第108話 黒幕登場
犯人の潜伏する小屋の側に転移して来たあたし達は、藪の中に隠れました。
ここで犯人のキュウソを待ち伏せするのです。
「ふふふ、捕まえたらボコボコのギッタギタにしてやる……」
おっと、思っている事がうっかり口から出てしまった。
「いや、ここで捕まえるより、泳がして依頼主も捕まえた方がいいだろう」
「それはダメ。あたしは何よりも、卵を取り返す事が優先なの!」
そうなのだ。ママの卵を取り返す事の方が大事なのだ。
「え~~……? しょうがないね~、それじゃどうしよう? ああそうだ、盗られた卵もダミー卵にすり替えよう。それなら君も安心だろ?」
フーギン様がいいアイデアを出してくれました。
「それナイスです」
「じゃあちょっと待ってて」
と言ってフーギン様は、どこかに転移して行きました。
そして、30分ぐらいで戻って来ました。
「このダミー卵なら大丈夫だよね?」
フーギン様が自分の尻尾にはめたブレスレットから、卵を5つ取り出しました。でも、ヘビが卵を持っているって、すごく不安になるから勘弁してほしいです。
そんな事より卵を見ると、木で作られた物に色を塗ったみたいです。ちゃんと模様も付いていて、これならOKでしょう。
っていうか、このダミー卵はさっき作って来たんだろうか? 案外器用な使徒様だ。
「大丈夫で~す」
「じゃあ、入れ替えて来るね~」
フーギン様は卵を持って、スルスルと小屋に入り、卵を入れ替えてくれました。
「ハイこれ」
差し出された卵を見ると、ママとお隣のリンデルさんの卵もあった。
「あぁ~よかった~~」
あたしは卵5つを自分のブレスレットにしまいました。
さあ、もう帰りましょうか。
「いや、もう帰る雰囲気出してるけど、まだ事件は終わってないからね」
「……チッ」
早く帰って、ママを安心させてあげたいのに。
お、そうだ、ここまで取りに来てもらえばいいんだ。
さっそく呼び出した。
「もしもしリリエルちゃん? ちょっとお願いが……」
「私に任せるですぅ!」
リリエルちゃんが、ババ~ンと現れた! 来るのが早い!
「いつ呼ばれてもいいように、待機していたのですぅ」
「ああ、そういう訳ね。なら話は早いか。取り返した卵をセダーリさんの診療所まで届けてほしいのだけど、頼める?」
「任せるですぅ!」
卵に入れなかった事を気にしてたのか、すごい気合いの入りようです。あたしから卵を受け取ったリリエルちゃんは、鼻息荒く転移して行きました。
なんて事をしていたら、犯人が戻って来ました。
大きなネズミの魔物だというので、ヌートリアやカピバラみたいなのを想像してたけど、それよりはるかに大きかった。
二足歩行していて、身長も120cmぐらいあるよ。しかも顔がムカツク表情しているよ。コイツがあたしのママの大切な卵を盗んだ奴か!
なんて事を考えてたら、無意識の内に翼を広げてしまった。ドラゴンが翼を広げるのは、怒りの表現なのです。
「あ~ダメダメ、冷静にならないと……」
あたしが呟くと、フーギン様が横で引いていた。
「うん……落ち着いてね……」
あれから1時間ほどして、キュウソが出て来ました。
背中には大きな袋をかついでいました。唐草の風呂敷だったら、モロ泥棒スタイルなのに、それじゃ変なサンタクロースだよ。
二本足で走って行くのかと思ったら、袋をくわえて四本足で走って行った。
それがすごく速くて、あっという間に見えなくなってしまいました。
「あ、まずい。オレらは飛んで行こう」
そうして二人で飛ぶ事20分あまり。小さな町に来ました。
キュウソの奴は町外れの古い建物に入って行った。
周りを警戒していたが、残念ながら追跡者は空の上なんだよ。
「踏み込みますか?」
「いや。我々は警備隊のようなプロじゃないし、下手をすれば取り逃がす事になりかねない。タイミングを見計らってフワエルに捕まえてもらおう」
「え? フワエル様に? 大丈夫なんですか」
あのおっとりしたフワエル様に、捕り物なんかが出来るのか、大いに疑問です。
「君はフワエルが、癒しだけの使徒だと思っているね? 彼女の力はそれだけじゃないぞ」
「マジで?」
フワエル様が、犯人をお縄にしている場面なんて想像出来ません。
「じゃあフワエル、キュウソが依頼主と接触したら捕まえちゃって」
フーギン様がフワエル様に指示を出しました。
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キュウソは依頼主に会う為に、空き家となった建物に入って行った。
入る際には周囲の警戒を怠らず、安全を確認してからだ。
依頼主の男は建物の真ん中の、かつては応接室だった広い部屋に居た。彼は商人風の服を着ていたが、自身の素性は明かしていなかった。
万が一キュウソが捕まった時に、自分まで捜査の手が伸びるのを防ぐ為である。
「早かったな、どうやら上手く行ったみたいだな。それが例の……」
「そうでさぁ、今回は10個ほど手に入れましたぜ」
