第100話 ラスランド伯爵の反乱
王都ムサシノの中央に建つ王宮の中庭には、警備隊や貴族だけが使える転移陣が設置されている。地方の領主などが、登城する時に使用するのだ。
その転移陣からぞくぞくと警備兵が現れて、3人一組で王宮の中に散って行った。
「こちらでございます伯爵様。ここの階段を上がれば、国王の居室まではすぐでございます」
家令のキザルが、ラスランド伯爵に近道を教えた。
「うむ、ご苦労。さあ、王宮の新しい主として、挨拶に行こうじゃないか」
そう言うとラスランド伯爵は、大股で歩いて行った。
「よ~~し、オレらは残っている警備隊の連中を拘束するぞ。出来るだけ生かして捕まえろよ」
同行して来たAランクハンターのドワイエは、仲間のハンターに指示しつつ、警備隊の詰め所に向かった。
「ま、どのみち奴らは、邪神の生け贄なんだがな……」
警備隊は街中の騒動を収めるべく、出払っていたので、ほとんど抵抗を受けなかった。国王の警護に残っていた10名あまりの警備兵と交戦したが、すぐに打ち負かして武装解除ののちに拘束した。
「なるほど、奴らはここの転移陣を使ったのだな」
ポチャリーヌは、王宮の上空からラスランド伯爵達を見付けた。
「あらかじめ街に邪神のうわさを流して騒動を起こし、混乱に乗じて王宮を乗っ取るつもりだな」
「そうなんですか? それって王様がヤバイかもですぅ」
「そうじゃ、王の元に急ぐぞリリエル。転移だ」
「はいですぅ!」
二人は国王の執務室に転移した。
「あ、王様いたですぅ」
トクダ王と側近は、いきなり現れたポチャリーヌとリリエルに驚いた。
「何者だ! 侵入者だ、であえ~~!」
室内に居た警備兵が、すかさず部屋の外に居る仲間を呼んだ。
しかし、誰も入っては来なかった。
「なぜ誰も来ないんだ?」
そう言いつつ、警備兵は武器をかまえて、ポチャリーヌ達を警戒していた。
事の成り行きを見ていたトクダ王が、リリエルに気が付いた。
「あなたは、女神様の使徒のリリエル様では? 皆の者、使徒様の前だ、控えろ!」
王の側近や警備兵が、慌てて跪こうとしたが、勢い良く開けられたドアの音に中断させられた。
「ここに居ましたかトクダ王。探しましたよ」
そこには不適な笑みを浮かべた、ラスランド伯爵が居た。
彼が1歩前に出ると、背後のドアから伯爵の兵がなだれ込んで来た。そしてあっと言う間に制圧してしまった。ドアの外には、倒された警備兵の姿があった。
「お前はラスランド伯爵ではないか? これはどう言う事だ!」
トクダ王は伯爵を一喝した。
ラスランド伯爵は、それでも笑みを崩さなかった。
「なにね、あなたには退位してもらいますよ。これよりこの国の新しい王は私になります。そう言う事ですよ」
「なっ、なんだと!」
国王は驚いて机の上の書類を落とした。
「貴様! 陛下に対して不敬であるぞ!」
トクダ王の隣に居た貴族の1人が掴み掛かろうとしたが、伯爵の兵に取り押さえられてしまった。
「ラスランド伯爵、あまりドタバタしないで下さいな。ホコリが立ってしまいますわ」
ポチャリーヌはわざとらしく、顔の前でハンカチを振って見せた。
「な! お前はアリエンティ家の……、ポッチャリ? なぜここに居る?」
ラスランド伯爵は、居るはずのないポチャリーヌを見て驚愕した。
「私の名はポチャリーヌ・ド・アリエンティ。まあ、そんな事はいいですけど、皆さん眠って頂きますわね」
名前の間違いを訂正しつつ、ポチャリーヌは、右手の人差し指をラスランド伯爵に向けた。
しかし、魔法は発動しなかった。
「あら?」
「は……ははは、魔法は使えまい。これは役に立つようだな」
ラスランド伯爵が部下の魔導士から円筒形の道具を受け取った。それは、アンチ・マジックフィールド・ジェネレーターであった。
「それをどこで手に入れたのです?」
