第144話 行き詰まるナナミィ
「場所に意味がある?」
フーギンがリシアに尋ねた。
「そうですねぇ……古代兵器を、何かの象徴として飾るとか考えられませんか?」
「ふ~む、飾るとしてどこにあれば効果的だろう……」
リシアの指摘に、フーギンは考えつつ上を見上げた。
そこにはユグドラシルこと世界樹の巨大な姿があった。世界樹の根元までは、まだ300mほど離れているが、広がっている枝のために、天辺を見る事は出来なかった。
世界樹の幹も、その巨大さに合わせて途轍も無く太く、直径は50mを超えるのだ。
その幹には、無数の階段により繋がった通路があり、そこかしこに小さな建物がへばり付くように建っていた。小さいと言っても、一つ一つは小さなマンション程の大きさがあるのだが。
「世界樹の上層部とかでしょうか?」
フーギン達と一緒になって、世界樹を見上げていたリシアが言った。
「あそこの上って、登って行けるのかな?」
「展望台のある高さ600mの所なら、誰でも行けるよ。それより上は許可が必要だけど、僕が一緒なら問題無いね」
「凄いな~、600mの高さまで行けるなんて。ドラゴニアにはそんな建物は無いもんな~」
と、ムートは感心した。この世界には高層建築などは存在しないので、世界樹にある展望台が、トリエステで最も高い場所に位置する構造物なのだ。
「ムートは飛べるので、600mなんてたいした事はないだろ? それに、世界樹より高い場所にある建物は他にもあるし」
「「?」」
フーギンの言葉に、リシアとムートはすぐには思い付かなかった。
「ほら、女神様の空中神殿だよ。ちょうどこの季節には、ミッドガルドの上空に浮かんでるはずだよ」
「「ああ、なるほど」」
女神ディアナの住む空中神殿は、成層圏と言われる場所に浮かんでいるのだ。そして1年かけて世界を一周しており、現在は、ミッドガルドの上空に差し掛かっているのだった。
「さすがに、ここからじゃ見えないね」
「神殿は成層圏にあるから見えないだろうね」
実際に空中神殿は、高度35,000mにあるのだ。ミッドガルドは標高200mほどの場所にあるが、それでも肉眼で見える事は無い。
航空機の無いトリエステでは、成層圏まで辿り着くには転移魔法を使うしかなく、ワイバーンなどの魔物や魔獣では不可能なのだ。成層圏ほどの高さになると、空気が薄くて息が出来ないからだ。
「……まさかね」
フーギンは、なんとなく嫌な予感がするのだった。
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「次はここだ!」
あたし達は、ちょっと良さげなレストランの前に来ました。
「なに?ナナミィ、お腹がすいたの?」
ジョッカ様が、呆れたように言った。
「お腹はすいてるけど……いや、そうじゃなくて、ポチャリーヌ達がここに立ち寄ったかもしれないのよ」
「え? 何で分かるの?」
今度はスピネルさんが、驚いたように言った。
「乙女の勘よ! ……と言うのは冗談で、あの子が好きそうなお店だからよ」
「そんな事も分かるの?」
「なんとなくよ!」
あたしの力説に、今度はスピネルさんも呆れてたよ。
「そうねぇ……それにもう夕食の時間だしね。じゃあ、ここで食べて行く?」
そうなのです、ユニコーンの里を出る時にはすでに夕方近くになっていたので、もう暗くなって来たのです。
「ああ~でも、お高そうなお店だけど、お金そんなに持ってないし……」
あたしは急に不安になって来た。無くは無いけど、お小遣いが無くなってしまいそうだし。
「そこは、私が一緒に居れば大丈夫だけど」
「待って、スピネルに頼らなくても、使徒は任務の為のお金を持ってるのよ。私に任せなさ~~い!」
