第12話 鉱山の怪物-3
カトリとミミィは、目の前で起きた事を理解出来ないでいた。いきなり現れた使徒様が、ナナミィを連れて行ってしまったのだ。
「ねえ、ナナミィはどこ行ったの?」
ミミィは、カトリの袖を引いて尋ねてみた。
「え~……ちょっと待って、私も何が何やら分からないのよ」
第3階層まで逃げて来たボブが、ナナミィ達のいる試掘坑に来た。コブラナイ達によると、第3階層でいきなり、ファイアーワームの気配が消えたというのだ。この階層の地面も、ファイアーワームの足跡で荒らされていた。それが、ナナミィ達のいた試掘坑の前で、ぷっつりと途切れていた。それどころか、地面に長細い陥没が出来ていた。
ボブは、試掘坑の前にいるカトリの所に駆けつけた。
「カトリさん、ファイアーワームはどうなりました?」
ボブに気付いて振り向いたカトリは、何とも言えない表情をしていた。
「ファイアーワームは、ラビエル様が倒されたそうです」
「え? それはどういう……?」
「そうよね、私にもよく分からないの。取り敢えず主任に報告しましょう」
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気が付けば、とつぜん空中にいた。
さっきまで地面の上に立ってたのに、急に足の下に何も無くなったんだよ。自分が空の上にいる事を理解するまでに、15mぐらい落下したよ!
あたしは咄嗟に羽ばたいて、元の高さまで戻って来ました。
これ、ドラゴンじゃなきゃ死んでたよ!
心臓バクバクだ!
「ちゃんと先に言え~~~っ!!」
ラビエルの顔を、グワシとつかんで、叫んだ。
「うひぇ~~ すまんすまん」と、ラビエル平謝りだ。
ちょっとまて。あたしは今、そんなに恐い顔してたの?
ここはフニクラ平原上空。少し離れたところにファイアーワームも浮かんでた。この前来た時よりも、街道から随分と離れた場所にいるようです。
まあ、その方が都合がいいんだけど……
「さて、どのへんに降ろせばいいか……」
なんて、のんきに眺めていたら、ファイアーワームが気が付いて、空中で暴れだした。いくら暴れても、長い図体がグネグネするだけだよ。
「こんなに暴れてるけど、大丈夫なの?」
「ああ、問題無い。神通力でちょいと、つまんでるだけだからな」
「ふ~ん、ならいいか。……あれ? 熱い?」
なんだか熱くなって来た。ファイアーワームをよく見てみれば、体の周りが『かげろう』のように、揺らめいている。それどころか、白いモヤまで出て来た。
さっきまで暴れてたのが、急に大人しくなったと思えば、高熱であたし達を焼き殺そうとしてるんだ。
ドラゴン相手に、なんて無駄な事を。ドラゴンは300度ぐらいまでなら、耐えられるのです。熱いと感じるなら、300度近いんだろうか?
そんなん余裕だね、って思ってラビエルを見たら、バリアを張って、なんか苦しそうにしてる?
「あっ! そうか、ラビエルはこの熱さには、耐えられないんだ!」
「な……なんの……こ……これひしき……た・た・たえれらえ……うげぇ」
あかん。言ってる意味が分からんし、口から変な汁が出てる~!
「もうそいつ、早く下に降ろしなさい!」
言うが早いか、ファイアーワームが落下して行った。
あたしは、ラビエルを抱え、ファイアーワームを追って急降下した。
ファイアーワームは、ドスンと鈍い音を立てて、草原に落ちた。
死んだのかと思ったら、まだ動いていた。なんてしぶといヤツだ。
発熱は収まらないのか、周りの草が燃えているよ。草原の近くには森があるし、このままじゃ山火事になってしまいます。早く消火しなくては……
うん? 消火? そうか! この手だ! あたし頭いい~~
あたしは、ファイアーワームから充分に離れた場所にある、大岩の上に降り立った。この辺りには岩が点在していて、ヤツが襲って来ても、岩を盾にする事が出来る。
ラビエルを岩の上に寝かせて、人間の姿に変身した。
これから使うのは水の魔法。
あたしは両手を前に出し、合掌します。体内の魔力を集中、両手を通じて手の平に流すと、ぼうっと光りだして来た。そして、指先を合わせたまま、手の平を離すと、その間に光りの玉が現れたのです。
でも、この光りの玉を、相手にぶつける訳じゃありません。この魔法は、物理法則に干渉する魔法なんです。
「ヴァルナ」
あたしが唱えたのは、水を意味する、真なる言葉。
それは、この空にある水分を、一気に大量の水に変える言葉です。
何もない空間から、滝のように落ちる水。
いったい何百個のバケツを引っくり返したのか。
超高温のファイアーワームに接触した大量の水は、一瞬で蒸発・膨張。
つまり、水蒸気爆発を起こしたのです!
