一流
「一トン半って、かなり大きいですよね」
「それなりにはでかいが、型は典型的だそうだ」
「それをわざわざ新藤さんほどの方に連絡してきたのって、避難範囲を調整するためですか?」
「そういうことだ。現場が商業地域のど真ん中だからな。決して珍しい話じゃない」
一希は大きくうなずく。
さっきの話だと、埜岩の担当者が算出した避難範囲が半径一キロなのだろう。しかし、陸軍としては安全を最優先しながらも、現場がオフィス街となれば、避難の範囲や時間は最小限で済ませたいはず。
「避難のせいで営業時間が減って、苦情が来たりするからですよね?」
「そうだな」
「何年か前、大きなデモがありましたもんね。営業妨害の分、税金で補償しろって」
「国にとっても頭の痛い話でな。補償は現実的じゃない。かといって、見つかったもんは放置できんし、避難させなけりゃ怪我人が出るかもしれん。ただ、安全に避難人数を減らせるなら話は別ってことだ」
目安となるオフィス街方向の避難範囲を、六割にまで減らしてくれる救世主。それが新藤だ。作業時間も他の処理士より短いはず。
新藤に期待されているのは、いわゆる爆風域転向。爆弾を布置する向きや防護壁の設置方法を調整し、万一の場合の爆風域を操作する技術だ。
「爆風域転向って、計算の正確さも必要だし、実際の配置もその通りじゃなきゃいけないから……責任重大ですよね、普通の安全化以上に」
「そりゃそうだ。だから追加料金を取る」
「南は六百っておっしゃってましたけど、その分、北が伸びる可能性はあるんですよね?」
「伸びるのが普通だ。ただし北側は過疎エリアだからな」
電話しながら地図を見て、素早くその判断もしていたのだろう。さすが業界ナンバーワン。
「いつなさるんですか? この件」
「まだ決まったわけじゃない。必要なら折り返し電話がくる」
「誰に発注するかをあちらが検討してるってことですか?」
「そうだ。割増を払う価値があるって結論が出ない限り、俺の仕事にはならん」
電話の相手は今頃、しかるべき人物にかけ合っているのだろう。
やはり、学校で学べることなどたかが知れている。駆け出しの補助士が実務の裏事情まで把握している必要はないが、理論を概ね理解している一希の興味は、現場へと強く吸い寄せられていた。
かの内戦に早くから関心を抱いたのは、家庭環境のせいだろう。
一つの家族に二つの血。異なる血の間に和を思い描くことは、この国の大多数にとって難しい。父と母が別々の血を持っていることは、決して外で口にしないようにと教えられた。
実は、一希が小学校に上がる頃には、従兄の忠晴との縁談が持ち上がっていた。あの事故の少し前のこと。
一希から見た忠晴は、小さい子みたいにすぐ得意になるし、ろくに話を聞いてくれないし、物の扱いも荒っぽい子。しかも従兄妹同士なのに、なんで結婚なんか、と一希は反発を覚えた。
親たちが二人をくっつけようとしたのも血のせいだろうと、今なら想像がつく。父の弟である叔父の一家は、そろって純血のスム族だ。そこに生まれた忠晴が嫁探しに苦労することを見越して、一希に目を付けたに違いない。
一希の両親とて、スムを父親に持つ一希の将来に不安があったはず。叔父はスム族の多い藁志ヶ谷という田舎町で建設会社を営んでおり、地元ではちょっとした権力者。忠晴はその跡取りだから、そこへ嫁がせれば将来は安泰、ともくろむのも親心だ。
だが、跡取りは死んだ。嫁になるはずだった従妹が悲運を呼び込んだせいで……と、あの家族はきっと今も信じている。