ジョッカ様が胸を張って言った。どこが胸なのか分からないけど。
レストランに入ると、ジョッカ様を見た店員さんが驚いていたけど、スピネルさんがあたしの従魔だと説明してくれて、納得してくれました。
席についてメニューを見ると、エルフの国だけあって、独特なお料理が並んでいます。森の食材を使った物が多いです。木の実とかキノコとか。あと肉料理は牛や豚じゃなくて、鹿とかイノシシみたいな動物のお肉です。いわゆるジビエ料理ですね。
注文をする時に、アポロンさんやポチャリーヌの事を聞いてみました。
店員さんによると、午後の早い時間に二人は来て、食事はしないでテイクアウトで肉料理を買って行ったそうです。
またまたビンゴだ。
だてにポチャリーヌと付き合っていないよ。
「二人がどこに向かったか分からない?」
スピネルさんが店員さんに尋ねてくれました。
「泊まる所を探すのだと、急いでいましたね」
「どの方面に行ったのかな?」
「すみませんスピネル様、そこまでは……」
お店を出てしまえば、行き先なんて分かりません。これ以上は店員さんに聞いても時間の無駄ですね。
あたし達はさっさと食事を済ませて、レストランを出ました。
出て来たお料理はどれも素晴らしく、とても美味しかったです。ジョッカ様のおごりなので、別の意味でも美味しかったです。
「さて、衣・食と来て、あとは住か」
ホテルや旅館に泊まる事は『住』とは言わないだろうけど、衣食泊では語呂が悪いので、ここは『住』で行こう。
「それで、ミッドガルドの街にはどれくらいのホテルがあるの?」
「そうねぇ……高級ホテルから素泊まりの出来る宿屋まで、だいたい20軒ぐらいかしら」
地元民のスピネルさんによると、20軒もあるのでした。
いまから一軒一軒探すのは無理そう。
「それで、アポロンならどこのホテルに泊まりそうかしらね?」
ジョッカ様があたしに尋ねました。
「いや、それはムート君に聞いた方が……。って、他を探してるんだった!」
そうなのです。捜索班を2つに分けたのでした。それぞれに地元のエルフ・討伐隊員・使徒と分けたので、あたしとムート君も別々になるのは当たり前です。
「アポロンってのが高い地位にあれば、それなりに高いホテルに泊まるかもよ?」
「ポチャリーヌも領主の娘だから、高級ホテルを選びそうだけど、あの子なら安い民宿も好きそうだしね~」
「みんしゅく?」
「ああ……個人経営の小さい宿の事よ」
「ふ~~ん、ナナミィの住んでる所では、そんな宿があるんだ」
ついうっかり前世の知識を口にしてしまったけど、何とか誤摩化せたようだ。
「取り敢えず高級ホテルにでも当たってみる?」
「そうですね」
結局、他にいい案が出ないので、場当たり的に探す事になりました。
「お客様の事を漏らす事は出来ません」
「当ホテルの信用に関わりますので、例え貴族の方でもお教え出来かねます」
「ヘビに教える事なんて無いよ。しっしっ」
どこのホテルでも、教えられないの一点張りだった。ジョッカ様なんか、ただのヘビだと思われて、追い払われていたよ。
「さすがに高級な所は、客の情報を教えてくれないね」
スピネルさんが感心したように言った。
やはり信用問題なのでしょう、どこも口が堅かったです。
「するとあと調べるのは、高級でない普通のホテルか?」
「なら、下町の方ね。街の外側に広がる住宅地にも、宿屋があるわよ」
と言う事で、スピネルさんに連れられて、住宅地の方に行ってみました。
住宅地なんて言うと、ドラゴニアのような一軒家が建ち並んでいる風景を想像しましたが、ここではアパートでした。しかもアパートの周りには、木や植物が生えていて、いかにも『森の民』って雰囲気だ。
宿屋はどこだろうか?
