表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
爆弾拾いがついた嘘 【改稿版】  作者: 生津直
第2章 修練の時
43/114

作業服


 帰りの車中で一希は尋ねる。


「菊乃さんって、お住まいはどちらなんですか?」


「二駅先の賃貸(ちんたい)アパートだ」


 なるほど、あの売店までバスならそう遠くない。


「お一人で?」


「本人の強い希望でな。しかし、憎まれ口だけは(おとろ)えないが、いろいろ億劫(おっくう)になってきてるみたいだ」


「私、訪問サービスの整体、探しときましょうか?」


「いや、来てくれるようになっちまったらますます出かける理由がなくなる」


「あ、そっか……」


「あの売店だって大して忙しくないからな。こもりっきりになれば動けるものも動けなくなる」


「そうですね。息子さんはお近くに?」


「さっき話に出てきた息子は車で一時間ちょいのとこにいる」


「他にお子さんは……」


「そいつが末息子で、すぐ上に姉さんがいて、上に男がもう二人」


「四児の母かあ。あ、それプラス先生もですもんね。納得です、あの迫力」


「しかも旦那は結核(けっかく)でさっさと死んじまってる」


 一人で五人育てたようなものだったろう。


「目が見えないのはいつ頃からなんですか?」


「六十過ぎた頃かな。ただ全盲ってわけじゃなくて、光とか動きなんかは多少感知できるらしい」


「ご不自由でしょうね。お食事なんかは……」


「俺と同じ手段で乗り切ってるな」


「あ、ナガイですか?」


 新藤が出前を愛用している食事(どころ)の名だ。


「いや……まあ、もろもろの出前だ。ま、(めし)に関してはそれで不満はないだろう。目が見えた頃から炊事はあんまり好きじゃないから」


「そうですか。まああの辺ならいろいろありますからね。値段も良心的なところが多そうですし」


「婆さんケチだからな」


 ケチといえば、新藤が檜垣への手土産を省略しようとした件を思い出す。血がつながっていないとはいえ、菊乃と新藤は(はた)から見れば十分に親子だった。


「似てますね、先生、菊乃さんに」


「冗談じゃない。俺のどこがあんななんだ」


「そうやって食ってかかるとこですよ」


「俺は普通に反論してるだけだ」


「菊乃さんもご自分ではそう思ってらっしゃるかもしれないですね」


 新藤は再び反論しかけて口をつぐみ、運転に専念した。




 帰宅後、オレンジ色の作業服に着替えて大机に現れた一希に、新藤が目を丸くする。


「お前それ、どうした?」


「先生が買ってくださった、私の作業服第一号です」


「いや、でもあれは……」


「直したんです、サイズ」


「直した?」


「といっても、つなぎは初めてだったんで、ちょっと苦戦しましたけど」


(すそ)を切るのはわかるが、幅は?」


 一希は決して細い方ではないが、それでも胴回りはいくらかだぶついていた。


「幅も少し詰めました。前にアルバイトをしてた工場の食堂に、母ぐらいの年齢のおばさんたちがたくさんいたので聞きにいってみたんです。そしたら、上下を一旦ばらしてしまえば、あとはそれぞれを詰めるだけだって……言われてみればその通りですよね。それで、ミシンも貸してくれるって人がいて……」


「ここんとこ、ちょくちょくいなかったのはそれか」


「はい、すみません黙ってて。うまくいくか自信がなかったもので。実際、上下の幅を合わせて最終的につなぎ直すのは結構難しくて……」


 それでも、社会の窓から襟元(えりもと)までファスナーでつながったタイプではなく、上半身の合わせが別途ボタンになっていたからまだ手間が省けた。


「ふーん、そんなことができるもんなんだな」


 新藤は感心しきりといった様子だ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