第五話 ルシファンブルク強襲編-5
──帝国外れの樹海にて、満身創痍となったゲイジュが よろめきながら歩を進めていく。
「はぁ……はぁ……はぁ……クソが……まだ……黒是波無の効力が──」
最早 まともに足も上がらない程に弱り切ったゲイジュの歩く先に立ちはだかる、紫暗の髪と瞳。夜空の薄明かりに照らされた アナスタシアが其処に居た。
「ゲイジュ、銀狼を返してもらうわ」
アナスタシアはゲイジュに歩み寄ると、彼が手にする銀狼を奪い取る。
「ヒィッ!! 俺の鞘を……返せ!! 返せ!!」
「──キスツスが、貴様の様なゴミに簡単にやられる訳がない。一体どんな卑怯な手を使っ……たっ!」
「ガッァ」
「あやつの弱みでも!! 握ったのか!!」
「ガッァハッ」
非業の死を遂げた同志を想い、その悲劇を引き起こした男に向けて アナスタシアは漆黒の刀を振るい、抑え切れぬ憤りをぶつけていく。
「心身共に衰弱したとしても、命より重い鞘を渡す事など……するはずがない……ラミオラス帝国で、拷問にでもかけたのではあるまいな? 鞘花の身体は、そう簡単には傷付かない」
「フフッ……貴様はいつもいつも驕りが過ぎる……昔からだアナスタシア。なぜ、千刃花だけが鞘花と呼べる?」
「バカな子ね。鞘はこの100年 我が国が継承し、守り続けた。もし発現したなら、私たち鞘花に共鳴反応が起こり、分かるはず。私の研究室を覗いていたなら、知っているでしょうに。
生きる為の嘘。利用価値が有ると思わせる嘘。仮にも銀狼を持っていたなら、もっと魅せる嘘をつきなさい」
挑発的な言葉など意にも介さず告げられる言葉に対して ゲイジュは憤りを露わにする。その様子を冷ややかな目で見ながら、アナスタシアは続けた。
「そういえば私、知ってるのよ。試した事もなければ、どうなるかも予測がつかない……でも、方法は知ってる」
「何のだ!!」
「強制解除よ」
アナスタシアの言葉に身体を強張らせるゲイジュ。これまでに無い程慄き、顔を歪める。身体は恐怖に震え、声は裏返っていく。
「な……何故……それを……ヒィッ 嫌だ……嫌だ!!」
「──鞘花の胸に、契約した鞘の刃を他者が突き立て 貫くことにより、鞘花と鞘の契約を
強制的に解除する──解除された刀と鞘花の末路は、お前で確認するとしよう」
「やめっ……やめろォォォオ!!」
「人類のため、はたまた世界の為。鞘花の研究の役に立つじゃあないか。研究者の端くれとして、お前も誇りに思うだろう?」
「たのむ! たのむよぉお!」
『『強制解除』』
「グアアッッッッ!!!」
アナスタシアは、銀色に輝く刀で ゲイジュの胸を貫くと、突き立てられた刀は ゲイジュから命を吸い取る様に輝きを増し、その場で散り散りになる。舞い散る光の花弁の中で、ゲイジュは苦しげに呻いた。
「ウッ……」
「あら? すぐには死なないのね。残念。気分はどう?」
「ヒィッ!!!!!──助けてくれ!! アナスタシア!!」
「あら? 発動限界ね。一度戻りなさい……黒雛」
アナスタシアは、漆黒の刀を胸の中にそっと仕舞い、ゲイジュに語りかける。
「ゲイジュ……あなたは未熟。人としても、研究者としても、学者としても、鞘花としても。本来の鞘花であれば、鞘を解放しなくても、修練によって その力を僅かに使える。こんな風にね!」
アナスタシアはゲイジュに向かって片手を振り下ろすと、ゲイジュは片膝をつき、地面に手をついた。
「アッググッ……花纏捧君……」
修練により精度の差はあるが、鞘花は未解放状態のまま 鞘力の一端を使用することが出来、その技術は花纏捧君と呼ばれる
「鞘花じゃなくても、刃術なら あなたや隊士たちも使えるでしょ? 鞘花の力を使えない人々が、鞘花の技を真似て独自に編み出した 古の秘術の数々。
あなたは、刃術の才なら誰よりもあった。刃術を駆使すれば、鞘花にだって劣らなかった。銀狼に頼らなければ、おそらくこんな事にはならなかった」
類稀なる才を持ちながら道を誤った事を ただ咎めるだけでなく、冷静さの中に僅かな悲しみを覗かせて声を掛ける。その言葉を受けて、ゲイジュは声を荒げた。
「黙れ!! 貴様は!! 千刃花の七刃花隊 隊長であり!! そしてナーベルク帝国の大貴族ブルダニア家の女当主!! 俺はその使用人の息子だった!!!!! 貴様には……貴様には分からない!!!全てを手に入れてる貴様には!!!」
「フフッ……全てを? ホントにバカな子。こんなにも長く一緒に居て、まだ分からないの? ゲイジュ……なぜ研究者としての私がいると思うの? なぜ、私が鞘花について研究していると思うの?……欲しいものがあるからよ!!」
「黙れ黙れ黙れ!!!! 俺は名声!! 権力!! 圧倒的な力!! 叡智!! 全てを手に入れたい!! 鞘花として歴史を作──」
「──まだそんな事言ってるの? 私はあなたが小さいころから、その危険な思想に気付いてた。先に千刃花に入隊し 隊長になっていた私は、あなたを見張れる様に近くに置き……副隊長に任命したの」
アナスタシアの言葉に、ゲイジュの顔色が変わる。自らの思惑で動き、鞘を手に入れ、今日まで着実に事を運んで来たつもりが、それを根本から否定された為だろう。彼は狼狽しながらも反論を始めた。
「なん……だと!? 選んだのは俺の方だ! 着任拒否だって出来たのに!!」
「でもしなかった。千刃花の隊長の中で私が最も鞘の造詣が深いと知っていたから……そうでしょ? あなたは初めから、隊舎に鞘花考古学研究所が隣接されてる七刃花隊に 配属希望を出していた。私を利用するつもりでね。フフッ」
「黙れ!! 今や!! この俺の方がお前よりも詳しい!! より鞘花として深淵に近づいたのだ!!」
「深淵? 笑わせるわ。私の研究室で文献を読み、私の研究資料から強奪する方法を思いついたに過ぎない。所詮あなたは、私に到底及ばないクズよ」




