断念
処理士になって半年ほど経った頃、埜岩で資料映像の上映会があった。新藤と檜垣が担当した、あのクラス六のカルサ。
一生のうちに遭遇する可能性は限りなく低い事例だが、不発弾処理を生業とする者にとっては興味の尽きない対象だ。
遠方からも処理士や補助士が集まり、現場作業の貴重な映像に見入った。音声はなかったが、檜垣が登壇して自ら解説し、適宜質問にも答えていく。
一希は現場の状況や最終判断に至る経緯について新藤から詳しく聞いていたため、檜垣の説明よりも映像の方に自ずと意識が集中した。懐かしい先生の姿。
しかし、せっかく癒えつつある失恋の痛手を振り出しに戻すわけにはいかない。少しでも心が乱れていれば、埜岩から依頼が入っても断らざるを得なくなる。一希は努めて己の脳を仕事モードに保った。
途中、信管の全長の二割ほどが引き出されたところで安全化作業が中断された。映像の中の処理士二人は、X線画像を再度見直しては現物を見やり、顔を見合わせている。
信管の状態や重心の変化、その他の諸要素を考え合わせた結果、安全化成功の可能性は五分五分、と二人ともが結論付けたのだと、檜垣がマイクを通じて説明する。
画面がカルサの大映しからぐっと手前に引いたとき、再びオレンジ色の二人が映った。何かを話し合っている様子はない。じっと佇んだまま、檜垣は新藤を見、新藤は爆弾を見つめている。
一希はその光景に胸を痛めた。五分五分という点では見解が一致したが、問題はその先。おそらくは決断をほとんど迷わなかった檜垣が、新藤の答えを待っている図に相違ない。
――そりゃそうだよね……。
二度とお目にかかることのないであろう化け物が目の前に横たわっている。自分には十分な知識と経験があり、情報もそろっている。今日までこれでもかというほど準備も重ねてきた。安全化を無事に完遂できれば、業界の技術レベルは大きく飛躍する。
五十パーセントの可能性に賭けてみたいと、処理士なら誰もが一瞬は思うだろう。職人としての本能的な欲望だ。その一瞬が数秒、数分へと延びるかどうかは、諦める理由が明確に存在するかどうかの違い。「死ねない理由がある人間は強い」という新藤の言葉を思い出す。
私だったら、と一希は考える。七歳のときのあの事故で、忠晴の体躯が犠牲になって自分を守ってくれたと思うと、やはり死ぬわけにはいかない。
だが、新藤はどうだろう。
自分は死んでもいいから一人残ってやらせてくれ。きっとそう言いたくなるのではないか。住民はすでに避難させてある。軍員を含む現場の作業員を全員退避させれば、万一の場合にも死ぬのは自分だけで済む。
映像の中で新藤がそう考えていることを思い、一希は不安に身を震わせた。
安全化に挑みたい気持ちは痛いほどにわかる。師匠の胸の内にたぎる職人としての欲に、心から共感する。かといって、「そうですか、じゃあ好きにしてください」などと言えるはずもない。
画面の中の新藤は、長いこと眉を寄せたままだった。この現場の監督権は檜垣にあるのだから、檜垣が爆破に切り替えると宣言すれば簡単な話なのに……。
パートナーの意見を尊重し、互いに納得できる結論を出すという檜垣流のやり方も、この状況では一希をやきもきさせるばかりだった。
数ヶ月前に撮影された映像であることをしばし忘れ、一希は無意識のうちに祈り、語りかけていた。
――最優先すべきは常に安全確保、でしょう? ねえ、先生……。
あの日のことが思い出された。このカルサの処理当日。現場であれやこれが起きている間、一人留守宅を守りながらどれほど心細い思いをしたか。
ついでに、帰宅した新藤を前にして流した涙の味や、新藤の手の温かさまでもがよみがえりそうになり、慌てて記憶に蓋をする。
そのとき、画面の中のオレンジ色が動いた。檜垣がX線写真を軍員に手渡し、数歩先にあった工具箱の中を探り始める。新藤の中で、ようやく爆破処理への踏ん切りがついたのだ。
「ここから爆破準備に入ります」、という檜垣の説明を聞き流しながら、一希の目はなお新藤に釘付けだった。
忌々しい兵器に注がれた眼差しには、どこか吹っ切れたような、それでいて晴れやかとは言いがたい色が浮かんでいた。年季の入った手袋をはめた手が、名残を惜しむようにカルサの表面に触れる。その深いため息が聞こえてくるような気がした。




