第10話 鉱山の怪物-1
「うわ~~! すご~~い!」ミミィは思わず叫んだ。
枝分かれした坑道の、さらに奥まった場所に、水晶の採れる坑道があります。
実はここ、あたしのためにコブラナイ達が、水晶が採れる場所を見付けて、掘ってくれたものです。あたし専用の坑道なので、「ナナミィ坑」と呼ばれてるのよ。
坑道の壁には、たくさんの白い筋が走っていて、その中に水晶の結晶が詰まってます。これは岩の隙間に溶岩が入り込み、長い時間を掛けて結晶化した物です。こういう隙間を晶洞と言います。
「きれ~~い」
ミミィが瞳をキラキラさせて、そこらを見て回っています。
そりゃあ初めて見たら興奮しますよね。
ミミィが地面に落ちてる、水晶の欠片を拾ってます。
その横で、あたしはハンマーとタガネを準備します。
「ほらミミィ、掘ってあげるよ。どれがいい?」と、声を掛けた。
「え~~? どれにしよう?」
「こっちに もっとイイのがある」
すると、コブラナイの一人が、ミミィの手を引いて奥に連れて行った。
あれ? いつの間に坑道を広げてたの?
この前来たときより、長くなってるじゃない。
「なに? あたしより先に、ミミィにあげるの?」
と、不服そうに言うと……
「だいじょうぶ たくさんある」
「ムラサキいろのものが でた」
「えっっ? それってアメジストなん?」
まさか、宝石になりそうな物まで出るとは思わなかった。紫水晶か。これは、ウサミィにいいお土産が出来たな。
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ナナミィのパパは、部下のケイルと共に、選鉱所で鉱石を運び込んでいた。選鉱所とは、鉱山から運び出した鉱石を仕分けて、馬車に積み込む施設だ。パパは体が大きいので、トロッコを持ち上げて、直接鉱石を投入していた。
「そう言えば、この前コブラナイ達が見付けた、鉱脈はどうなった?」
パパは粉砕器に鉱石をぶちまけながら、ケイルに聞いた。
「今は、アトレー達が、穴を拡張してますよ」
「ふ~む。鉄や銅以外に何か出てる?」
「金も少し出てるようですが、採算は合わないかもしれませんね。まあ、アトレーは大きな金鉱脈を見付けてやると、張り切ってますが……」
と、ケイルは楽しげに言った。
「そのアトレーですが、さっきから連絡が取れないのよ」
グレンジャー鉱山唯一の女性社員、事務員のカトリが報告に来た。彼女は45歳の人間の女性だ。
「通信機の故障じゃないの?」
「まさか。魔力通信なので、故障もしないし、岩盤も貫通して届きますよ」
ナナミィのパパは、先程から気になっていた事があった。地面から、小さな振動が伝わって来るのだ。パパは屈んで地面に手を当てて、しばらく考えていた。
「落盤が起きてるかもしれないな。ボブに調べてもらって」
「え? それは大変! さっそく連絡します」
カトリは慌てて事務所に戻って行った。
珍しく慌てているカトリから、連絡を受けたボブは、下の階層に行く為のスロープを歩いていた。この鉱山がある岩盤は、固い岩石で出来ているので、落盤の危険は低いはずなのだが、少し前から、地震のような揺れがあって心配していたのだ。
彼はクマの獣人なので、力はドラゴン並にある。いざとなれば、同僚を掘り出してやろうと、急いで走って行った。
新しく掘られた坑道に入って、ボブはびっくりした。
坑内に敷かれたレールは、地面にめり込んだり、外れて曲がってたりしていたのだ。地面自体も穴だらけになっており、壁を支える為に設置された丸太も、ほとんどが折れて散乱していた。さらに異常なのは、ここが異様に熱いのだ。
ボブは現場の様子に恐怖しつつ、作業をしていたアトレー達を探した。
そして採掘現場で見付けたのは、つるはしと片方の靴だけで、人の姿は無かった。
この場所は、新しく掘り始めた所で、突き当たりのはずなのだ。それなのに、その先には真っ暗な穴が、口を開けていたのだった……
事務所では、ナナミィのパパがボブの連絡を待っていた。
カトリがイライラしている横で、ケイルがお茶の準備をしていた。
「まあまあ姉さん、落ち着いて下さいよ」
「あなたは、のんびりし過ぎよ」と言って、お茶を受け取っていた。
間も無く、通信機からボブの声がして、アトレー達が行方不明と連絡が入った。
別の場所で獣人達と採掘作業をしている、コブラナイからも連絡が来た。
それは、驚愕の内容だった。
「しゅにんさん ファイアーワームがでたよ」
「な……なにぃ!!」