キュウソはそう言うと、かついでいた袋をそっと床に降ろし、中から卵を取り出して、机の上に並べた。
「ふむ、見事な手際だな。これならお客様も満足なさる事だろう」
依頼主は卵を一つ手に取ると、まじまじと見つめた。
「おや? この殻に付いている筋は何だ?」
「何か問題でもありましたか?」
そして二人で卵を調べ出した。
「皆さん、出て来て犯人達を捕まえるのですよ」
その時、どこからか女性の声が聞こえて来たのだ。
「何だ今の声は? 誰か居るのか?」
依頼主がそう言うと同時に、彼の手にした卵が二つに割れた。それどころか他の卵も割れて、中から透明なものが出て来た。
それはナナミィが用意した、空の卵を使ったダミー卵だ。そして出て来たのはスライムだった。重さを誤摩化す為と、犯人を捕まえる為に入れられたのである。
スライム達はキュウソと依頼主の男を捕まえようと、体に纏わり付いていた。ナナミィの共感能力を使って、スライムにお願いしていた成果である。
「うわっ! 何で卵からスライムが出て来るんだ?」
「えぇっ? ちょっ……くるな、この!」
いきなりのスライム登場に、二人はパニックになっていた。
「待て、他の卵は本物なのか? はめられたんじゃないのか?」
そう言って他の卵を調べてみた。
「これは木だ!」
「こっちには毛玉が入ってましたぜ!」
「さあ、もう観念するのですよ!」
そのとたん爆発的に膨張する毛玉。
一気に部屋中に広がり、キュウソ達を飲み込んでしまった。机や椅子と一緒に。
毛に搦め捕られたキュウソと依頼主の男は、身動きが出来なくなっていた。
「いいですわよフーギンさん。犯人達は捕まえました~」
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古い建物に入ったあたし達は、暗い廊下を歩いていました。
中にいる犯人どもにバレないように、静か~~に行きます。
「前の部屋から、魔物の気配を感じますよ」
「じゃあ慎重に行こうか……」
そう、フーギン様が言うやいなや、
ドシャン! ガタン! ボッカ~~ン!
扉が吹き飛んで、毛がブワッと溢れて来た!
扉どころか壁も押し出されて、廊下に倒れてしまいました。
しかも毛が廊下にまで押し寄せて来て、あたし達も飲み込まれちゃうよ!
これって、フワモコ・アタックなの~~?
しかし、毛の洪水はフーギン様の鼻先で止まりました。止まったと言うより、見えない壁にぶつかって止まったようです。これは彼のバリヤーなのかな?
でも安心は出来ません。毛は止まったけど、廊下の床や天井が、毛の圧力でメリメリ言ってる。このままじゃ、建物自体が倒壊しちゃいますよ。
「フワエル、毛をしまってくれないと、建物が壊れるよ!」
フーギン様が声を掛けてくれました。あたし達は耳を澄ませて返事を待ってると、毛の中からかすかにフワエル様の声が……
「……捕まえました~……早く犯人を拘束して~」
大量の毛で声が伝わりにくくなってる。これじゃあこっちの声も伝わらないよ。
ああそうか、ブレスレットでなら聞こえるか。
「フワエル様~、もう毛を止めて~~。建物が壊れてしまいますよ~~」
「あ。ナナミィさんですか? ごめんなさい、毛を戻しますね」
廊下に溢れていた毛は、あっという間にひっこんで行きました。
部屋の中には、倒れているキュウソと商人風の男。この男が黒幕なんだな。二人とも体を細くしたスライムに、グルグル巻きにされてます。
それにしても、フワエル様の能力はすごい。毛で圧殺するのか?
「では、オレはこいつらを拘束するから、ナナミィはスライム達を回収してくれ」
「分かりました。ほらあなた達、もう帰るよ~」
あたしが声を掛けると、スライム達が集まって来ました。
これで事件も解決出来て、任務完了です。さあ帰りましょう。
でも、それが油断でした。
もう大丈夫と思って、気を抜いた時が一番危ういのは、分かっていたはずなのに。
気絶していたと思っていたキュウソがムクリと起き上がり、懐から小さなボールを取り出したのです。
それを床に落とした。
爆弾か? いや違った。二つに割れて、中から何かが出て来た!
それはボンッと大きくなって、1匹の魔獣になった!
ポケ○ンかよっっ!
耳の長いネコみたいな魔獣が出て来て、キュウソを守るように立ち塞がった。ネズミのくせにネコをつかうなんて、非常識だろ!
「ネコの魔獣なんて、モフり倒して無力化してやるよ」
あたしが手をワキワキさせて対峙すると、魔獣からバチバチと火花が散った。
このネコ、電撃を使うのか?
これじゃ迂闊に触れないよ。
じゃあドラゴンブレスをかましてやるか。
あかん、それじゃ火事になるよ。この建物は木造だし。
打つ手が無くて、魔獣とにらみ合うしか出来なくなった。
「それではここで失礼しますよ」
と言ってさっさと逃げ出すキュウソ。めっちゃムカつく!
追い掛けようとすると、ネコ魔獣に邪魔される。
奴を捕まえなくては、任務達成にならないのに……
どうする、あたし。




