第15話 ナナミィ買い物す
自分の魔法が、まったく使い物にならなかったあたしは、ますます魔法の訓練に励みました。パワーアップに必要なのは、やはり修行。
今日もディアナ様の空中神殿で修行してますが、この神殿は成層圏と言う、凄く高い場所に浮かんでいます。そんな場所で神様と修行なんて、某格闘マンガみたいですね。修行するのはドラゴンの方ですけど……
さて、今日は何をやってるかというと、なぜかラビエルと一緒に走ってます。何でも、あたしとラビエルの繋がりを強化するんだとか……
それに、魔力のコントロールがし辛い、ドラゴンの姿でやってます。この状態でもコントロールが出来るようになれば、人間になった時に、今まで以上の能力を発揮出来るのだそうな。
今いる場所は、神殿の中庭のような所で、サッカー場が入りそうなぐらい広い場所です。そんな所をあたしとラビエルがグルグル走り回ってるのですが、今日は今までと違って、あの方がいるのです。
そうなんです。バハムート様がおられるのです!
バハムート様は少し離れた所で寝そべり、こちらを見られてます。
走りながらちらっと見ると、優しく微笑んでますよ。
ドラゴンは爬虫類だけど、トカゲやワニと違い、目や口にちゃんと表情が作れるんです。脳味噌の大きさも人間と変わらず、高い知性を持っています。二足歩行だし、手も物を掴む事が出来るので、元人間のあたしも違和感がないです。
まあ、翼や尻尾には、独特な感覚がありますがね。あたしは自分の尻尾、大好きですけど。
で、バハムート様に見守ってもらい、あたしは張り切って走ってます。いつの間にかラビエルが周回遅れになってる。
「おら~~っ。ちゃっちゃっと走れ~~~っ」
「うひぇ~~~~~っっ」あせるラビエル。
「追い抜くよ~~…… ぜぇ ぜぇ ぜぇ……」
もうあかん…… 頑張りすぎた。
あたしはフラフラになって、ゆっくり倒れて行きました。そうしたらバハムート様が、急いで飛んで来て、そっと支えて下さいました。
「大丈夫かい? ナナミィちゃん」
「ハ……ハイッ! 大丈夫です!」
「ここはバリアで包まれていて、地上と同じ環境だけど、無理は禁物だよ」
すぐ横にバハムート様の顔があって、ときめいちゃいます! 何と言っても、バハムート様はあたしの理想のドラゴンなんです。
「ふむ、今日はここまでとしましょう。ナナミィさん、服を台無しにさせてしまったので、これで代わりを買ってきなさい」と言って、ペギエル様は銀貨を2枚下さいました。これって日本円では2万円ぐらいですよ。ワンピースとブラウスなら買えそうな金額です。
「明日は訓練を休みにしましょう」
「え? じゃあ明日、お買い物しなきゃ」
「ちょっと……ペギエル様……」バハムート様が、ペギエル様を手招きした。バハムート様は、側に寄ったペギエル様と、ヒソヒソ話をしてるようです。
「……私も……いいですか?」
「……まあ……なら……でしょう」
何を話してるのか分からないけど、今のあたしの関心事は、明日のお買い物。ウサミィを誘ってみようかな?
「じゃあ、早く家まで送ってね」
と言って、座り込んで息の荒いラビエルを抱き上げた。
・・・
どうせならいい服を買おうと、街の中心部にある繁華街まで来ました。ウサミィを誘ったけど、用事があるとかで来れませんでした。
ペギエル様に紹介されたお店に来ましたが、上品な店構えです。あたしのような、子供のドラゴンが入っても大丈夫かと思ったけど、3種族の子供服も扱ってるようなので、あたしも大丈夫ですね。
ちなみに、この世界にはコモドドラゴンと言う生き物は存在しないので、子供のドラゴン、コドモドラゴンと言うネタは理解されません。残念。
「やあ、ナナミィちゃん」
こんな所で、突然声を掛けられた。はっと振り返ってみれば、そこにはドラゴン好きの転校生がいた。
「ムート君、どうしてここに?」
ムート君ことムート・ヘルマイア14歳は、ニコニコ顔で立っていた。
「僕もここに、服を買いに来たんだけど」
「ああ、そうなんだ」
「では、お先にどうぞ」と言って、ムート君はドアを開けてくれました。
あら優しい。人間はどうしても、ドラゴンに対しては、あまり友好的では無いものだけど、この子は親切にしてくれる。まあ、元々ドラゴンが好きみたいだけど……
あたしも前世では、ドラゴンが大好きで、自分もドラゴンになりたかったので、ドラゴンに生まれ変わってラッキーですよ。
あたしはムート君の開けてくれたドアをくぐって、店内に入りました。
ここベイス商店は、服飾品や雑貨を扱う大店で、本店はリュウテリア公国の首都ロンデリアにあります。ドラゴニアにあるのは支店の一つで、庶民的な物を扱っています。本店は王都にあるという事で、かなりの高級店だそうです。
お店の中には、たくさんの服が並んでいました。服のデザインとかは、そんなに古い感じじゃありませんね。でもドラゴン用の服はどこに置いてあるんだろう?
