第110話 いざ! 極寒の地へ
卵泥棒の件は、多少の疑問を残しつつも解決しました。
何が疑問かと言えば、いったい誰がキュウソを殺したのか? 消し炭になる程の攻撃なのに、戦闘の跡が無かったそうなのです。
それは、キュウソが油断をしていたか、相手が圧倒的に強かったのか。
ただ、逃げるキュウソが、運悪くSランク魔獣にでも遭遇しただけかもしれません。
本当の所は分かりませんが……
それともう一つ、あの『月からの猫』はポチャリーヌが連れて帰ったそうです。キュウソが死んだら支配の魔法が解けたのか、普通に戻ったんだって。
名前に『月から』って言うのはなぜだろうと聞いたら、体の色が濃いグレーで、黄色の毛が胸元と後頭部にあるのが、月を連想させるからだって。
ちなみに、あたしとポチャリーヌが『月猫』と言っているのは、ネコの存在を知っているからです。ネコのいないトリエステでは、『スパンキー』と言う名前です。
「操られていない月猫は可愛いぞ。ルナと名付けた」
なんて、自慢げに話すポチャリーヌ。
つまり、操られて凶暴になっていただけで、普段は可愛いネコの魔獣なのです。
「クソ。うらやましくなんかないんだからね」
「フフン、あ~~かわええなぁ~~」
「き~~~!」
二人して学校の中庭で騒いでいるのを、リリエルちゃんが楽しそうに見ていたよ。
・・・
「さて皆さん、新しい任務です」
ペギエル様がみんなに言いました。
あたしとポチャリーヌは、ムート君のお家に集まっています。みんなの前であらたまって話すなんて、厄介な案件なんだろうか?
「今回は人間や獣人を襲う魔物の討伐ですが、現場はフリシラ共和国のライデン村と言う所です……が……」
うん? ペギエル様が言い淀んでいます。何か問題でも?
「凄く寒い場所なんです」
「さむい?」
「そう、寒いのです」
……あ。あたしは寒いのが苦手なのだった。いや、そもそもドラゴン自体が寒さに弱い種族なのです。体毛が無いし、変温動物だった頃の名残なのか、寒さには弱いのです。逆に暑さや熱さには強いのですが。
「え~~と……、あたしは寒いのは苦手なのですが……」
あたしは恐る恐る、ペギエル様に申告してみた。
「そんなのは、気合いで乗り切れるもんですよ」
まさかの根性論で押し切られる?
「とは言え、ドラゴン族の種族的な弱点では仕方ありませんね。ナナミィさんには特別な防寒具を用意しますよ」
「懐炉みたいな物でしょうか?」
「カイロが何だか知りませんが、熱を発する魔道具ですよ」
うん、まさしく懐炉だった。
それと、防寒着も作らなくちゃ。街で売ってる物は、あまり暖かくなさそうだし、ベイス商店のハンナさんに作ってもらおう。
「そう言えば、あたしだけ防寒具を貰っていいのかな? ポチャリーヌやムート君はいらないの?」
「なんだそんな事か。妾には暖房の魔法があるから、いらないのだよ」
ポチャリーヌがドヤ顔で言った。
「僕はすでに持っているから」
ですよね~、ムート君はすでに討伐任務をラビエルとこなしていたので、そういう道具を持っていても不思議じゃありませんものね。
と言う訳で、あたしのために現地に出掛けるのは2日後となりました。
取り敢えず、ハンナさんに注文するデザイン画でも作ろうか。
・・・
2日後、再びムート君のお家に集まる一同。
いつも通りのメンバーです。ですが、想定外の使徒様が……
「フーギンが大丈夫なら、私もいいかもと思ったのに。そうしたら、次の任務が北国だなんて。ペギエル様の意地悪!」
カドゥエル様の片割れ、姉のジョッカ様がぶーたれてた。
ヘビも寒いの苦手ですもんね。
「ほら、姉上も我がまま言わない。みんな困ってるよ」
「だってぇ~~」
「もう帰るよ。どうもお騒がせしました」
と言ってフーギン様は、未練たらたらなジョッカ様を引っ張って帰っていかれました。双頭のヘビの片方が、ズルズル引っ張られてく姿は、ちょっとおかしかった。
寒いのなら服を着ればいいのに、って思ったけど、ヘビが服を着たら這って動く事が出来なくなるかな?
