第二話 ルシファンブルク強襲編-2
時は遡り数時間前。帝都城内に、警告音と兵士たちの呻き声がこだまする。
上空からは飛行戦闘魔進地上からは陸上戦闘魔進による侵攻の渦中にあり
この事態を受けて、任務で離れている隊長達を除き、城内にいた隊長達は作戦本部に緊急招集されていた。
「ちょっとレンゲイ! アンタ分かってんの? 破壊しても破壊しても怯まない魔進を相手にしてんのよ!?
この緊急時に呼び出してといて その言葉が!! それがどういう意味か分かってんの!?」
「分かってますよ!! 分かってるから言ってるんです!!
僕の隊も、表で命がけで戦ってるんです! その上で言っているんですよ! スゴウ平野の戦いから始まり、ニヘルダム合同作戦も 全て……
全て罠だったんですよ!!!」
「嘘言わないで!!」
「リナリア!!」
眼前の青年に告げられた言葉を頑なに否定する赤髪の女に男が歩み寄り、それを制止する。
女と同じ赤い髪。名を呼ぶ様子からも、近しい間柄である事を窺わせる。
「兄さん……」
「取り乱すな。それに、いくらお前の方が
先輩とは言え レンゲイは鞘を継承した立派な鞘花であり、今は隊長でもあるんだ。もっと敬意を払え。いいな?」
「……はい。すみません」
冷静さを欠いている妹に対し、双方の立場を弁る様に言い聞かせると、リナリアは落ち着きを取り戻して謝罪の言葉を口にする。
その言葉に続き、男は隊長として改めて詫びた。
「レンゲイ、うちの副隊長が失礼な態度を
取ってしまった。すまない。」
「いえ、大丈夫です。それよりもっ」
「ああ。レンゲイの報告が本当なら
これまでの辻褄が合う。スゴウ平野の伏兵も、ニヘルダム合同作戦の失敗も 全て……全てな!!」
「僕はこの目で見ました。アナスタシアさんが……アナスタシアさんが……」
「レンゲイ隊長!! アナスタシアがいません!!!」
沈痛な面持ちで言葉を紡ぐレンゲイに、緑の髪の青年が駆け寄って報告を行う。それを受けた彼は事態を想定していたのか 表情に翳りを残しながらも言葉を紡いだ。
「やっぱり……ですね! アキレイさん!!
すぐに追わないと!! ゲイジュさん!! リナリアさん!! 追います──」
「──待て!!!!」
レンゲイの言葉を力強く遮るアキレイの声に、三人は足を止めた。
「落ち着け。俺たちは帝国特務戦闘部隊"千刃花"。勝手な行動は出来ん。それに、もし裏切者が隊長だとしたら、尚の事 勝手に動いてはいけない。
オルケイディアをはじめ、華四百花や、千刃花他の隊長格が全員揃ってもいないこの状況下で無闇に動くのはよすんだ。
リナリア!! 他の部隊状況はどうなってる?」
「はい! 別任務の一刃花隊、三刃花隊、四刃花隊、八刃花隊。
城外で戦っている七、五、六と隊長格不在の二刃花隊。
緊急招集で集まった隊長格は……七刃花隊 副隊長ゲイジュ、五刃花隊 隊長レンゲイ、六刃花隊 隊長の兄さん、そして副隊長の私……だけ」
「悠長な事を! アナスタシアが我々を裏切ったんだ! すぐにでも追わないと!」
各部隊の状況を報告するリナリアに対し
ゲイジュは早急な対処を主張するも、リナリアは彼に向き直り、その言葉を力強く否定する。
「アナスタシアさんが裏切るわけないわ! アナスタシアさんは、誰よりも鞘花としての誇りを持ってた!!」
そして兄へと視線を向けて、言葉を続けた。
「覚えてるでしょ!? 兄さん!!
