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爆弾拾いがついた嘘 【改稿版】  作者: 生津直
第2章 修練の時
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お呼ばれ


 一希の道具渡しにはだいぶ余裕が出てきた。工具をあらかじめサイズ順に並べ、号数の指定がなければ状況からあたりをつけて三つほど新藤に見せ、選ばせる。その他の補助業務でも、ある程度先を読めるようになりつつあった。


 これだ、という充実感。実務に直結した学び。現場で役立つと確信できる訓練。それを業界トップから直々(じきじき)に得られるのだから、文句のあろうはずもない。


 知識も対応力もまだまだ頼りないが、この方向に進めばよいという羅針盤(らしんばん)を得たことは大きい。補助士になれそう、という希望が、はっきりと一希の前途(ぜんと)を照らし始めていた。


 一希の進歩を見るや、新藤は次々と新しいことを教えた。さまざまな爆破装置の設置はもちろん、初級補助士を目指している段階ではまだ気が早いと思われるような、信管へのアダプターレンチやロケットレンチの取り付けに、離脱作業そのものまで。あらゆる状況判断についてもどんどん指導する。


 特にオルダの解体は、こんなに早く教えてもらえるとは思ってもみなかった。


 オルダにも種類があるが、最も基本的な円筒型のストロッカに至っては、処理済みの実物を使い、本番さながらに全身を覆う防爆衣を着け、一希一人で模擬解体作業を終えられるまでになっている。


 外が(すず)しくなると、探査実習にも出かけた。探査済みのエリアに不活性の爆弾を仕込み、探査機で検知して爆破準備をするところまで。実際に点火できるようになるのは補助士の資格を取ってからだ。




 古峨江(こがえ)市内を端から端まで丸ごと横切り、さらに隣町の賑わいを後にした閑静(かんせい)な住宅街に、檜垣稔(ひがき みのる)の家がある。


 一希が檜垣家を訪れるのは、助手にしてくれと押しかけたとき以来、半年ぶりだ。二階建ての一軒家。庭も広々としているし、洋風の家具や調度品も立派だった。檜垣がこの家に住んで五人家族を(やしな)えるのなら、うちの師匠だってもう少しいい暮らしができそうなものなのに、と一希は思う。


 ピンポーンという品のいい呼び鈴に(こた)え、ドアが開いた。


「こんにちは……きゃー、かわいい!」


 玄関で二人を迎えた檜垣の腕に、きょとんとした表情の赤ん坊。もう六ヶ月になっているはずだ。


 新藤は檜垣を丸っきり無視して赤ん坊の方に話しかける。


「おお、リアン、久しぶりだな。さすがに大きくなった。おっ、ちょっと母さんに似てきたか? よかったなあ」


「おい、どういう意味だ」


 檜垣が新藤の頭をはたき、リアンと呼ばれた赤ん坊を渡す。次の瞬間、一希は目を疑った。抱っこなんていやだと拒むのかと思いきや、新藤はあっさり受け取って頬ずりまでしている。


「いらっしゃい、冴島さん。久しぶりだね」


「檜垣さん、その節はありがとうございました。あ、これ、プリンなんですけど、お口に合うかどうか……」


「あ、楓仙堂(ふうせんどう)じゃない。ありがとうね、気(つか)っていただいて」


 誰もが知っている老舗(しにせ)の洋菓子屋だ。新藤が手ぶらでいいと言い張るので自分の貯金で買ったが、それを知った新藤が結局は出してくれた。プリンごときがなぜこんなにするんだとぶつくさ文句を言われたが。


 リアンは真ん丸の目をぱちくりさせて新藤の顔をじっと見つめている。それをいつになく柔らかな表情で見つめ返す師匠は、およそ仕事の鬼には見えなかった。


「俺のことおぼえてるか? 病院で一回会ってんだぞ」


 そこへ、


「バキューン!」


 新藤が指鉄砲に撃たれ、腹を押さえてくの字になった。


「うおっ、やられたー! ってか、不意打ちは卑怯(ひきょう)だぞ。こら、カイト!」


 長男カイトはダッシュで逃げ、廊下の奥からあかんべえをする。腕白(わんぱく)真っ盛り、七歳の男の子だ。新藤は、


「ほーら、冴島のおばちゃんだぞ」


と、リアンを一希に渡し、カイトの捕獲に向かった。


「ちょっとその紹介ひどくないですか? よっ……こらしょ」


 新藤は何の違和感もなく抱っこしていたように見えたが、意外にバランスが難しい。


「よお、カイト。また背伸びたんじゃないか? そのうち抜かれるな」


「にょきにょきにょっきーん! ねえケンケン、ちょっと来て。いいもん見せたげる」


――ケンケン⁉


 新藤の名前が建一郎であることは一希も承知しているが……。


「いいもんは飯の後でな。ほら、母さんの手伝いしなくていいのか?」


「してたもん」


と膨れるカイトに、台所から声がかかった。


「まだ途中だけどね、サラダの盛り付け」


「あ、芳恵(よしえ)さん、ご無沙汰してます。お招きありがとうございます」


「一希ちゃん、いらっしゃい。あらあ、リアンよかったわね。もう仲良しになったのね」


 リアンはおとなしく一希の腕の中に(おさ)まっていた。


「全然人見知りしないんですね」


「同じ女の子でもミレイのときとは大違い。やっぱり三人目ともなると図太いのかしらねえ」


「かーわいい。でも結構重いんですね、六ヶ月の赤ちゃんって」


「あ、下ろして大丈夫よ。もうお座りできるし。ハイハイはまだちょっと下手っぴいだけどねえ。あ、ケンちゃん、ほら、飲み物適当に出して始めてて」


「ん。ミレイはどうした?」


 新藤が辺りを見回すと、檜垣が天井を指差す。なるほど、今日は二階にいるのだ。ミレイというのは一番上の女の子だが、一希が初めて来たときには友達の家に行っているとかで留守だった。


「あいつ、また何かへそ曲げてんのか?」


「特に何ってわけでもないんだよな。何なんだろな」


 (はな)の十四歳。父親には未知の生き物に見えるだろう。




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