「あそこにあるのが宿屋ね。入り口に看板があるでしょ?」
確かに看板がありました。『森の人の家亭』だって。
2階建ての小ぢんまりとした洋館で、ハンターらしき人達が出入りしています。
「じゃあまず、ここで聞いてみよ〜〜」
ジョッカ様がスルスル入って行ってしまったので、慌てて追い掛けました。
「たのも〜〜!」
入り口の先はホールになっていて、食事をしている人や、お酒を飲んでいる人がいた。そんな中にジョッカ様が元気に声を掛けたので、みんなの注目を集めたよ。
「なんだいお嬢ちゃん達は? ここはお子様の来る場所じゃないぜ」
「お〜〜いテムス、女の子をからかうんじゃないぞ〜」
ファンタジーでお馴染みの、新人にからむ冒険者だ。この世界ではハンターだけど。そんな事より、スピネルさんが貴族令嬢なのに、からむとは怖いもの知らずな。
「きさまら頭が高いぞ〜!」
ああ〜ジョッカ様、あおらないで〜。話がややこしくなるから。
「うわっ! なんだ? このヘビはお前らの従魔か?」
「しゃ〜〜!」
「こいつ……従魔をちゃんとしつけとけよ」
ああ、ジョッカ様が威嚇してるし、ハンター達はあたしに迫って来るよ。
これじゃ、アポロンさんの事を聞く事も出来ないじゃん。
「どうしたのですか?」
あまりに騒ぐので、宿の人が出て来たよ。
「ごめんなさいね、ちょっと寄っただけなんだけど」
「あ。これはスピネル様!」
さすがに宿の人はスピネルさんの事を知っていました。と言っても、この騒ぎがおさまる訳じゃないんだけどね……
「おい。何だこの騒ぎは?」
入り口から50代ぐらいのエルフの男の人が、顔を出しました。
「あら? ゼノタイムじゃないの。おひさ〜〜」
ジョッカ様が威嚇をやめて、さっきの男の人に声を掛けました。
「うん? おお! これはジョッカ様。お久しぶりです」
そう言うとゼノタイムさんは、あたしとハンター達を見て、何があったのか分かったみたいです。
「この馬鹿野郎が! 使徒様にナニからんでいるんだ!」
と言って、ハンター達の頭をグーパンで殴った。
「あだぁ! ギルドマスター酷いですよ」
「黙れバカ! ここにいらっしゃるのは、使徒カドゥエル様の一人だぞ!」
「「ええ〜〜!」」
ゼノタイムさんは、エルフのギルドマスターでした。
ハンター達は、ジョッカ様の正体を知ってビックリしてた。
「ここには、どういった御用向きで?」
「たいした事ないわ、人探しよ」
あたし達は別室に通されて、そこで色々聞かれる事になりました。
「ほう? どういった人物で?」
「それは機密事項で、ちょっと言えないわねぇ〜」
言えないと言いつつ、ポロっとしゃべっちゃいそうで、ハラハラします。
「まあ、どうしてもの時は、頼らせてもらうわよ」
「その時は、お任せ下さい」
そしてあたし達は、この宿を出ました。
結局ここにも、アポロンさんは立ち寄らなかったみたいです。このクラスの宿だと、少しくらいなら教えてくれるそうです。
ちなみに、あのギルドマスターのゼノタイムさんは、昔ジョッカ様に助けられた事があるんだそうです。
「もう暗くなって来たし、残りは明日にしない?」
あたしはそう提案しました。もう今日は身も心も疲れたよ……
ヘビのせいで。
「ねぇねぇ、逃げてる人がホテルなんて使わないんじゃない? それより空き家とかを探した方が良さそうだと思うけど~」
いまさらそれ言う? でも、確かに現実的な意見だ。
……いったい、この街に空き家がいくつあるのだろう?
まったく現実的じゃなかった。
「もし協力者が居たら、どこかに匿われている可能性も考えないと……」
スピネルさんが新たな問題を出してくれました。
……これ、見付けられるの?




