道具渡し
「重量は九百キロ。処理士一人が指揮をとって、もう一人の処理士が雷管伸長器、上級補助士が時限装置を離脱するケースを想定する。この二人の道具渡しがお前だ」
「はい」
「じゃ、これな」
渡されたのは、静電気防止バンド。機雷は電気で発火する機構を持っているため、それを防ぐために腕に巻く。
傍らには三段式の工具箱が置かれた。上部を左右に開くと、それぞれが階段状の収納エリア。中は仕切られ、工具は種類ごとに整理されていた。
「始めていいか?」
「はい、お願いします」
一希は新藤の右手にスタンバイする。
「八号レンチ」
工具箱の中を覗き、レンチが入っている場所から「8」と書かれているものを見つけて渡す。
「ドライバー」
そう一口に言われても、大小さまざまある。
「すみません、どれ、です、か?」
「何に使うかわかるか?」
「えっと……隙間に入れて角度の調整、ですか?」
「とりあえずはな」
手頃と思われるものを一つ渡してみる。新藤はその先端を見つめ首を振る。
「もう一個上」
一希は今のドライバーを他と見比べ、一号上のサイズを渡す。
「ライト」
「ライト?」
「明かり。照明。懐中電灯」
「あ、はい」
懐中電灯を渡そうとすると、新藤は右手にレンチ、左手にドライバーで時限装置と格闘中だ。
――あ、そっか……。
一希は斜め上から新藤の手元を照らす。すると新藤の手が、懐中電灯をぐっと低い位置に引っ張った。なるほど、時限装置周囲の隙間の中を照らせということか。
「ブラシ」
一希は泥落とし用のブラシを渡し、元の位置を再び照らす。
そんな調子で、新藤は一人二役をこなしながら一希にあらゆる道具を要求した。
模擬離脱作業が終わる頃には、一希はその場にへたり込みそうな疲労感に襲われていた。新藤が醸し出す緊張感が本番さながらだったせいでもある。
「まあ、最初はこんなもんだろう。しかし、このままじゃ好んで使ってはもらえんな」
それは一希にもわかる。
「道具の名前はもちろん、号数もどれがどのサイズか把握しとく必要がある。手早く渡せるかどうかは準備の問題だ。あとは相手の世代とか出身地によって呼び名が違ったり、中には外国製品を好んで使う奴もいるから、微妙に形状が違ったりする。暇を見つけてこれをじっくり見ておけ」
ずしりと重たい工具図鑑だ。
「あとは状況だ。現場でわかりきったことをいちいち口に出すのは安全上必要なときぐらいだ。道具なんか細かく指定しなくても常識で察しろって空気がある。何に使うのか、なぜ今なのか、その辺りを察せるかどうかも補助士の腕の見せ所だ」
「はい」
実際に難しさを体験することで、今後の方向性が見えてくる。これは学校では感じたことのない一歩前進の実感だった。額の汗すら心地よい。




