第168話 こんな所にポチャリーヌ
中に入ると控え室に通されました。
使用人は別の部屋ですが、あたし達護衛はサミルさんと同じ部屋でした。
サミルさんは少し乱れた髪を気にしているが、ここにはドレッサーはありません。あたしが直してあげてもいいんだけど、髪の無いドラゴンがそれをやるのは不自然だよね。それに、あたしは嫌われてるみたいだし。
そんなサミルさんの髪を、スピネルさんが直してあげました。
「あ……ありがとう」
「さあ、これでいいですよ」
さっきの女神様の聖地巡りの際に、張り切り過ぎちゃったおかげで、せっかくセットした髪が乱れてしまったのです。
「手慣れてますわね。それにあなた、もしかして貴族の方じゃなくて?」
やはりハンターをしていても、貴族令嬢としてのオーラは隠せないのか?
「フフフ、ハンターにそんな事を聞くのは、野暮ってものですよ」
スピネルさんはサミルさんの質問を軽くいなし、余裕でかわします。
さすがエルフ、伊達に長生きじゃありません。
あたしは離れた所から、二人の様子をぼーっと見てました。
そしたらいきなり、尻尾に衝撃が。
っていうか、誰かに蹴られたよ!
「いたっ! なに?」
「まあナナミィさん、どうしてあなたがここに居るのですか?」
後ろから少女の可愛い声がしました。
あたしは知っている、可愛い少女だが可愛くない事に。
「ハンターのアルバイトをしていますのよ、ポチャリーヌお嬢様」
そう、少女はポチャリーヌだった。
あたしらしからぬ言葉遣いを聞いて、ぷっと吹き出しおった。大きなたれ耳を引っ張ってやりたいところだけど、ここじゃ我慢だ。
振り返ると、ニコニコ微笑むポチャリーヌがいました。
その後ろには、大きなカバンを持ったメイドさんもいました。
「ポチャリーヌお嬢様も、ナダム子爵様のパーティーに参加ですか?」
「ええ。子爵のお嬢様に、ぜひにとご招待されましてよ」
招待って……そう言えばエレミアは、ポチャリーヌに擦り寄っていたからな。
「さすが侯爵家令嬢ですね~」
「まあ、褒めても何も出ませんことよ?」
「「オホホホ~」」
二人して引きつった笑い。
はたから見れば、火花が散っているような会話ですが、ポチャリーヌのお付きのメイドさんは、あたし達の事情を知っているので微笑ましく見てました。
それよりも、そのメイドさんの持っているカバンが気になります。
さっきからカバンが、プルプル震えてるし……
うん、間違い無くリリエルちゃんが入ってるね。
「あら? そちらの方は?」
サミルさんがポチャリーヌに気付き、あたしに聞いて来ました。
「こちらはドラゴニア領主様の三女のポチャリーヌ様ですよ」
「御機嫌よう、ポチャリーヌ・ド・アリエンティです。以後お見知り置きを」
「まあ! アリエンティ侯爵家のお嬢様でしたの? 初めまして、ロンデリアのカエラス子爵家の次女、サミル・ド・カエラスですわ」
と言って、カテーシーで挨拶しました。
まるで高校生が小学生にうやうやしく挨拶をしてるみたいだ。親の身分差が大きいとは言え、ちょっと変な光景に見えちゃうね。
ポチャリーヌも貴族令嬢らしい社交を、きちんとやってるのですね。普段は傍若無人の魔王なのに。
しかし、大丈夫なんだろうか?
さっき聞いた話によると、ここのお嬢様の誕生日パーティーに参加するそうだけど、お嬢様はあのエレミアだしね。
エレミアと言えば、サミルさんと往来の真ん中でけんかしてたよね?