なんて考えてたら、若い女性店員さんが声を掛けてきました。
「いらっしゃいませ。ドラゴンの方の服ならこちらですよ」
前世でだったら、店員に声を掛けられるのは、苦痛でしかなかったが、今はありがたくお世話になろう。
「どういった物をお探しでしょうか?」
「え~と……そうねぇ……、出来るだけ丈の長いワンピースが欲しいの」
「なるほど、あなたなら可愛らしい物が好み……」
あたしをドラゴン服売り場まで連れて行こうとした店員のお姉さんは、振り返って柱にぶつかった。
「あいたぁ……」
なんと言うドジっ子。
「ご……ごめんさい。こちらに……、あ」
こけた。大丈夫かこの人。尻餅ついて、パンツ御開帳してるよ。
「大丈夫ですか?」
あたしはお姉さんの手を取って、立たせてあげた。
「す……すみませんお客様……」
「おい! 騒がしいぞハンナ!」
店の奥から怒鳴り声がした。見ると、神経質そうな中年男性が、こちらを睨んでいた。
「す……すみません店長っ」
どうやら店長だったらしい。それにこのお姉さん、ハンナと言う名前なんだ。メガネを掛けた、ショートヘアーの可愛い女性だ。ドジなのもポイント高し。
店長はピシッとスーツを着た、いかにも口うるさそうな上司タイプだ。
あ。今あたしと目が合った。
「……チッ……」
舌打ちした。やな感じだ。
ハンナさんに、ドラゴンの服の所まで、連れて来てもらいました。さすがに人間や獣人用の服よりは少ないです。これはしょうがない事です。そもそもドラゴンは服を着ない種族なので、あまり売れる商品じゃありません。それでも利益の少ない商品を、これだけ揃えられているのは、けっこう良心的なお店です。
「ナナミィちゃん、これ可愛いよ。あ。これも可愛い」
ムート君は、ウキウキでワンピやブラウスを選んでます。
「本当、これフリルとリボンが可愛い……って、ムート君は自分の服を買いに来たんじゃないの?」
「あ~……そうだね。僕のは後でいいよ。それよりこれはどう?」
と言って、花の刺繍の付いたワンピースを見せた。
「う~ん、あたしはやっぱり、フリルふりふりの方がいい」
「そうですねぇ、お客様はとっても可愛いですし、似合うと思いますよ」
ハンナさんも同意してくれた。可愛いなんて、照れるなぁ。
「だよねだよね? 彼女は本当に可愛くて魅力的だよね?」
ムート君、君はなんて事を言い出すんだ……!
ほら、ハンナさんも引いてるよ。
「ハンナ!」と、ハンナさんを呼ぶ声がした。さっきの店長だ。
「ちょっとごめんなさいね……」
と言ってハンナさんは店長の所に行った。
なんなの?
「これも似合うね」
あたしの頭にリボンを付けるムート君。なんなの?
少ししてハンナさんが戻って来ました。
「……すみません、お客様にお売りする事が出来ません……」
ハンナさんは申し分けなさそうな顔で言いました。
「え? それはどういう……」
頭まっ白になるあたし。
ここに来て、まさかの販売拒否?
