第16話 ラビエルの修行-1
「ナナミィ、迎えに来たわよ」
どういう訳か、今日はミミエルが来た。
「あれ? ラビエルじゃないの?」
あたしはミミエルに聞いた。
「なんでも先輩は、自分を見つめ直すとかで、山籠もりに行っちゃった」
「はい? やまごもり? なにそれ?」
頭にハテナマークが出るあたし。
「だよねぇ……今さら何を考えてるのか……」
ミミエルは、やれやれと肩をすくめて頭を振った。
まさか、今までの事を気にしてるのだろうか? あたしを危険な目に遭わせた事で、そうとう落ち込んでたし……
もっといい加減な性格かと思ったけど、案外まじめなんだな。
あたしはミミエルと一緒に、空中神殿に向かった。
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ここは、ドラゴニアから25kmぐらい離れた森の中。
標高2~300mの山が連なるワスプ山地は、数多くの魔獣や魔物が生息している。そのため、主要な街道はこの地域を迂回しており、近づく者も少ない。かつては、林業を生業とした村があったが、商品価値の高い木は伐採し尽くされた為、人々は村を捨ててこの地を去った。
人の管理の手を離れた森は荒れ、集落も廃墟となった。今では訪れる人も無く、獣の住処となっていた。
そんな森の中に、ラビエルは居た。
ラビエルは森の中に点在する岩の一つに、あぐらをかいて座っていた。
ウサギの体であぐらは無理なのだが、ラビエルの場合、頭はウサギで、体はどちらかと言えばネコに近い体型をしているのだ。尻尾もネコのような長い尻尾なのだが、うさ耳が目立っている事で、ナナミィ達にはウサギだと思われてる。
ネコのしなやかさを持っているため、後ろ足を交差させ、あぐらのように座っているのだった。
「もう二度と、七美を危険な目に遭わせる訳にはいかん」
ラビエルは思索した、何が自分には足りないのかを。
「我が輩にはパワーがあるし、空も飛べるし空間転移も出来る。それに可愛い。足りない所が見付からないぞ」などとつぶやいていた。
「いやいや、現にうまく事が運ばないのだ、我が輩に反省すべき点があるはず……」
ラビエルは何をやっているかと言うと、岩の上で瞑想をしている……つもりだった。彼の場合は、雑念が多過ぎて、瞑想じゃなくて迷走していたが……
「ヨシッ。考えてても埒が明かないな。実践あるのみっ!」
そう言ってラビエルは立ち上がった。そして周りを見渡して違和感を感じた。
「うむ? いつの間に柱が立ったのだ?」
ラビエルの周りに、4本の細い棒が立っていた。不思議に思い顔を上げてみたら、棒の先に丸い物が繋がっていた。その丸い物は胴体で、棒は長い足だったのだ。胴体から飛び出した部分に目玉が付いていて、ギロリと睨まれた。
「ま……ま……魔獣だ~~っ!」
ラビエルは飛んで逃げようとしたが、地上1mぐらいの所でジタバタして、ほとんど進めなかった。
「あ~~そうだった、修行の為に能力を制限されてるんだったぁ~~」
修行をするなら、便利な能力は使わない方がいいだろうと、ペギエルに封じられていたのだった。飛行や魔力弾は十分の一に制限され、空間転移は使用不可となっていた。
大ピンチで焦るラビエル。そんな彼に、声を掛ける者が居た。
「しとさま ここでなにしてる?」
「え? あ、コブラナイか? あの鉱山に居た」
そこに居たのは、グレンジャー鉱山で働いていた、コブラナイ弐号だった。
「あのときは たすかった」
「まあ……我が輩が倒したわけじゃ…… って、早く逃げねば魔獣に食われるぞ」
ラビエルは、弐号の手を引いて逃げようとした。
「しんぱいない これはおとなしいまじゅう にくはたべない」
「え? 本当に?」
「マトリというまじゅう きのうえのはっぱをたべる」
弐号の説明を聞いても、安心出来ないような外見に、すっかり引くラビエル。