鉢合わせしたら、今度は殴り合い……にはならないだろうが、もっと不愉快な事になりそうだ。
別にドラゴン差別する貴族など、どうなろうと構いませんが、スピネルさんやポチャリーヌが巻き込まれないか心配ですもの。
いや、ポチャ子は放っといてもいいか。
「どうしたボケっとして? アホそうな顔が、ますますアホに見えるぞ」
「なあっ!」
突然ポチャリーヌが、いつもの魔王口調で話し掛けて来た。
「あのサミルとやらなら、さっきトイレに行ったぞ」
「あ、本当だ。いつの間に」
気が付いたらサミルさんがいなかった。
それと……
あたしはポチャリーヌ付きのメイドさんに近付き、カバンを開けました。
が、中にいるはずのリリエルちゃんがいない? お菓子の食べかすが落ちてるので、いた事は確実ですがね。
「ねえポチャリーヌ、リリエルちゃんはどこ行ったの?」
「え? さあ? 館の中を探検でもしておるのだろうて」
「うっ……なんか色々心配だなぁ……ああ心配」
ドラゴンは楽天的な性格をしている者が多いけど、あたしは繊細なので胃が痛くなりそうです。
コラそこ! お前も図太いだろうと言わない。
「なにがそこまで心配なのだ?」
「だって、今朝サミルさんとエレミアが、道の真ん中でケンカしてたのよ。いま顔を合わせたら第2ラウンドが始まりそうで。それにナダム子爵と言えば、リリエルちゃんを追い出した張本人だよ。彼女が子爵を見たら、レイスとか呼び出して攻撃しそうだし。そんな事になったら、後でペギエル様に怒られちゃうよ」
「た……確かにな。じゃあお主もパーティーに来るか?」
「いや、それは無理でしょ」
「こういう時に便利な魔法があるだろ? 認識妨害だ」
認識妨害魔法と言えば、自分の姿を相手が見ていないと思い込ませる魔法だ。
つまり、見えているのに見えない。
「よし、いいぞ」
さっそく魔法を掛けてもらった。
これであたしは透明人間ならぬ、透明ドラゴンだ。
「と言っても、妾には『見える』のだがな。それと音の方は聞こえるので、声を出したり音を立てるなよ」
「あ……はい」
本当に見えてないのかな? いまいち信じられない。
「凄いわね、本当にナナミィの姿が見えなくなった」
スピネルさんがキョロキョロ周りを見て、あたしを探しています。
いやいや、スピネルさんなら話を合わしてくれそうだし、まだ信じられない。
「皆さん、そろそろ行きますわよ。……ドラゴン娘はどこに行ったの?」
「ああ、あの子なら用事があるとかで、帰しましたよ」
「フン! まあいいわ。じゃあ行きますわよ」
おトイレから戻って来たサミルさんが、スピネルさんを連れて行きました。
うん、ちゃんと魔法が効いてるね。
「では、私達も参りましょうか」
「ハイ、行ってらっしゃいませお嬢様方」
メイドさんがあたし達を送り出すと、そのまま使用人用の控え室に行きました。
貴族のパーティーには初めて行くけど、どんなご馳走があるのか楽しみだ。
じゃなくて、スピネルさんが心配なので、見守るためにも一緒にいなくては。
それに、ポチャリーヌが何か変な事をしないか見張らないと!
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ポチャリーヌ付きのメイドのカバンから、転移魔法で抜け出したリリエルは、ナダム子爵邸の廊下を歩いていた。
お菓子でもあれば、コッソリいただこうという訳である。
「クンクン、こっちから甘い匂いがするですぅ〜」
楽しそうに歩くリリエルの前を、メイドが一人通り過ぎた。
「あっ、メイドさんです、ついてってみましょう」
そして後ろから、付いて行った。
「フフフ、ポチャリーヌの魔法のおかげで、誰も私が見えないですぅ。それに追加効果で声も聞こえないのですよ〜」
自分で説明をしてくれる、良い子のリリエルだった。
前を歩くメイドは、サミルのお付きのミケだ。
そのミケは、ある部屋の前で止まり、数度ノックをした。そして返事を待たずして中に入った。
リリエルもドアの隙間から、スルッと中に入った。
その部屋は、ナダム子爵の執務室だった。
中央に置かれた机には、主のナダム子爵が座っており、こちらを見ていた。
「お前か。ここに来たのは例の件か?」
子爵が不機嫌そうに言った。
「ハイ。本日はお嬢様の付き添いでお伺いしました。……どうぞこれを」
ミケは懐から手紙を取り出して、子爵に渡した。
「大旦那様からです。それとこれを使って下さい」
スカートのポケットから小さな包みを出して、机の上に置いた。
「こんな物で大丈夫なのか?」
「ハイ。万が一ダメだった場合、私が対処する事になります」
「あまり目立つ事はしてくれるなよ」
「心得ております。では私はこれで」
ミケはクルリと向きを変えた。
「わっ、ビックリですぅ」
目の前でいきなりミケが自分の方を向いたので、リリエルは思わず飛び退いた。
認識妨害魔法のおかげで相手からは意識されないが、触覚は妨害されていないので、触られると存在がバレてしまうのだ。
「うん? 今なにか……?」
ミケは違和感を感じて、周りを見回した。
子爵はそんなミケを見て、訝し気な顔をした。
「どうした?」
「……いえ、気のせいでした。失礼しました」
ミケは素早くドアを開け、一礼をしてから出て行った。
リリエルは口を押さえて固まっていたが、はっと気付いて、転移魔法でその場から消えた。そして、元居た控え室に戻って来た。
「あ〜〜、ビックリしたですぅ」
「あら? リリエル様、もうよろしいのですか?」
控え室に居たのは、ポチャリーヌ付きのメイドだった。
彼女にはリリエルの姿が見えているのだ。リリエルのお世話をするのも彼女の仕事なので、ポチャリーヌが魔法の効果範囲から外しておいたのである。
「お菓子ありますよ、お茶にしましょうか?」
「わ〜〜いですぅ」
メイドが小さなポーチから、お菓子の入った箱とポットを取り出した。このポーチは中の空間が広げてある、空間拡張バッグの一種だ。
二人でお菓子を食べているうちに、さっきの出来事を忘れるリリエルだった。




