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爆弾拾いがついた嘘 【改稿版】  作者: 生津直
第1章 弟子入り
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志望動機


 約束の木曜日。


 一希は、今朝知ったニュースに胸をざわつかせながら新藤宅を訪れた。


 ブザーに応じた新藤は、案の定いつも以上に渋い顔。


「聞いたか?」


「はい。朝刊で読んで、学校もこの話で持ち切りでした。あの、重傷で運ばれた補助士の方って……」


「命に別状はないらしいが、復帰できるかはわからん」


 オルダの爆破処理中の事故。怪我をした補助士は、一歩間違えば死んでいた。


 オルダとは、片手で持てるぐらいの爆弾を何百個とまとめて投下し、広範囲を攻撃する兵器だ。一つひとつの「子爆弾」が不発で見つかれば、大型爆弾と同様、安全確保のための処理が必要になる。


 オルダの子爆弾には、大小のボール型や、殺虫剤の缶のような円筒型まであらゆる形状があり、内部構造もさまざま。


 十一年前に忠晴の命を奪ったのもオルダの一種だ。サラナと呼ばれる、蝶番(ちょうつがい)式のずんぐりした円柱型の爆弾だった。


 昨日負傷したという補助士は、規定通りに防爆ベストとバイザーを着用していたお陰で命を取りとめた。一方、あの日の忠晴は……。


 何の装備も心がまえもないどころか、目の前の物体が何なのかもきっと知らぬまま、八年という短すぎる生涯を閉じた。遺体とも呼べない状態の遺体に、遺族は対面しないことを警察から強く勧められ、それに従った。


 一希は、爆発で負った怪我のせいでろくに身動きが取れなかったため、忠晴の最期(さいご)の姿は結局見ていない。救急隊員が一希を担架に乗せる頃には、辺り一帯がブルーシートで囲われていた。


 人を殺すために作られたとはいえ、戦争が終わってからまでこうして威力を振るい続ける兵器たち。あまりに残酷で、あまりに(むな)しい。


「処理士と立ち会いの軍員たちは軽傷で済んでる」


 幸い、とも言えるが、誰か一人のミスに全員が巻き込まれることも実証された。


「つくづく危険な仕事だな」


「そうですね」


「どうだ? 気が変わったか?」


「いえ、まさか!」


 つい声が高くなり、それを落として続けた。


「むしろ危険だからこそ、この仕事があるわけですし、お役に立てるなら本望(ほんもう)です」


「そういや、お前の履歴書にびっしり書いてあった作文だが」


「あ、志望動機……」


 かろうじて受け取ってもらえたことすら忘れかけていた。


「読んでくださったんですか? ありがとうございます!」


「人類の罪を(つぐな)う?」


「あ、あれはですね……」


〔人類が殺し合いのための恐ろしい道具を生み出し、それがこんなにも長い間この世にあり続けていることに、人類の一員として罪の意識を感じます。その根絶に貢献することが私の使命です。〕


 何度も書き直し、読み返してすっかり暗記している。埜岩(のいわ)基地の軍員たちには、一体何様だと眉をひそめられた文面だ。


 一希が処理士になりたい()()()()理由。これはこれで嘘ではない。


 憧れの一流処理士を前に、慎重に言葉を選ぶ。


「つまり、爆弾を作った人たちを恨むばかりじゃ生産性がないと思うんです。同じ人類の誰かが犯した間違いを、その一員として正していきたいんです」


「それだけか?」


「え?」


「随分と優等生すぎやしないか。お前には私利私欲ってもんはないのか? 人類の罪を償うためなら、自分の命は()しくない、と?」


「いえ、命は惜しいんです」


「ん?」


「私、絶対死ねないんです」


 新藤の鋭い眼光に射抜かれる。


「死ぬわけにいかないんです」


 なぜだと聞かれるに違いない。どう答えようかと思案した。


 十一年前の事故はここから百キロ離れた藁志ヶ谷(わらしがや)での話だから、直接関わってはいないだろう。とはいえ、全国的に大きく報道されたあの死亡事故を、新藤が知らないはずはない。


 新藤は黙って一希をにらみつけていた。一希はとっさに明るい声色(こわいろ)を作る。


「だから絶対死なないように、しっかり勉強して新藤さんみたいになりたいんです!」


 一希は女の子にしては珍しく、機械全般が好きな幼児だった。絵本よりも、精巧なイラストや写真が載っている本を好み、その中に爆弾の図鑑もあった。


 あの事故の直後、爆発音を聞いて駆け付けた大人たちが通報し、救急車を待つ間のこと。数メートル先に、一希は恐ろしいものを見つけた。


 岩壁の足元に盛り上がった土に、木の根とは違う不自然な直線。人工的なその黒い物体に見覚えがあった。図鑑に出ていた小さな爆弾の、蝶番(ちょうつがい)の一部。


 思わず大声を上げ、大人たちに注意を喚起した。救急車より先に不発弾処理士が到着し、爆破処理の準備を始めたのをおぼえている。


――一つ目も見つけてれば……。


 あれから何度悔やんだか知れない。最初のサラナだって、一希が見ればそれとわかったに違いない。だが、ほんの一瞬の差で間に合わなかった。


 永遠に(ほうむ)らなければならない。こんな人類の愚行の名残(なごり)は、一世代でも早く。そう簡単に死んでたまるか。


「お前、生活はどうしてる?」


「えっ?」


「住所は早川の寮だったよな? どうやって食ってんだ? 親の仕送りか?」


「あ、いえ、両親は他界してまして……アルバイトしてるんです。平日の朝に公民館のお掃除と、週三回は放課後に工場の食堂でお給仕を……といってもお給料は微々(びび)たるものですけど」


「そんなんで早川の学費が出せるのか?」


「あ、学費はですね、奨学金と、親の(のこ)した貯金で何とか」


「なるほど。ちょっとここで待ってろ」


と言うなり、新藤は母屋の中に入っていく。


 今日は「素人にできる手伝い」をさせてくれることになっている。きっとその準備をしているのだろう。一希は胸を高鳴らせた。




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