第172話 ミケ襲来
魔物かもしれない、怪しいメイドのミケが来た。
さあ、どこから来る?
やはり裏口から侵入して来るのか。それとも屋根裏から襲って来るのか。
ネコ獣人らしく、背後から音も無く近付いて来るのかも?
などと考えると、ドキドキして来るよ。
「ナナミィさんの動きがおかしいのですぅ」
「どうせリキみすぎて、頭の中で余計な事を考えてるのだろうて」
リリエルちゃんとポチャリーヌが酷いです。
あたしがジリジリと待っていると、この家のメイドさんが入って来ました。
「お嬢様、お言い付けにあった獣人のメイドは、旦那様に会いに来たそうで、いま待合室で待ってもらっています」
まさか、正面からキタ~~。
正面突破か!
「なんだ、普通に来たのだな」
「旦那様に、カエラス子爵からの手紙を預かってきたそうです。それで、旦那様に直接渡したいと言ってますが、どうしましょう?」
そう言うメイドさんの言葉に反応したのは、スピネルさんだった。
「それは危険だ。私が行って、受け取ってこようか?」
「そうだのう……、うむ、スピネル殿に任せるか。それもお父様としてな!」
「……え?」
ポチャリーヌがまた、おかしな事を言い出したよ。
スピネルさんは、あんたのお父さんじゃないだろう。
「あんた、何言ってんの? スピネルさんが困ってるよ」
「フフン、魔法でお父様に見えるようにするのだ」
「あぁ、リップの時に使った魔法か!」
シードラゴンのリップを、人間の少女の姿に偽装した魔法です。光の反射をあれこれして、見た目を変えるだけなので、触られるとバレちゃいます。
「貴族であるスピネル殿なら、お父様の代わりを任せても大丈夫であろう。その間に証拠を押さえておこう。それに戦闘になったとしても、Bランクハンターなら問題無いな」
「なるほど、任せてもらいましょう」
ポチャリーヌとスピネルさんは気楽に言ってるけど、本当に大丈夫なんだろうか?
「よし。そうとなれば、ミケに会う前に打ち合わせだ」
と言う訳で、作戦が決まりました。スピネルさんが領主様に偽装してミケの相手をし、ポチャリーヌが認識妨害魔法で指示を出す。ミケが怪しい動きをしたら、一気に取り押さえる。そしてあたしとドミィルさんは、隣の部屋で待機です。
「ミラージュ」
ポチャリーヌがスピネルさんに手をかざしてそう唱えると、彼女の姿がイヌの獣人の姿に変わりました。
「そして、ボイスチェンジ。これで声も変わったぞ」
「あ~あ~……。本当だ、違って聞こえる。ふしぎ~」
確かに、何度見ても不思議なモンです。これで声が元のままなら、おかしな事になってたよね。
「ほら。さっさと隣の部屋に行け」
と言ってポチャリーヌが、あたしの尻尾を蹴りやがった。
ムカついたので、尻尾でポチャ子のお尻をひっぱたいてやった。
「じゃあ、ドミィルさんも行きましょう」
「それにしても、ナナミィさんはポチャリーヌ様と仲が良いのですね」
そう言ってドミィルさんが笑っていました。
あたしとドミィルさんは、領主様の執務室の隣の部屋に入りました。
そして壁に耳を付けて、隣の様子をうかがいます。
「カエラス子爵のところのメイドだね、今日はどのような用事で?」
壁の向こうから、スピネルさんが化けた領主様の声が聞こえます。
「はい、旦那様よりお手紙を預かって来ました」
「ほう、どれ」
そして部屋を移動する足音がします。誰かが歩いているのかな?
「どうぞ」
これはミケの声じゃない。もう一人メイドさんがいたみたいです。
そのメイドさんが、ミケから手紙を受け取って、領主様に渡したんだね。
しばしの沈黙。
「ふむ、王都を訪れた際は、お世話になるとしよう」
「お待ちしております」
あれ? これだけ? 何ともあっさりしてるなぁ。
いや、ここで懐から短剣でも取り出す場面だぞ。
「それとこれを……あっ」
やはり武器を隠していたのか?
いや、床に何か落ちた音がしたよ。
「す……すみません」
トコトコ
これはミケが歩いているんだな。
「うん? それは何だね?」
領主様(偽)が聞いた。
「これですか? これはこうやって使うのですよ」
ゴソゴソ……
パカッ
おや? 何かのフタを開けたのかな?
「何か臭うな……そこから出ている臭いかね?」
「そうです。それとお願いがあります、領主の座を退いて下さい」
ちょっと! あのネコ、何を言ってんの?
領主をやめろとは、不届き千万!
