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爆弾拾いがついた嘘 【改稿版】  作者: 生津直
第3章 血の叫び
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夏祭り


 それからしばらくは処理室での子爆弾解体がなかなかの繁盛(はんじょう)ぶりで、外での仕事の見学は当分お預けとなった。


 オルダの解体は全国規模で見てもやりたがる処理士がほとんどいないため、たまたま重なればこれでもかというほど集中的に送り込まれてくる。


 家事は(おの)ずと省略気味になり、二人の生活の境界線はときに曖昧になった。相手が使ったかもしれないバスタオルを使い、互いの食べ残しをそれぞれのタイミングでつまんでは仕事に戻る。


「ロプタは?」


「はい、いつでも」


「じゃ始めるか」


「はい」


 二人で処理室にこもる時間も増えた。一希が実物の解体に慣れるまでの間、しばらく新藤は監視に回っていたが、今では隣で同時に自分の解体作業を進めるようになった。


 一方が爆発を起こせば、他方も無事では済まない。一希にも、そのプレッシャーに耐えられるだけの自信がつき始めていた。


 防爆衣も何とか一人で脱ぎ着できるようになり、自分のタイミングで休憩を挟みながら自分のペースで作業を進めている。


 一希が一人で処理室に残ることは規則で禁じられているため、新藤が退室する場合は一希も出るしかない。新藤は、一希の休憩の数回に一回をともにする方法を取っていた。


 土間のソファーで仮眠を取る新藤を初めて見たのはいつだったろう。呼吸以外何もしていない丸まった体には、本人が普段まるで振りまかない愛嬌が(にじ)む。


 そっとタオルケットをかけてやると、片手だけ動かしてそれを引き寄せ、ますます丸まった。一希はその隣に身を横たえたい衝動をどうやって抑えたのか、自分でも不思議だった。


 今日もソファーで少し寝てまた仕事に戻るパターンらしい。くるんと丸まってS字を描き、両膝の間に片腕を挟んだいつもながらの窮屈(きゅうくつ)な姿勢。エネルギーが再び満ちるのを待ってでもいるかのようなその姿は、熊の冬眠を連想させた。厳しい師匠が愛玩(あいがん)の対象へと変わる貴重なひとときだ。


 一希が一時間後に見に行くと、ソファーは(から)だった。台所を(のぞ)くと、冬眠から覚めた師匠の姿。テーブルの脇に(たたず)み、大きな手で小さな野苺(のいちご)を皿から摘んではせっせと口へ運んでいる。


「先生、お食事は……」


「ん、後でいい」


 そう言いながら、野苺だけは大量に消費する。最終的に皿の上に残った申し訳程度の二粒は、一応一希の分というつもりだろうか。気に入ってもらえたなら一希としても本望だ。ちょっと奮発して甘そうなのを買ってよかった。




 町の子供たちがビーチバッグや虫取り網を持って駆け回るのを見て、もう夏休みなのだと気付く。ミンミンゼミの大合唱も今が真っ(さか)りだ。


 暑さが比較的ましなうちにと、二人の仕事がともに落ち着いたところで新藤が自主探査を入れた。探査機を(あやつ)るのはいつも通り一希だ。


 今日はなんと五十キロのマリトンが出たため、立ち入り禁止の標識とロープを残し、埜岩(のいわ)基地に寄って報告を入れた。


 その帰り道、信号待ちで止まった軽トラのそばを、浴衣(ゆかた)姿の女の子たちが笑い声を上げながら通り過ぎる。一希と同じぐらいの年頃だから、大学生か。祭りの会場で男の子たちと落ち合って、皆で焼きそばでもつつきながら花火を眺めるのかもしれない。


「知り合いか?」


「あ、いえ……そういえば今日最終日なんだなと思って」


「最終日?」


野々石(ののいし)公園の夏祭りです。最終日は歩阪(ほさか)湾に上がる花火が目玉で……もしかしたらうちから見えるかもしれないですね。距離はありますけど高台だから」


「ふーん」


 車が再び走り出し、交差点をいくつか曲がると、歩道を行く家族連れや若い男女がしだいに増えてきた。ほとんどが色とりどりの浴衣姿。


 華やかに、あるいはしっとりと結い上げられた女性たちの髪を次々と見せつけられ、これが女の(たしな)みだと()かれている気分になる。たまに見かけるショートヘアだって、分けてピンで留めたり、花飾りを付けたりして(さま)になっていた。


 それに引き換え、一希の髪は(あい)も変わらず後ろで一本にまとめたきり。しばらく切りにも行けていないから、無駄に伸び切ってボサボサだ。


 浴衣だって、一希が着たところでどうだろう。うなじもくるぶしも、「色っぽい」より「たくましい」という形容がぴったりくるに違いない。群衆から目をそらし、(どろ)の残った我が手を見つめる。


 気付けば車は商店街を抜けていた。が、そこで右折。帰宅ルートとはまったく逆方向になる。


「先生?」


「寄り道だ」


 車は浴衣の集団を追い越しながら走っていたが、道が詰まりはじめ、新藤は脇道へと折れた。随分遠い寄り道だな、と思っていると、公園通りへとやや強引に合流する。


「この分じゃ駐車場は無理だな」


「先生、まさか野々石公園に?」


「物欲しそうに見てたろ」


「えっ、違います。ああもうそんな時期なんだなと思っただけです」


「停めるのは難しそうだから、その辺で降りて好きなだけ見てこい。金はあるか?」


「こんな目立つ格好でこんな場所歩けませんよ」


 主張の強いオレンジ色の作業服が夏祭り会場でどれほど注目を浴びるかなど、想像したくもない。


「なら運転を代われ。適当に流してる間に何か買ってきてやる。何が欲しいんだ?」


 いつになく頓珍漢(とんちんかん)なことを言う師匠に、くすりと笑いそうになったのはほんの一瞬。たちまち鳩尾(みぞおち)の辺りがしくしくと痛み出す。どうしてこんなに苦しいのだろう、的外れな優しさというものは……。


 何でもない風を(よそお)って一希は答える。


「いいんです、どうせ買うほどのものなんて売ってないんです。子供のおもちゃとか、昔ながらのお菓子ぐらいで……すみません、せっかく寄ってくださったのに」


 もっとまともな服装だったら、新藤と一緒に出店を冷やかして歩いてみたかった。そう思うとますますいたたまれず、一希はうつむいた。新藤の視線を感じる。一希の真意が読めず困惑しているのが手に取るようにわかる。


 やがて新藤は(あきら)めたようにハンドルを切った。


「すみませんでした、お時間をお取りして」


「まったくだ。こんなとこまで来たんだから、もうひと仕事付き合え」


「はい、何なりと」




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