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爆弾拾いがついた嘘 【改稿版】  作者: 生津直
第2章 修練の時
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憂鬱


 新藤を目指すための第一歩として、一希は工業高校を志望した。母は女の子が行くところじゃないと反対したが、一希が(ねば)るうちに徐々に態度を軟化(なんか)させた。


 自分も苦労してきたから、女の子が手に職をつけるのも悪くないと思ったのかもしれない。あるいは、毎年女子が一割にも満たないと知り、同窓生同士で結婚させるのに有利だとでも期待したか。


 一希が見事合格したとき、母は全身を(やまい)(おか)されていた。医者にはあと一年と言われたが、春風邪をこじらせて亡くなった。一希の入学式に出るのだと最期(さいご)まで望みをかけながら……。


 一希の高校時代は、勉強とアルバイトと家事に追われる日々だった。青春と呼ばれるものの色や香りは記憶にない。やもめとなった父は、同級生の父親たちと比べるとはるかに()けて見えた。


 生涯を通じて世の偏見に悩まされ、働くことが難しかった父は家にこもりがちだったが、かといって家事ができるわけでもない。母がアルバイトを掛け持ちして家計を支えながらすべてを引き受けていたのだ。


 いわば大黒柱だった母が亡くなり、一希が後を継ぐしかなかった。世話をすべき弟や妹がいないことと、父が国から終身給付を受けていた戦災孤児補償金が救いだった。


 父はもとより娘の将来をさほど気にかけておらず、一希が技術訓練校への進学を目指すと打ち明けたときも、何科に行くんだと(たず)ねもしなかった。世間知らずの父には、そもそも専門分野が分かれていることさえ想像がつかなかったのかもしれない。


 受験を一年後に(ひか)えた冬、一希が帰宅すると、父がトイレで倒れていた。すでに息はなかった。とにかくショックだったし、各所への連絡に手一杯だった。


 病院で(きよ)められた遺体と二人きりになったとき、ようやく涙が出た。父を失った悲しみ以上に、これで少し生活が楽になるという安堵(あんど)と、そんな思いを抱いてしまう自分に対する嫌悪感で泣いた。




 ふと気付いて腕時計を見る。水平線に沈む夕日を見送ってから、思いがけず時間が経っていた。このままでは体も冷え切ってしまう。


 憂鬱(ゆううつ)な心を引きずるように自転車にまたがり、車道の右側をのろのろと走った。交通量は少ないから、ぽつりぽつりとある街灯と、自転車に付けた弱々しいライトだけが頼りだ。


 途中すれ違った車が一台。追い抜いていったのが一台。そして今、新たに一台が背後から近付いてきている。


 と、その車がはっきりと減速したのが音でわかった。警戒して振り向くと、見慣れた軽トラック。開いた窓からは新藤の(けわ)しい顔が見える。


「あ、先生……」


 新藤は車を申し訳程度に端に寄せて停めた。


「随分と長旅だな。何やってんだ、こんな遅くまで」


「……すみません」


(あやま)れと言ってるんじゃない。何やってんだと聞いてるんだ」


「今、帰るところです」


「奇遇だな、俺もだ。今までどこにいた?」


「埜岩基地に行って……」


「四時半頃電話したら、とっくに出たと言われたぞ」


「すみません、その後、寄り道してました」


「なるほど。しかし買い物にしちゃ身軽だな」


「そう、ですね」


 身軽どころか、手ぶらだ。


「何があった?」


「何も……気分転換してただけです。自転車乗ってたら、もう少し走りたくなっちゃって」


「サイクリングを楽しむのは自由だが、時間を考えろ。真っ暗だぞ」


「大丈夫です、子供じゃありませんから」


 そう言いながら、軍曹に言われた「女子供」という言葉が脳裏をよぎり、涙が込み上げそうになる。いやだ。先生に泣きつくなんて絶対にいやだ。他の誰かならともかく、先生にだけは……。




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