「すみません!すみません!」ハンナさんは平身低頭で謝った。
「それじゃ分かんないよ。何でダメなの!?」あたしは詰め寄った。
「落ち着いてナナミィちゃん。この人に言っても無駄だよ」
「でも……!」
「どうやら原因は、あの人みたいだ……」ムート君は視線を横に向けた。
店長がその顔に、いやな笑顔を貼付けてやって来た。
「うちでは、ドラゴン向けの商品は、扱わないようになったんですよ」
なにを言う。今、売ってくれようとしたよ。
店長はニヤニヤ笑いながら、さらに言った。
「では、ドラゴンの方はお引き取り願おう」
「ちょっと! 何であたしには売れないのよ!」
あたしは牙をむき出して怒ったよ。店長は少しひるんだが、すぐに立て直した。
「だまれ! このトカゲがっ! さっさと出てけぇ!」
逆ギレで暴言を吐く店長。
「なんですってぇ~~」
「爬虫類が服なんぞ着て、気持ち悪いんだよ!」
と言って、このオヤジはあたしを突き飛ばした。よろけて倒れそうになったあたしを、ムート君が受け止めてくれました。
「大丈夫かい? ナナミィちゃん」
あれ? これってこの前、同じような事が……
「ドラゴンも人間と同じく、市民権を持っているはずだけど?」
そう言って、店長を睨むムート君。
「フン。誰に何を売るのかを決めるのは店の自由だ」
確かにそうかもしれないし、お客様は神様じゃないけど、ドラゴンだからって差別するのはひどいよ。あたしは泣けて来た。
そして、涙をぽろぽろ流してるあたしを、店長が愉快そうに見てた。
「おい。ここの物を片付けろ」
店にいた他の店員に声を掛けた。
あたしは、悲しくて悔しくて、ムート君にすがりついて泣きました。
その時ドアが開いて、一人の背が高い女性が入って来ました。
豪華な金髪で、高そうなドレスを着た、貴婦人とおぼしき女性です。でもこの雰囲気……どこかで会ったような……
「ごきげんようハンナさん。今日はナナミィさんが来てるそうだけど……」
そう言って店に入って来た貴婦人は、あたし達の所にきました。でもちょっと待って、何であたしの名前を知ってるの? それにこの声は……あの方の声に似てる。まさかね……
「こ……これはディアナ様。ようこそおいで下さいました。」
ハンナさんは深々とお辞儀しました。
女神様だった~! お客様は神様だった~~!
え? 何で人間の姿になってるの?
「ん? おい、何をしてるんだ?」
ディアナ様の後ろから、一人の初老の男性が出て来た。ディアナ様の背が大きいから見えなかったんだ。
「これは社長……いったい何が……?」
店長は呆然としていた。
ディアナ様はあたし達の様子を見て、何があったのか分かったようです。
「ねえそこのアナタ。私の可愛いナナミィさんを、虐めたのかしら?」
といって、すうっと目を細められた。
「え? えぇ? いや、その、これは……」
店長、涙目。
「き……君は、なんて事をしてくれたんだ~!!」
社長、激怒。
女神ディアナ様は、ここのお店がお気に入りで、5年前からよく利用してるそうです。だからペギエル様が、馴染みの店なんて言ってたんだ。今日は王都の本店に寄ってから来たそうで、社長はエスコートで付いて来てたんだって。
あの店長、以前は本店にいたそうだけど、色々問題があって、ドラゴニア支店に左遷されたそうな。本店は人間の貴族相手の高級店で、そこの店長だったけど、今は庶民的な支店に飛ばされ、挫折感を味わい、そうとう鬱屈してたんだろうね。
女神の怒りを買った彼の運命は、いったいどうなる事やら……ふふ
「大丈夫ですよナナミィさん。私がいっぱい買ってあげますからね」
ディアナ様に、ワンピースやブラウスを10着も買って頂きました。もらった銀貨は、あたしのお小遣いになりました。ラッキー。
それと、ディアナ様が人間の姿をしているのは、街や神殿に来る時は、アリコーンのままじゃいろいろ不都合があるからだそうです。
人間の姿の時に着る服を、いろんな国のお店で買っているので、すでに何百年分も溜まっているのですが、古い服はオークションなどで売っているそうです。
女神様の着たドレスは大人気で、いつもあっという間に完売するんだって。
しかもその時のお金は、慈善団体や孤児院、医療機関に全額寄付なさるそうです。
ちなみに、ディアナ様がこのお店をお気に入りの理由が、ハンナさんのドジっ子ぶりが可愛かったからですって。
うん。あたしも理解出来る。