「ある者からもらったのだ。これで魔法攻撃を防げるとな。おい、この小娘も縛っておけ」
伯爵の部下が、ポチャリーヌや国王達をロープで拘束して行った。
部下の一人がポチャリーヌを縛る際、彼女のリュックを見たが、気にせずにそのままにしておいた。
実はこのリュックの中に、リリエルが隠れていたのである。ラスランド伯爵の姿を見た時に、ポチャリーヌがリュックの中にリリエルを突っ込んでいたのだ。
「ラスランドよ、こんな事をしても王には成れぬぞ」
トクダ王は、ラスランド伯爵を睨んで言った。
「街の騒ぎは貴様の仕業か?」
「邪神などと嘘をつきおって」
「反乱なぞ成功した試しは無い」
捕らえられた貴族達も、口々に非難した。
「邪神の事は本当だよ。我々は邪神をも従えているのだ! ハハハハッ」
などと言って、高笑いする伯爵。
「え? 邪神は暴走状態ですのに~~」
「は?」
突然の可愛い声に、ラスランド伯爵はびっくりした。その部屋の全員が声のした方、ポチャリーヌを見た。
「で、ですのに~……」
リュックの中でリリエルが声を出してしまったので、ポチャリーヌは慌てて誤摩化した。
「邪神ショゴスは、イチモクレンとやらに操らせていたのでしょ? でも今はコントロールされていなくて、暴走状態で王都に向かっていましてよ」
ポチャリーヌは澄まし顔で、恐ろしい事実を突きつけた。
「なっ? なぜそれを知っている? お前は王宮からのスパイだったのか?」
ラスランド伯爵は、ポチャリーヌのたれ耳を掴んで言った。
「いや、わしは知らんぞ」
「王様の言う通りですわ。私はスパイじゃありません。それに、耳を掴まないでくださいませ」
「フン、まあいい。どのみち私の計画を知ったからには、死んでもらうがな」
「まあ、それは困りましたわね。でもどうせ死ぬのは、あなた方になりそうですけどね。私がさっき言った通り、邪神は暴走しておりますのよ」
と、ポチャリーヌはため息混じりに言った。
『みんな逃げないと、大変な事になってしまうのですよ~』
「ちょっ……フワ……」
いきなりしゃべり出すフワエルに、ポチャリーヌは慌てた。
リュックにリリエルを入れたら一杯になったので、フワエルには丸いボール状態で限界まで小さくなってもらい、髪飾りに偽装して頭に乗せているのだ。小さくなるのは魔法ではないので、アンチ・マジックフィールド・ジェネレーターに影響されなかった。
「そんな嘘にだまされるとでも?」
鼻で笑うラスランド伯爵。
「それが本当でも、別にかまわないな。ここの王都が破壊されても、我が屋敷を王宮にすればよいのだからな」
『なんてコト……むぐむぐぅ~』
文句を言い出したフワエルは、ポチャリーヌに掴まれてしゃべれなくなった。
(ちょっと静かにしていて下さいな。話がややこしくなりますから)
(わかりましたのです……)
ラスランド伯爵の部下のハンターのドワイエが、伯爵に報告の為にやって来た。
「王宮は問題無く掌握できましたぜ伯爵様。それと途中の村で邪神を見張ってた部下の報告では、邪神が通過して行ったそうで。俺の計算では、あと10分ぐらいで王都に来るでしょうね」
「おおそうか、なら早く脱出しなくてはな。よしドワイエよ、王を引っ立てろ」
「は! さあ、来てもらいましょうか」
ラスランド伯爵とハンターと部下達は、国王だけ連れて部屋を出て行こうとした。
「あら? 私の事は誰もエスコートしてくれませんの?」
ポチャリーヌがちょっと可愛くおねだりしてみた。
(プゥ~~~~)
リリエルがリュックの中で、口を押さえて吹き出していた。
(ああっ……、リリエルさん、声が出てますよ~~)
フワエルも、ポチャリーヌの頭の上でハラハラしていた。ポチャリーヌも二人のヒソヒソ声を聞いて、冷や汗が止まらなかった。
「「「……」」」
