お出かけの準備をしなくちゃね。それとラビエルを呼び出して、今までの説明をしておかないと。
そうしないと、勝手に悪い想像をして暴走しかねないしね。
「あ、じゃあ、ルチルお姉様とリシアもさそって、一緒に行ってもいいですか?」
スピネルさんが思い出したように言いました。
そう言えば、あの二人の事はすっかり忘れていたよ。
こんな観光気分で大丈夫なんでしょうか?
ちょっと心配です。
・・・
翌日になりました。
集合場所はムート君のお家です。
スピネルさんご兄弟は、ムート君のお家に泊まっているので、すでに準備バッチリです。ルチルさんとリシア君はおしゃれしていますが、スピネルさんはいつものハンター装備です。
「私は一応、ポチャリーヌ様の護衛として付いて行くので」
ああ、今度はポチャリーヌが護衛に雇ったのか。あの子のどこに護衛が必要なのか? むしろあたし達を守って欲しいぞ。
「貴族令嬢が護衛も付けずに出掛けるなぞ、有り得ないだろうが」
「そりゃそうだけど……」
「お主も護衛をやってみるか?」
「いや結構です」
きっぱり断わったよ。
「私達の護衛を、ナナミィさんにしてもらってもいいかもよ?」
「お姉様、無理を言ってはダメですよ」
ポチャリーヌのお姉様の、エクレアナさんとマカロンナも来ています。
お忍びでの王都旅行なので、二人とも華やかなドレスではありません。高そうではありますが、あたしら庶民と変わらないシンプルな服装です。
貴族令嬢でありながら、偉ぶらず謙虚でお優しいお二人は、大好きなお姉様です。
「ポチャリーヌがこのお二人の妹なんて、何かの間違いだよね?」
お二人を見ていたら、思わず本音が漏れてしまった。
「何気に妾をディスるんじゃない」
あとはラビエルだね。
「我が輩が居れば、どんな敵からも守ってやるぞ!」
「どんなは言い過ぎですぅ」
「なんだと! 我が輩は強いのだぞ~~!」
いつも通り、ラビエルとリリエルちゃんが、やいのやいのやっていた。
今回は不参加のムート君とサリエルちゃんは、二人をなだめていました。
さて、これで王都旅行のメンバーは揃いましたね。
残りのメンバーはサミルさん達ですが、ここには来ていません。
女神様ガチ勢のサミルさんに、女神様の息子のお家を教える事は出来ません。どんな風に暴走するか分からないからです。芸能人やその家族の住んでいる家を、秘密にするのと同じ理由です。
それに……
「王都に行ったら、お土産を買って来てね〜♪」
楽しそうにしているディアナ様がいます。
「いやいや。ディアナ様はつい最近、王都に行ってらしたじゃありませんか?」
「こういうのは自分で買うより、人に貰った方が嬉しいものなのですよ♪」
あたしのツッコミをさらりとかわすディアナ様ですが、こんな場面をガチ勢には見せられないよね。ここに住むとか言い出しかねないし。
女神様までやって来て、スピネルさん達も面食らっていますよ。
「母上はあまり、ナナミィちゃんを困らせないで下さい」
「あら、困っているナナミィさんも可愛いじゃないの~」
あかんわこりゃ。
「お土産くらい買って来ますよ。ムート君にもね」
「「やった~~♪」」
こんな所は親子だなあって思うね。
そしていつも通り、呆れるペギエル様。
そうなのです、今回の騒動はすでにペギエル様にバレています。
さっきから何も言わないのが、逆に不気味だけど。
「……ナナミィさん」
「は……はいっ!」
いきなりペギエル様に話し掛けられたよ。
「お土産、私にも買って来てくれます?」
お土産の事だった。
「あ、はい。もちろん、みんなの分も買って来ますよ」
今回の、王都旅行にかこつけた殴り込みについては、ペギエル様も知っているのでしょう。何も言わないのは、討伐隊の案件ではないからですね。
それでもここにいるのは、ペギエル様としても無視出来ないからでしょう。
姿を見せる事で、暗に『やり過ぎるな』と釘を刺しているんだね。
これが貴族同士の争いで済むうちはいいのだけど、獣人族やドラゴン族の排斥運動にまで発展すると、ディアナ様の意向に反する事になります。
3種族が平和に暮らす世界を壊そうとする輩を、ディアナ様は決して許さないでしょう。そんな事になったら、ペギエル様の出番という訳です。
いったいいくつの貴族の家が消し飛んでしまうのか……
そうならないためにも、あたし達がキッチリ解決しないと。
まあ、面倒事はゴメンなだけですけどね。
「じゃあポチャリーヌさん、後はよろしくお願いしますね」
「まかせて下さい」
あれ? あたしにじゃないの? あたしも頑張っちゃうよ?
「え~~と、あたしもお願いされました」
「そうですね、頼みましたよ」
そう言うとペギエル様はクスっと笑った。
むっ、今のはわざとなのか?
「ではサミル達を拾ってから、王都に向かうぞ。皆の者こちらに集まれ!」
サミルさん達は、あのままポチャリーヌの家に一泊しています。その理由は、さっき言った通り、女神様ガチ勢なので。
「ポチャリーヌのお家に戻るですぅ!」
リリエルちゃんがそう言うと、ぱっと景色が変わって、ポチャリーヌのお家、つまり領主様の屋敷に来ました。
サミルさんとドミィルさんが荷物を持って待っていました。
獣人のメイド姿に戻ったミケは、昨日とは違う服を着ていた。そう言えば元のメイド服は、変身する時に破れたんだったね。よく見たらポチャリーヌの家のメイドさんの服でした。
「ミケも連れて行って大丈夫なの?」
「大丈夫だぞ、奴の頭上には目に見えないがレイスがおるのだ。奴がおかしな事をやろうとしたら、生体エネルギーを奪って行動不能にしてやるのだ」
なるほど、それは恐いな。
「ひ~~、勘弁して下さい~~。もう逆らいませんから~~」
ミケはすっかり怯えちゃってるよ。
「そんな事より、なぜ語尾が『にゃ』じゃないの~~!」
「ひぃ~~~~」
あたしはミケを問い詰めた。
「ナナミィさんの方が、おかしな事をやってますぅ」
「じゃあ、レイスにエネルギーを吸い取らせるかな」
リリエルちゃんとポチャ子が恐い事を言ってる。
「さ……さあ、王都に出発だぁ」
変な事をされる前に、さっさと行きましょう。