「そして次期領主に、ナダム子爵を指名して下さい」
領主様(偽)は絶句しているようだ。
決してメイドが言っていい内容じゃありません。
「な……何を言っているんだ君は?」
「おや? 効いていませんか? これはまずいです」
本当にまずいぞ。
こういう場合は、周りにいる者を殺して口封じをすると決まってる。ポチャリーヌは何をやっているの?
その時、ドアが開いてこの家のメイドさんが、慌てて入って来ました。
もしかして隣の部屋にいたメイドさん?
「ナナミィ様、お嬢様が来てほしいと……!」
ヨシッ! ただちに突入だ!
「私も一緒に行きます!」
ドミィルさんも付いて来ました。
これは頼もしい援軍だ。
執務室のドアをバーーンと開けて、ドラゴン二人が乱入だ!
「さあ! 大人しくお縄につきなさい!」
「なっ! あ、ナナミィさん。どうしてここに?」
ミケは最初びっくりしたが、すぐに落ち着きを取り戻した。
むむ。なんてふてぶてしい奴。
「ミケ! お前は何て事を言うんだ! 立場をわきまえなさい!」
「あら? ドミィルさんまで」
さすがにちょっと慌てているか?
ポチャリーヌは何かの道具を持っているけど、それで録音でもしているのかな。それで証拠を押さえて、相手の子爵を脅迫しそうだ。
ちなみに、あたしとスピネルさんはポチャリーヌの姿が見えます。
「さあミケよ、お主の正体は露見しておるぞ。観念して黒幕の事を話してもらおう」
ポチャリーヌが、ここぞとばかりに姿を現した。
「えっ? あれ? ポチャリーヌ様? いったいどこから?」
いきなり目の前に出現した(ように見える)ポチャリーヌに、ミケがすごいびびっていたよ。
「獣人ぶっているが、お主は魔物であろう?」
「……あ~~、いろいろバレてますね。しょうがないなぁ~~」
ミケが大きくため息をついた。
「どうやら失敗したらしいので、証拠を始末して逃げさせてもらいますね。申し訳ありませんが、皆様には死んでもらいます。ああそうだ、ポチャリーヌお嬢様なら交渉材料になりそうなので、連れて行きますね~」
セリフが長い!
さっきまでセリフが1行だったのに。
いや、それより内容が酷いぞ。誰が殺されてやるもんか!
「ううぅ~~~むむむ~~」
ミケが何かリキんでるけど、スーパーなんとかに変身するつもりか?
などと、余裕をこいて見てたら、ミケの体に変化があった。
じょじょに大きくなってるよ!
尻尾も太く長くなっていき、サミルさんに買ってもらった尻尾カバーが破れてしまいました。
いや、それどころかメイド服まで破れて行きます。
ボタンが飛んで、胸元があらわになったけど、出て来たのはおっぱいじゃなくて、フワモコの毛だった。
服の下にブラが無いので、そこにおっぱいは無いみたいです。やはり魔物なので、獣人とは体の構造が違うようです。
ミケは破れたメイド服を脱ぎ捨てて、四つん這いになりました。
その姿は、まさにケモノだった。
まるで、スパンキーを大きくしたみたいな姿だ。
「ふむ、スパンキーの進化体か?」
ポチャリーヌも、そう考えたようだ。獣人のような姿に変身出来るのも、こいつの能力なんだな。
「このメイド服も気に入ってたのに、勿体ないニャ」
まって、今『ニャ』って言ったな?
「この姿なら、みんなコロコロしちゃう事も出来るニャ!」
そう言ってニヤリと笑うミケ。
4つの足を開いて姿勢を低くし、今にも飛び掛かりそうなポーズです。
そんな事より、ニャって言ったぞ!
「私の得意技、電撃をくらうニャ〜〜〜!」
しかし、ミケは電撃を出す事は出来なかった。
あたしの捨て身タックルを喰らったからだ。あたしとミケは、一緒に吹っ飛んで行った。
「なにするニャ〜!」
「あんたはあたしのモノになれ〜〜!」
可愛いスパンキーの進化形で、語尾に『ニャ』なんて言うのを探していたのよ!
だってネコ獣人は誰も『にゃ』なんて言ってくれないし〜〜
「なななぁ〜〜〜??」
全身の毛を逆立てたミケが、あたしの腕をすり抜けて行った。
「何て事を言うニャ。私のご主人は子爵様ニャ!」
「ナナミィ……何をやっておる?」
はっと気付いて周りを見れば、みんなの呆れたような視線が……
「フフン、奴を味方にするのは失敗したようね」
と言って誤摩化した。
誤摩化せたはずだ!