ファイアーワームとは、地中深く溶岩の中に住む、巨大なムカデのような外見の魔獣で、その体は常に高温であり、岩のように固いのだ。いわゆる『ケイ素系生物』なのだが、この世界においても、特異な存在であった。
鉱物の探知能力があるコブラナイには、ケイ素の体のファイアーワームの居場所が分かるそうである。
「鉱山の周りの山を造る火成岩の溶岩は、どこから出て来たのか分からなかったが、この鉱山の真下にマグマ溜まりがあったのか」
ナナミィのパパは、苦々しく言った。
「主任。どうやら、ヤツは第6階層をうろついているようですぜ」
通信を代わった作業員が、現状を報告してきた。
「では、第5階層より上の作業員は、速やかに退避だ! スロープは使わないで、縦坑を使え!」
パパは指示を出した。
「了解!」
「ちょ……ちょっと待って。ナナミィちゃん達は、通信機を持ってないんじゃ……」
ケイルの指摘に、その場の全員が言葉を失った。
「え? あの子達はどこに居るのですか?」
「確か……、第3階層の4番試掘坑だったかな?」
「誰か! 第3階層に居るナナミィさん達を、回収して来て下さい!」
カトリが坑道内の作業員に向けて、指示を出した。
「それと主任、あなたじゃ縦坑に入れないので、ここで指揮を取って下さい」
駆け出して行こうとした、パパの尻尾を、カトリがガッチリ掴んで止めた。縦坑は梯子を使い、地下から最短ルートで出入り出来るのだが、そのため、通路は狭く、ナナミィのパパの図体では、通れないのだった。
「大丈夫ですよ主任。ナナミィちゃんはドラゴンじゃないですか」
と、ケイル。
「何を言う、ファイアーワームに、ドラゴンブレスは効かないんだぞ」
高温による攻撃が効かないファイアーワームは、ドラゴンにとって、相性が最悪な相手なのだ。しかも、溶岩の中から出る事で、熱エネルギーが得られないファイアーワームは、空腹のために生物を手当たり次第襲う、厄介な状態になっているのだ。
「しょうがありませんね。私が迎えに行きますよ」
カトリは、事務所の奥から、荷物を運び出しつつ言った。
「え? カトリさん、危ないですよ?」
「私はかつて魔獣ハンターをやってたのですよ。足止めぐらいなら出来ますよ」
と言って、魔獣対策用に事務所に置いてある、備品の剣を持って来た。
「これでも、Cランクハンターだったのですよ」
「……微妙ですね……」
第5階層では、人間達が15人、コブラナイが4人で作業していた。
今は詰め所に全員集まっていて、脱出のタイミングを見計らっていた。
「まだヤツは見えません」
詰め所の扉を開けて、外を見張っていた獣人が言った。
「まだ したにいるよ」
「はやくにげないと すぐきそう」
コブラナイ達は、ワイワイ騒いでいた。
「今、また事務所から連絡が来たけど……」
「ど……どうした?」
「カトリさんが、ナナミィちゃんを迎えに行くって」
「……マジか?」
「ヨシ! 今の内に縦坑に向かうぞ」
第5階層のリーダーが、詰め所の外にそろりと出て行った。
縦坑までは、50mぐらい。
「カトリさんが、ハンターだったって知ってたか?」
「聞いた事はあったけど、大丈夫かあの人?」
「……なんか、暑くなってきたぞ……」
「……えっ?」
ぞろぞろ歩いていた作業員達は、振り返って、坑道の奥の方を見つめた。
ずっと奥に、小さな赤い光があるのが分かった。
その光が揺れるたびに、壁に並んだ明かりが、奥の方から順番に消えていった。
パシッ…… パシッ…… バシッ……
その意味が分かるまで、数秒かかった……
「たいへん もうきたよ」
コブラナイがリーダーの足をつっつきながら訴えた。
誰かが坑道をライトで照らしてみると、そこには坑道いっぱいに広がる、怪物の姿があった! 赤い光りはファイアーワームの目だったのだ。
ファイアーワームの体の幅は、坑道より少し小さいくらいなので、壁の両脇に設置された明かりを引っ掛けていたのだ。
ライトに照らされたファイアーワームが、一瞬、動きを止めた。
「は……早く! 急いで縦坑に走れ!!」
慌てた作業員達が、一斉に走り出すと同時に、ファイアーワームも動き出した。
コブラナイが能力を使い、地面から土塊を盛り上げて、ファイアーワームの邪魔をするが、数秒しか動きを止められなかった。
「みんな もう にげられたか?」
「おい弐号! お前も早く逃げろ!」
弐号とは、このコブラナイの通称である。
コブラナイ弐号は、振り返って走り出した。
リーダーは、手を伸ばしてコブラナイ弐号の手をつかもうとした。
「ちくしょ~~っ!!」
ファイアーワームの口が迫って来た。