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爆弾拾いがついた嘘 【改稿版】  作者: 生津直
第1章 弟子入り
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対面


 広々とした敷地。その外側を何周しただろう。靴底に触れる土が心地よくて、一希は走り終えるタイミングを(いっ)していた。


 待ち時間をジョギングで埋めているのは、決してダイエットのためではない。同年代の女子の中でやや太めに見えるのは、骨格や筋肉のせいだ。ひどい風邪で体重が減ろうとも、「がっしり」した印象は変わらない。このところ運動に励んでいるのは体力作りのためだ。


 ジャージの上下に、(いた)んだスニーカー。伸びきった髪は黒いゴムで一本に(たば)ねただけ。この格好で今日も授業を受けた。


 補助士養成科で一希が紅一点なのは明白。かといって男子からちやほやされる(がら)でないのは一希自身が一番よくわかっている。今は特に、勉強最優先でなりふりかまっていられないからなおさらだ。




 放課後にバスを一本乗り換え、隣町で下車した。


 停留所から坂を上がった丘の上に、不発弾処理士、新藤(しんどう)建一郎( けんいちろう)の自宅がある。外見よりも機能にこだわったらしき、殺風景なコンクリート造りの平屋。


――家っていうより、工場か倉庫みたい……。


 こうして足を運んだのは、電話だと適当にあしらわれそうな気がしたからだ。国内トップの実力を誇る名処理士に、果たして話を聞いてもらえるだろうか。訓練学生ごときが、しかも前例のない女子生徒が、相手にされるだろうか。


 住所は電話帳で調べがついた。一希はこの三日間、新藤宅に(かよ)ってはその主を待ちぶせている。今日こそ会えますように。


――よし、もう一周したら休憩。


 スパートをかけようとしたそのとき、車の低い(うな)りが聞こえた。


――あっ、もしかして……。


 足を止め、耳を澄ます。


――あ、上がってくる!


 一希はとっさに、木の陰に身を隠した。わざわざ会いに来ておいて隠れるのも変だが、いざとなると、万端(ばんたん)だったはずの心の準備が一割ほど後退する。


 まもなく、音の正体が姿を現した。


 本来は水色なのであろう軽トラック。土埃(つちぼこり)をしこたまかぶり、見るも無残だ。西日を背にして車内は見えないが、荷台には機材や工具箱が所狭(ところせま)しと積まれている。


 (あん)(じょう)、その軽トラは門柱の脇を折れ、庭へと乗り込んでいった。砂利(じゃり)の上を進み、車庫の前に停まる。


 エンジン音がやみ、降りてきたのはオレンジ色の作業服を着た大柄な男。


――うわ……本物。


 顔は写真の通り。専門書の寄稿欄などで何度か見かけた仏頂面(ぶっちょうづら)だ。おそらく三十代前半。おじさんと呼ぶにはちょっと若いぐらいか。(くせ)の強そうな黒髪が、日に焼けた(ひたい)縁取(ふちど)っている。


 新藤建一郎は車庫のシャッターを上げ、運転席に戻った。


――どうしよ……失礼のないようにしなきゃ。


 電話もせずに訪ねてきたことを今さら悔やんだが、ようやく手に入れたチャンス。


 そう、これが第一歩になるのだ。十一年前のあの日以来、自分が背負った使命を果たすための……。


 一希は「ええい!」と気合いを入れ直し、車庫から出てきた新藤に声をかけた。


「新藤さん……」


 自分でも驚くほど、か(ぼそ)い声。気付けば目が合っていた。汗の浮いた(ひたい)の下で太い眉がぎゅっと寄る。一希の声はますます上ずった。


「は、初めまして! 私、早川(はやかわ)技術訓練校で不発弾処理を学んでおります……」


 名乗りかけたのを(さえぎ)られ、


「何の用だ?」


 低く平坦な声が一希のつむじに浴びせられた。


 顔を上げると、黒々とした二つの目。わずかな異常も見逃さず、どんな現場も完璧に守る、あの新藤建一郎の目だ。


 一希は無意識に姿勢を正す。


「お忙しいところすみません。私、新藤さんのご活躍をいつも専門誌などで……」


「お忙しいとわかってるんならさっさと用件を言え」


 新藤は大きな工具箱を手に、のっしのっしと母屋(おもや)に向かう。一希は反射的に追いかけるが、用意してきた言葉が思い出せない。夢中で言葉をつないだ。


「え……っとですね、あの、助手は()りませんか?」


――しまった! 


 緊張の上に慌てたせいで、前置きがすっ飛んだ。


 振り向いた新藤に見下ろされる。オレンジ色が(まぶ)しい。


「実習希望なら学校を通すのが(すじ)じゃないのか? いきなり押しかけてくるとは非常識も(はなは)だしいな。担当教官は誰だ?」


「あ、違うんです。実習は秋頃に希望者を(つの)るみたいなんですけど、私、先月入学したばかりで……そうだ、これ、履歴書お持ちしました」


 新藤はその封書に目もくれなかった。


「四月入学か」


「はい。何か私にできることがあればお手伝いを……」


「資格は?」


「まだ、これからです」


 一希は精一杯の笑顔で答えたが、新藤は石のように固まっていた。顔付きがますます険しくなる。


()()()()()()()?」


「はい」


「一体何ができると思ってるのか聞いていいか?」


「たとえば、荷物持ちとか、機材の片付けとか、帳簿の管理とか」


「あいにくどれも間に合ってる」


「あと、お留守番とか、掃除、洗濯とか、お使いなんかでも……」


「家政婦の真似事(まねごと)なら他を当たってくれ」


 新藤は、玄関の引き戸に鍵を差しながらきっぱり。


「うちには余分な予算はない」


――予算?


 カラカラと扉を開き、新藤は中へと姿を消す。


「あ、いえ、そうじゃなくて、ちょっと待っ……」


 一希の目の前で、カラカラと戸が閉まった。


「新藤さん、違うんです。ちょっと聞いてください!」


 古びた戸を叩くと、思いのほか大きな音がして恐縮する。聞き耳を立ててみたが、新藤の気配はすでに遠ざかっていた。




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