ラスランド伯爵達が、いぶかし気な表情でポチャリーヌを見ていた。
「ほ……ほら、貴族の娘もいた方が、なにかと……」
さすがのポチャリーヌも、この状況で説得出来るのか自信が無かった。
「そうだな、お前も連れて行こう。者ども、すぐに脱出だ」
何とか誤摩化せたようだ。ラスランド伯爵は、トクダ王とポチャリーヌを連れて部屋を出て行った。
城内の警備隊やメイド達は、室内に監禁されているのか、廊下には誰も居なかった。抵抗を受ける事も無く、一行は中庭に出た。
中庭には複数の転移陣が設置されており、国内各地の移動に使われていた。王宮に通じる転移陣は、国王の安全を守る為に、使えるのは王宮の警備隊と各地の貴族に限られていた。今回の事件においては、貴族が反乱を起こした為に、まったく意味が無かった訳だが……
その転移陣の一つの前で、ラスランド伯爵の部下が円筒形のジェネレーターを取り出し、上部のハンドルを操作して作動を停止させた。
(何だ、ジェネレーターはあれ一つだったのですね)
(どうします? やっつけるのですか?)
(いえ、街中が混乱している王都より、ラスランド伯爵の領地に行った方が都合が良いですわね。それに、彼の領地がどうなった所で、知った事じゃありませんしね)
(そうですか。リリエルさんが静かですが、何か意見はありませんですか?)
(……リリエルはリュックの中で寝てますけど)
(ああ……そうですか……)
ポチャリーヌとフワエルが、小声で打ち合わせをしていると、転移陣の準備が出来た。一行は次々とその場から移動して行った。
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再びショゴスの元に戻ったけど、ショゴスの姿が無い。
「奴めどこ行ったのだ?」
「ラビエル、どうやら王都の方に向かっているみたい。ここから5kmぐらい離れた所に気配を感じるよ」
王都の方向の空を見ると、黒い点が浮かんでいるのが分かります。あれがショゴスだ。魔力を押さえてるのか、どす黒い感じは消えています。
「あれ? ショゴスの魔力が減っているわよ。22000ぐらいね」
ミミエルが、ブレスレットで魔力を測定して言った。
「どういう事?」
「う~~ん、たぶん体の維持に、大量の魔力を使ってるんじゃないの?」
ミミエルがあたしの疑問に答えてくれた。
「って事は、今こそチャンスなわけね。早く攻撃してもっと魔力を減らさないと、すぐに王都に着いてしまうよ!」
「そ、そうであるな!」
そしてあたし達は、ミミエルの力でショゴスの真上に転移しました。すぐ下にはショゴスの巨体がありますが、心なしか小さくなってるような……
「僕が叩き落とします!」
ショゴスを足止めするために、バハムートが全力で蹴りをかました!
あっけなく落ちるショゴス。
「よしっ! このまま奴の魔力を削り切れば勝てるぞ!」
実際にショゴス魔力は、今の落下のダメージを回復するために、1000あまり減っています。
「奴の攻撃手段は、触手で相手の魔力を奪う事だけだ。距離を取って攻撃すれば大丈夫であるぞ!」
いける! いけるぞ! みんなで奴をボコれば勝てる。
そう思っていた時期が、あたしにもありました……
ショゴスの体の表面から何か液体が出て来た。
泣いている……わけじゃないですよね。ダメージで体液が漏れている?
なんて考えてたら、その液体がまるで弾丸のように飛んで来ました!
これは、水魔法の攻撃? 話が違うよ。
バハムートがブレスで防いでくれて助かりました。
「くそっ! 飛び道具なんて隠してたのか?」
足止めには成功しましたが、まだ戦いは終わりそうにありません。
「七ドラ」もついに100話になりました。ここまでのお話は面白かったでしょうか? この先まだまだ話は続きます。この先もお付き合い下さい。感想なんかもらえると嬉しいです。