「ま……まあええわ……、お前はここで何をしてるのだ? 我が輩は修行中なのだ」
「みんなで あたらしいこうみゃく さがしてる」
マトリはゆっくりと離れて行き、歩くたびに細い足が地面に刺さっていた。
(ここにはペギエル様に連れて来られたが、もっと危険な魔獣が居るかも。こいつは森に詳しそうだし、一緒にいた方が安全かも……)
「よし、弱いコブラナイだけでこんな場所をうろつくのは危ないからな。我が輩が付いていてやろう」
「それはありがたい」
「胸の札に『弐』とあるけど、それが名前か?」
「そう にごうとよんで」
ラビエルは、弐号が崖や洞窟を見て回ってるのに付き合っていた。コブラナイと言う種族は、魔獣や魔物の気配が分かるのか、危険な生物をうまく避けながら行動していた。おかげで、ラビエルは安全だが、修行にはなっていなかった。
「いいものでた」
弐号は崖の下から、金色の固まりを掘り出した。
「おぉ~。それは金か? 凄いじゃないか」
「これきんじゃない おうてっこう」
弐号が見付けたのは、黄鉄鉱と言う鉄の鉱石だった。金に間違える人が居る事から、『愚者の黄金』とも呼ばれる物だ。鉄鉱石としては、精錬に余計な手間が掛かるので、それほど儲けが出る鉱石ではなかった。
「でもこのこうせき あまりもうからない」
「お……おう……」
「でも ナナミィはよろこぶかも もっていく」
なんて事をやりながら、森の中をうろついていた。
「しとさま しゅぎょうしないのか?」
ふと、弐号が言った。
「おお、そうだ、修行だったな」
ようやく思い出すラビエル。
「ここはひとつ、魔獣と戦ってみるべきか……」
能力の制限の事はすっかり忘れているようだ。
「その前に、腹が減ったな。メシにするか」
ラビエルはブレスレットに入れていたバスケットを取り出した。
「ペギエル様が持たしてくれたのだ。何が入っているのかな?」
ラビエルは期待して中を見たが、入っていたのはハンバーガーが1つだけだった。
「え~~と……、食べるか?」
「いいの?」
「我が輩は気前が良いのであるぞ」
と言って、泣く泣く半分を弐号にあげた。
飲み物はたくさんあったので、二人でお茶しながらしばし休憩した。
「んん? これは…… しとさま まずいヤツがちかづいてる」
弐号が慌てて警告して来た。
かなり慌てているのだが、コブラナイの顔には表情が無いため、ラビエルには伝わらなかった。おかげで、酷い目に遭う事になるのだが……
「え? なに?」
ラビエルは、弐号の言った事を聞き漏らしていた。
「たたかうか?」
「え? 何と?」
「ゴブリンのむれにみつかった このままじゃ おそわれる」
ラビエルは一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「襲われる? ゴブリンとは、お前達の同類じゃないのか?」
「ゴブリンあたまわるい そしてきょうぼう ちいさなどうぶつをたべる」
「小さな動物って…… 我が輩らか~~」
ラビエルは慌ててブレスレットから、魔獣や魔物の情報を呼び出した。それによると、ゴブリンは雑食性で、知能は低く凶暴、群れで行動しているそうだ。外見は背の低いサルみたいで、頭はクマに似ている。
「それになんだ、耳が長くて、ウサギのようではないか」
「それに コブラナイとゴブリンは べつのいきもの りょうほう あなをほるのうりょくがあるので むかしのひとが おなじしゅぞくだとおもった」
気が付いたら、周りをゴブリンに取り囲まれていた。ゴブリン達の顔には、獲物を見付けた喜びで、牙をむき出して笑っていた。
「うほぅ にくにく!」「うっはぁ~~!」「ほぅほぅ!」
ゴブリンは、威嚇するように叫んだ。
「何て野蛮な奴らだ。話も通じなさそうだぞ!」
ラビエルは、吐き捨てるように言った。ゴブリンは魔物と言っても、ほとんど野獣だった。
ゴブリンは二人を食べようと、ジリジリと近付くのだった。