さすがにヘビは、もう勘弁してほしいですがね。
「では、詳しい事はラビエルさんのボードに送っときましたからね」
そう言うとペギエル様は、透明な板を振りながら帰って行かれました。
あの透明な板って、ボードって言うんだ。そのまんまですね。
これから寒い国に行くので、あたしとポチャリーヌとムート君は、防寒着にお着替えです。ムート君は普通のコートで、ポチャリーヌは貴族らしい高価なコートです。
あたしはハンナさんに作ってもらった、特性ジャケットを着ています。この世界にはフリース素材が無いので、毛布をバラしてジャケットの内側に貼付けています。
あとはレッグウォーマーを履いて手袋をして、これで準備万端です。
「目的地はフリシラ共和国のライデン村だ。しゅっぱ~~つ!」
「はいですぅ!」
ラビエルとリリエルちゃんが、張り切って転移魔法を使った。
暖かい室内から、一瞬で雪国の景色の中。
肌を刺す冷気が痛いです。でも大丈夫、ネックウォーマーもしてるから。
地図を見ると、シベリアやアラスカのように、冬には雪に閉ざされる国らしいんだけど、周りを見ても雪が見当たらない。
まっ白な世界を想像してたのに、とんだ肩すかしだ。
でも寒いけどね!
「ねえ、フリシラって雪が降らない地域だっけ?」
あたしはポチャリーヌとムート君に聞いた。
「妾は初等科3年生だから、地理はまだ習っておらんぞ」
「ナナミィちゃん、それ1ヶ月前の授業で習ったとこだよ」
「……あれ?」
ムート君の指摘に大恥をかいちゃったよ。
「いや、ちょっと待って。ポチャリーヌの事だから、事前に調べてるでしょ?」
「そんなの当たり前だろ?」
相も変わらず、イイ性格をしてるな!
「フリシラは豪雪地帯だから、こんな雪が無いなんて有り得ぬぞ」
ポチャリーヌがブレスレットから、フリシラのデータを呼び出して見ていた。
「うむ、その件の解決も依頼の一つなのだ」
「どうやら人を襲う魔物が原因らしいのよ。そいつを倒せば雪も戻って来るってわけよ」
ラビエルの説明をミミエルが補足してくれました。リリエルちゃんは、雪だるまが作れないと不満をもらしていたよ。
ライデン村には歩いて移動して来ました。
村の周りには畑が広がり、その間に民家が点在する農村だった。その民家は三角の屋根で、まるで白川郷の合掌造りのようだ。
似てはいるけど、木造じゃなくてレンガ造りで、屋根は木の板が貼ってあります。なので、和風のイメージは無いですね。
「ようこそお出で下さいました。村の代表者をしております、イワノフです。こちらが使徒様達のお世話をします、レイラです。御用があればなんなりとお申し付け下さい」
村に着くと、体格のいい獣人さんが出迎えてくれました。クマの獣人で名前がロシア風なので、気分はもうシベリアだ。
お世話係は人間の女性で、20代の美人さんです。大きな帽子をかぶってるよ。
この村の住人は人間と獣人だけです。ドラゴン族が住んでいないのは、あまりに寒すぎるためなんですって。あたしも出来れば、来たくなかったぞ。
あたし達は村の中で一番大きな建物、村役場に滞在する事になりました。
この建物は石造りの頑丈な物です。たぶん避難所も兼ねているからでしょう。中に入ると暖房が効いていて、暖かかった。ムート君やポチャリーヌはコートを脱いでたけど、あたしは暑いのは平気なので、ジャケットを着たままでいました。
「ではまず、村の現状からご説明します。ご覧の通り、今年は雪がありません。これは『冬の精』が雪を降らせないのが原因です。どうやら最近現れた魔物の影響らしいのです」
イワノフさんが説明してくれました。冬の精なんて言うから、精霊なのかと思ったら、イタチに似た魔物だった。ブレスレットの魔獣図鑑で調べてみると、イタチにコウモリの羽を付けた姿をしていました。しかも可愛いぞ。
「しかもその魔物は人間や獣人を襲うので、迂闊に森へ狩りにも行けません」
「ふむ……やって来た魔物の正体は分かっているのか?」
ラビエルが討伐隊のリーダーとして、依頼を聞いています。
「それが、大きな怪物としか言えません……」
正体不明とは厄介な感じです。
「私が見た時は、頭に鹿のツノみたいなのがありましたよ」
横からレイラさんが口を出しました。
「ほう、ツノとな」
それを聞いたラビエルが、魔獣図鑑で該当する魔物を調べた。
「これか?」
「そうです、こんな奴でした」
それは、鹿の頭の巨人といった魔物でした。身長は4mぐらいありそうで、腕は凄く長くてアンバランスだ。当然のように、顔は凶悪な面相をしてます。いやこれ、絶対悪い魔物でしょう。
「こいつは『ウェンディゴ』と言う、Aランクの魔物だな」
正体が判明しましたよ。
この話は、ロシアのウクライナ侵攻以前に書いたものですので、ロシアを支持する意図はありません。