私たち鞘花は世界の為に刀を振るう。心に在るこの刀は、己の為に決して振るってはいけない。全ては守る為の力だ って皆に教えてくれたのはアナスタシアさんだよ!?」
「リナリア……」
リナリアの、その言葉と真っ直ぐな瞳に映るアナスタシアへの揺るがぬ信頼を見たアキレイは、しばし言葉に詰まる。ややあって、ゲイジュが口を開いた。
「アキレイ隊長だって分かってるさ。分かってるからこそだよ。俺たちで隊長を止めるんだ」
リナリアの意を汲み、アキレイの想いも代弁する様に 自分を含めた その場の全ての者に向け、覚悟を口にする。
そこで、アナスタシアの近況を改めて確認する事となり、リナリアが目の前にいるゲイジュに問い掛けた。
「ゲイジュ……アナスタシアさんの様子はどうだったの?」
「話してみると、特に普段と変わりなかった。
たまに俺に隊を預けて単独行動をしていたが、
それは鞘花としての修練かと思ってたんだ。
昔はよく一緒に稽古をしていたしね。
でも……ニヘルダム合同作戦に際して 五刃花隊と迎えた2日目の夜、レンゲイ隊長から話を聞いた。
──ラミオラス帝国とアナスタシア隊長……いや……アナスタシアが会っていたって」
ゲイジュの言葉にレンゲイは頷き、続けて語る。
「だから僕はその日の夜 それを逆手に取り、箝口令を敷いた上で 五刃花隊が独自に動く作戦を立てました。もちろん、ゲイジュ副隊長や七刃花隊の皆さんには内密にして悪いと思いましたが」
「なぜかしら……それもバレていた。箝口令は あくまでも口約束。五刃花隊の中にも裏切者がいた……?」
「それはないです」
「なぜ言える」
「僕の能力を使ったからです。まず、当初の作戦を1と考え、別に2、3の作戦を用意。隊士には2と3を伝え3を決行すると告げた上で箝口令を出しました。これが第一段階」
レンゲイは右手人差し指を立てて1を示し、説明を続ける。
「僕の隊士には、あらかじめ複数の花の種を持たせてあります。まず咲かせたのは青いバラ。
青いバラは近年、花言葉が《不可能》から《夢を叶える》に変更されました。故に、青いバラの持つ暗号は『変更』
そして次に咲かせたのは わすれな草。花言葉は《私を忘れないで》『2番目に咲かせた私を忘れないで』という暗号になります。
僕は、この暗号を3の作戦決行中に隊へ送りました。だから実際に五刃花隊が遂行したのは2の作戦だったんです」
三段構えの策を語るレンゲイは右手中指を立てて2を示し、それを聞いたアキレイは納得した様に頷く。
「五刃花隊特有の暗号か……直前ならともかく、決行中であるなら 漏れるのは考えづらっ
──グッ!! なんだ!?」
城をも揺らす衝撃と轟音。辺り一面に土煙が舞う。陸上戦闘魔進の一個小隊による作戦本部への襲撃が始まり、夥しい数の魔進がなだれ込んで来る。
「くっ……これほどに……散れ!!」
「了解!!」
アキレイの指示に即座に対応し、散開する三人。数多の魔進と対峙する彼は、それまでとは打って変わって 強い戦意を宿した瞳を襲撃者に向ける。
「貴様ら……城のどこから沸いたゴキブリか知らんが……消し炭にしてくれる」
アキレイは静かな怒りを胸に陸上戦闘魔進を睨みつけ、口上を唱えると 辺り一面に熱風が渦巻き
紅蓮の炎が燃え上がる────
『『天輪・永久・牙成る心臓
絶えず揺らめく八岐の灯篭
滅せ・滅せ・紅と化せ!!』』
『『紅蓮滅刃・紅大蛇!!』』
真紅の刀身が周囲の空気を喰らう。
そして男が横一閃に刀を振るうと、太陽に焼かれたように 陸上戦闘魔進が焼け溶け、姿形も灰と化した。
「大蛇の火炎に呑まれて消えろ」
「──アッツゥゥウ!! って兄さん!! 危ないでしょうが!! こんな所で解放しないでよ!! お城がなくなっちゃうじゃない!!」
魔進すら灰と化す炎からの熱波は凄まじく、その場から離れたはずのリナリアから非難の声が上がる中、アキレイは周囲の熱気と炎を刀で吸い取りながら リナリアの元へと歩いてきた。
「ちゃんと抑えられたじゃないか。紅大蛇よくやった。戻れ」
「城内は解放禁止なんだけど!!」
「それはアナスタシアが言ってるだけだ。一刃花隊からは正式な通達はない。だいたい、散れと言ったのに何故、行かな──ん?」
妹からの批判も意に介さず、指示に従わなかった事を問い正そうとするアキレイは、何かを察して言葉を切る。
「兄さん……気づいた?」
「あぁ」
「目的は?」
「ラミオラス帝国と同じだろうな」
「鞘ね……でも この力、もしかして」