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爆弾拾いがついた嘘 【改稿版】  作者: 生津直
第2章 修練の時
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血の三日月


 川の対岸にオレンジ色の作業服姿が二つ。新藤と年若い補助士だ。


 一希は双眼鏡を目に押し当て、立ち入り禁止のテープギリギリのところから二人を見守る。まだ資格がないから、ここから見るのが限界だ。


 新藤が荷台から降ろした探査機で、補助士が探査を始めた。


 不発弾を検知する探査機は、遠目に見れば本体のない掃除機のような格好だ。先端の探査板を地表すれすれにかざしながら歩く。




 探査については、不発弾の危険性を教える児童向けの絵本でも触れられている。一希が初めて読んだ不発弾関連の本がそれだった。


 表紙の絵に強烈な印象を焼き付けられた。向かい合った赤い三日月と青い三日月は、二つの民族を表したものだろう。間に浮かぶ白い満月は、まだ訪れたとは言いがたい平和の象徴に見えた。


 スムとワカは、顔つきも背格好も肌の色も、使う言葉も変わらない。スムの方が比較的毛深いとか、天然パーマが多いとか、彫りが深いとかの統計的な傾向はあるらしいが、個体別に見ればワカや他の民族にだってそういう人はいくらでもいるから区別の基準にならないのだ。


 スム族が北方の島から国中へと移り住んだ近代以降は、住む土地が明確に分かれているわけでもない。多少の文化的な違いこそあれ、普通に暮らしている分には両者の見分けはまずつかない。有名人の誰々が実はスムではないかという噂が後を絶たないのもそのせいだ。


 それを()えて見分けようとするのが人間。スム族を野蛮なものとして毛嫌いし、(みずか)らとの区別を望んだワカ族は、スムの体に印を(きざ)むという法律を可決した。


 それが血の三日月。文字通り血の色をした三日月型の刺青(いれずみ)だ。


 国中の産婦人科や助産院では、親の種族を縁戚戸録(えんせきころく)で確認し、スム族の両親を持つ子供には生後一年以内にこの刺青を彫る。悲しいかな、声の大きい者が勝つのは世の常であり、声の大きさとは概して数の多さである。


 ただし、数の少ない者がいつまでも黙っているとは限らない。実際、この「印」の導入が内戦の最大の引き金になった。


 血の三日月は、当初は左胸に彫るものと決まっていた。内戦終結後、体のどこに入れてもかまわないという規則の緩和が行われ、下腹部に入れる者が増えたらしい。それなら、よほど親しい仲になるか銭湯にでも行かない限り目に付かないからだ。


 従兄姉(いとこ)たちが体のどこに印を持っていたか、一希は知らない。短パンを穿()いても、袖のないシャツを着ても、三日月が見えたことはなかった。もし忠晴と結婚していたら、いつか見ることになっただろうが。


 一部の私立中学には泊まりがけでの社会科見学があり、生徒は男女別に大浴場を利用すると聞く。もちろん入学前にはわかるから、その環境にスムが好き好んでまぎれ込むことはないはずだ。


 一希はずっと公立だが、小中高と振り返ってみれば、誰々ちゃんとは遊んじゃいけないと親に言われた、と急に言い出す子がときどきいたものだ。親同士で「あの家はどうやらそうらしい」という話が出ることもあっただろうから、そのせいだろう。


 こうしてクラスで(うと)まれ始めた子たちが本当にスムだったのかはわからずじまいだが、もしそうなら、彼らの宿命には心から同情する。彼らが持って生まれた血が、一生ついて回る呪いであることを一希は知っているから。


 スムに課される(かせ)とも言えるこの印は、ようやく完全廃止が議論され始めたところだ。




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