ドーム状の衝撃波が発生し、轟く爆音!!
草原の火事も鎮火出来たし、大成功でしたね。
ファイアーワームは、体の表面がボロボロになってるけど、まだ生きてる。
本当にしぶとい。
でも、今いっきに熱を奪ったので、もう間のなく終わる事でしょう。
それより、心配なのはラビエルだ。
口から舌をだらんと出したまま、気絶してます。変な汁だと思ったのは、お昼ご飯を嘔吐したものだったみたい。熱中症にでもなったのかしらね。熱中症なら水をかけて体温を下げればよかったはず。
バケツ1杯分の水を作ってかけた。
が、あまり良くなったようには見えなかった。
「ちょっと、大丈夫?」と言って、ラビエルの体を揺すってみた。女神様の使徒だから死んだりしないよね? 病院に連れて行った方がいいかな? でも、まだここを離れる訳にはいかないし…… どうしよう……
ああ、そうだ。ペギエル様に連絡しよう。あの方ならば、なんとかしてくれそう。
あたしはブレスレットに向い、ペギエル様に届くよう、祈るように呼び掛けた。
「あ……あの、ペギエル様。ナナミィです。ラビエルを助けてほしい……」
「ハイハイ、分かってますよ」
うわぁっ! ペンギンがいきなり横にいたぁ!
使徒様って皆テレポートが出来るの? 心臓に悪いよぉ……
ペギエル様はブレスレットから小さな瓶を取り出した。それはもしかして、回復ポーションとか言うやつ? 細長くて先が尖ってるけど、折り取ってストローを刺して飲ませるのかな?
で、そのポーションを、そのままラビエルの頭にブッ刺した。
「えぇ~~っ!? 飲ますんじゃなくて刺すの??」
なんという暴挙! このペンギン恐いよぉ……
「これは使徒用の回復薬だから、ドラゴンの頭に刺したりしないので安心して」
と言って、ニヤリと笑ったペギエル様が、少し恐かったのは内緒だ。
「さて、これで大丈夫ね。それであれ、どうします?」
ペギエル様の視線の先にいたのは、瀕死のファイアーワームだ。
よく見たら、さっきまで赤かった目が、今は青くなってる。
その時、再び不思議な事が起こった。
あたしの心の中に、ファイアーワームの気持ちが流れ込んで来たんです。
穏やかに生活していたのに、理不尽に追い出され、攻撃され……
彼が感じているのは、怒りや憎しみじゃなく、悲しさ、無念さだった。
胸が痛んで、涙がこぼれてきました。
さすがにもう、これ以上は……
「……助けたいですか?」と、ペギエル様は溜め息まじりに言いました。
「え? それは、どういう……」
「討伐と言っても、別に殺す必要はないのですよ。それに、おあつらえ向きに、近くに火山もありますし、そこに連れて行けばよろしいでしょう」
「かざん……? も……もしかして……、ヴェスヴィオ火山?」
「あら? 知ってたのね?」
フニクラ平原と聞いて、フニクリ・フニクラを思い出した。火山に登るための登山鉄道の事で、その火山こそが、ヴェスヴィオ火山なのです。こんな一致ってある?
「いえ、前世の世界にも、同じ名前の火山があったので」
なんかもう、色々怒ってたけど、どうでもよくなって来た。
「この子を助けますか?」
「……そうですね、助けてあげたいです」
ヴェスヴィオ火山までは、ペギエル様がファイアーワームを移動させて下さいました。上空から大きな火口をのぞけば、真っ赤な溶岩が溜まってるのが見える……
地獄の釜の中とはよく言ったもんだ。その釜の中に、黒い物が動いてるけど、あれってファイアーワームなの?
「では、この子をあそこに入れてあげましょう」
「もうすでに、別のファイアーワームが住んでるみたいですが、けんかになったりしませんか?」
あんな所で暴れられたら、噴火しちゃうんじゃないの?
「大丈夫でしょう。ファイアーワームは、縄張りを持たないし、本来は大人しい性格で、争いを好みませんので」
火口の中に降ろされたファイアーワームは、溶岩の中にもぐって行きました。熱エネルギーを補充すれば、一週間あまりで、元に戻るそうです。
初討伐任務は、魔獣を退けたと言う事で、まあ成功なのかな?
あたしがドラゴンの姿に戻った頃に、ラビエルが目を覚ました。
頭にポーション刺したままだけどね。