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爆弾拾いがついた嘘 【改稿版】  作者: 生津直
第1章 弟子入り
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再訪


 今日も一希は、新藤を待ちぶせた。


 学校ではやはり教本をなぞるばかりで、学びの実感は皆無。このまま勉強のふりだけを続けることが我慢ならなかった。


 だからこそ、行動を起こしたのだ。腕利(うでき)きの処理士、新藤建一郎の助手としてそばに置いてもらえたら、きっと山ほど収穫があるに違いない。


――四十八、……四十九、……五十! ふあー!


 腹筋、背筋、スクワットに腕立て伏せ。不発弾処理業は体が資本だ。一希は体力はある方だが、男ばかりの業界では身体能力の差がどうしても目に付く。せめて、できることは何でもやりたい。


 日が(かたむ)き始めた頃、車のエンジン音が近付いてきた。


――あっ、帰ってきた!


 待ちわびた(ほこり)まみれの車体に思わず駆け寄る。運転席の窓がすうっと下がり、新藤の(あき)れ顔が(のぞ)いた。


「またお前か。何なんだ、毎日通うつもりか?」


 歓迎ムードには程遠いが、存在をおぼえてもらえていることはありがたい。


「新藤さん、昨日はどうも……突然すみませんでした」


「極めてわかりやすく断ったつもりなんだが、伝わらなかったのか?」


「その件なんですが、お給料が欲しいわけじゃないんです」


 新藤の立派な眉がぴくりと反応した。


「ただで使いっ走りをさせろ、と?」


「はい」


「何を(たくら)んでる?」


「えっ?」


「お前に何のメリットがあるんだ? 何かしら狙いがあるんだろ」


 一希は慌てて首を振る。


「いえ、狙いだなんて……ただ、見てみたいなと思いまして。その、どんな感じなのか」


「何がだ?」


「えっ……と、処理士の日常、というか……」


 まずい。これではまるで単なる覗き趣味だ。不発弾の処理作業や探査は、資格試験を受けて初級補助士になっていなければ見学を許可されない。その最低限の資格すら持っていないのに、一体何を見たいのかと警戒されてしまう。


 一希が言葉を探している間に、


素人(しろうと)に見せるもんは何もないぞ」


と、ぴしゃり。


「お願いです! お邪魔にならないようにしますから……」


「お前、昼間からずっとここにいたのか?」


「あ、二時頃に一度来て、お留守だったので、埜岩(のいわ)基地にご挨拶に行ったりして時間をつぶして」


 埜岩はこの辺りで最大規模の陸軍基地だ。不発弾処理の仕事は彼らと深い関わりがある。


「ご挨拶? まさか助手はいらないかと聞きにいったんじゃないだろうな?」


「いえ、軍は入隊要綱がかっちり決まってますから、さすがに飛び入りでは……。倉庫周りにいた方々と雑談しただけです」


 といっても、歓待されたわけではない。彼らは、女が不発弾処理業界を目指すこと自体を一笑に()した。思い出すと悔しさが込み上げる。


「軍員を暇つぶしに使うとは、大した(つら)の皮だな」


「あの、履歴書だけでも受け取っていただけませんか? これ……」


「もらってやるからとっとと帰れ」


 新藤は一希の手から封書をひょいと抜き取る。




 そのとき、母屋からジリリリリン、と電話らしき音。新藤は慌てるでもなく車を庭に乗り入れ、玄関先で降りて母屋の中へと消えていく。


 一希は小走りにそれを追い、五十センチほど開いた戸口からそっと様子を(うかが)った。


 ひんやりとした空気が肌に触れる。殺風景な空間。床はコンクリートが()き出しで、土間(どま)といった雰囲気だ。


 新藤は土足のまま電話に出ていた。壁掛け電話の螺旋(らせん)状のコードが目一杯伸びきっている。壁には大きな地図。


「一キロ……だと、そうだな、南のオフィス街が丸ごと入っちまう。……ん? ……ああ、そうか。まあ最終決定は現場を見てからだが、今のところ南は六百で想定しといていいぞ」


 一キロ。六百。それらが近隣住民の避難範囲を意味することは一希にも察しがついた。


 爆弾の信管を抜く安全化処理には、常に爆発の危険がある。そのため、周辺地域には必ず避難命令が出され、その範囲は爆弾の種類や大きさ、破壊力などによって決まる。


「その状態なら標準でいい。割増は距離短(きょりたん)の分だけだな。……ああ、よろしく」


 新藤が電話を切り、こちらへやってくる。一希はすかさず食いついた。


「今のお電話、埜岩(のいわ)基地の方ですか?」


「ああ」


「お仕事の依頼ですよね?」


「まあな。埜岩の不発弾処理部が警察から連絡を受けて現物を確認し、運搬の可否と、安全化か爆破かの見通しを立てて、妥当と思われる処理士に連絡してくる」


 車に戻る新藤を追いかけて、一希は尋ねた。


「『妥当と思われる』っていうのは、技術力のことですか?」


「まあ一つにはな。あとは自前の装備がどの程度そろってるか、手が()いてるか、どこに住んでるか、あっちの予算との兼ね合いとか、いろいろだ」


「ちなみに今のは……?」


「デトンだ。一トン半」


 かの内戦で落とされた単体の爆弾の大多数がこのデトンだ。形状はいろいろあるが(おおむ)ね円筒に近く、重量は五百キロから二トン超までさまざま。




 この小さな島国の人口の大半を占めるワカ(和迦)族と、少数派のスム(栖無)族。普通に暮らしている分には区別のつかない二つの民族が、四十数年前、果てしなくいがみ合った。


 兵士の数ではワカの足元にも及ばなかったスムだが、兵器の破壊力はワカの予想を大きく上回った。もともとスムの方が文明のレベルは圧倒的に上だ。遺伝的に知能指数が高い傾向があり、調和よりも競争を重んじる文化を持っているせいらしい。


 内戦時は、ワカにとっては小型飛行機がまだ新しく、空爆はスムの専売特許。ワカが多数を占める大都市圏は壊滅的な被害を受けた。


 ここ古峨江(こがえ)県も激戦に見舞われたが、地盤が柔らかいため、爆弾が投下時に予定通り爆発しないケースが多発。その分被害が小さくて済んだとも言えるが、問題はこれらが不発弾として今も地中に埋もれていることだ。


 一希が背負ったあの日の()まわしい記憶も、内戦の副産物による犠牲だった。




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