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爆弾拾いがついた嘘 【改稿版】  作者: 生津直
第1章 弟子入り
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入居


 噂の威力を甘く見ていた。


 一希が学校を中退して住み込み修業を始めるという話は、早川技術訓練校の職員室を起点として瞬く間に町中を駆け巡り、在校生はおろか、高校の同級生までもが知るところとなった。


 女だから(もぐ)り込めたのだ、三十を過ぎて未だ家庭を持たぬ自由気ままな不発弾処理士が、私的な意図を持って連れ込んだに決まっている。そう陰口を叩く者は後を絶たないらしく、一希の元には数人の()()から「気にするな」と励ましが寄せられた。しかし、彼らとて果たして祝福ムードかといえば、本心は(うかが)い知れない。


――気にしてたまるもんですか。新藤先生に後悔されないようにしっかり頑張らなくちゃ。




 引っ越し当日には、相変わらず埃にまみれた()ブルーの軽トラが学生寮に横付けされた。


「新藤先生、お迎えわざわざありがとうございます。今日からどうぞよろしくお願いします!」


 一希は改めて頭を下げる。


 新藤は「ああ」と答えただけで、さっさと寮の入口に向かう。荷物は昨晩のうちに玄関にそろえてあった。


「これか?」


「あ、はい」

 

 一希が応じるが早いか、新藤が箱の一つをひょいと持ち上げる。


「あ、すみません、私やりますから……」


「ボーッと待ってろとでも言うのか? ほら、早くしろ」


「は、はい」


 これから居候(いそうろう)させてもらう身で、荷物まで運ばせるなんて申し訳ない。一希は小走りで新藤を追い越し、他の箱を次々と軽トラに積んでいった。


「走れとは言ってないだろ。転ぶなよ」


「はい、大丈夫です!」


 これも仕事に必要な体力作りのうち。そんな心境で一希は懸命に荷物を運んだ。


 お陰で積み込みはあっという間に終わり、早朝のうちに新藤宅に到着した。


 打ちっぱなしの土間から一段上がったところに、奥へと伸びる板の間の廊下。ここから先が居住空間だ。


 荷物を奥の部屋に下ろし、再び車へと向かう途中で一希は足を止めた。


 先日、遠隔抜きのテストを課されたときから気になっていた。玄関に向かって右手。壁に作り付けられた棚の両脇に鉄扉がある。


「先生、これって……」


 玄関から新藤が振り返る。


「ああ、処理室だ。オルダ解体用のな」


――やっぱり。


 やたら大きなこの母屋。きっと住居以上の用途があるという一希の読みは当たっていた。


「輸送可能な場合は現場から撤去して、他の場所で爆破もしくは安全化することもある。それは知ってるな?」


「はい」


 他の場所というのは、たとえばだだっ広い空き地、あるいは海上や海中。安全化なら軍の専用施設になることもある。


 大量の「子爆弾」をばらまくオルダ。単体の爆弾よりもさらに信管が不安定なため、個々の不発弾は爆破処理が通例。……だったのだが、十数年前、その安全な解体に成功した者がいた。


 新藤隆之介(りゅうのすけ)。この新藤建一郎の父親だ。


 元軍員にして我が国初の不発弾処理士。二十数年前に、陸軍が(にな)っていた不発弾処理を民間に委託させ、ビジネスとして確立した人物。


「さすがですね。自前の設備で安全化できるなんて」


 無資格者は立ち入りを許されない不発弾処理施設。それを当然のように自宅に備えている超一流処理士。彼の(もと)で、助手としての新生活がとうとう始まったのだ。


――いつか私も……。


 この中で爆弾を解体する。一希はつい立ち尽くし、処理室を見つめた。


「中を見たいか?」


「あ、でも、初級未満は立ち入り禁止じゃ……」


「お前が立ち入ったら俺の首が危ない。だが、見ちゃいかんという決まりはないぞ」


「あ、そっか」


 新藤はポケットから鍵を出し、一希にとっての夢の扉をあっさりと、いや、ガコン、と重々しく開いた。(かす)かに爆薬の匂いが(ただよ)う。


 灰色一色の長方形の部屋。十五畳ほどあるだろうか。中央には小学校の理科室を思わせる作業台が二つ。出入口はこちら側に二つと反対側に一つ。つまり、直接外に出られる造りだ。


 壁には頑丈(がんじょう)そうな棚があり、工具の他に堂々とオルダの子爆弾の部品が並んでいる。


「あれ、本物……ですよね?」


「ああ。外に出てるやつは全部処理済みだ。未処理の分は台の下に入ってる」


 なるほど、作業台の側面に扉が付いている。


「好き好んで触らなくても、地震だの火事だのがあれば爆発しないとも限らんからな。なるべく長くは保管しないようにしてるんだが」


 この処理室自体が防護壁の役割を果たすわけだが、万一爆発が起きれば、子爆弾とはいえ室内には相当な被害が及ぶはずだ。


 古傷が(うず)いた気がして、一希は左腕をそっと撫でた。あの林道の切り通しが目の前に広がっているような錯覚(さっかく)を覚える。


 想像よりずっと鋭く大きな爆発音。一希の体を軽々と吹き飛ばした爆風。飛散した破片は一希の左半身に容赦なく浴びせられ、幼い体を穿(うが)っていた。二度に及ぶ大手術で摘出された破片は二十数個。


 医者は奇跡だと言った。内臓破裂もなく、骨や肉の損傷もごくわずかで、少なくとも機能的には完治可能。あと一メートルでも近かったら障害が残ったかもしれない、と。


 だが、距離だけの問題ではなかったことを、一希自身も、世間も察していた。そこには一希を守る「(たて)」が存在したのだ。


 爆弾に覆い被さるように覗き込んでいた忠晴。衝撃の大半をその身に受け、即死した。


 事故という扱いではあるが、忠晴の死に(ざま)や一希の怪我の程度は、兵器の設計者にしてみれば狙い通りだろう。不発弾と化すことも織り込み済みで、長期的にダメージを与える計画が最初からあったというのだから、人類とはつくづく恐ろしい。


 生み出すのも人間なら、始末するのもまた人間。この処理室だって人間が作ったものだ。


 室内の壁には、防爆衣(ぼうばくい)が二着()るされている。


「あ、もしかしてここ、お父様のときから……」


「ああ」


 作業台が二つあるのもそのためかと合点(がてん)がいった。


 新藤が早くから父親の英才教育を受け、大学在学中に上級補助士の資格を取ったことは、専門誌のプロフィールにも書かれていた。オルダの解体については、ここで父親から指導を受けたのだろう。


 五年ほど前、隆之介の死去はニュースでも取り上げられた。業界や軍から見れば歴史を大きく変えた功労者。火葬場での関係者の集合写真を一希も業界誌で見たことがある。


「自慢の処理室だが、俺が作ったわけじゃない。もちろん協力はしたが」


「協力っていうのは、具体的な設計とかの部分ですか?」


「まあそれもあるが、主に交渉の方だな」


「交渉?」


「各所から許可をもらったり、施設管理の制度について話し合ったりってとこだ」


「むしろメインじゃないですか。お父様、それだけ先生のこと買ってらしたんですね」


「いや、逆だ。人間を相手に(こと)を進めるのは俺の苦手分野だったからな。克服させるのにいい機会だと思ったんだろう。まだ学生の頃だったが、お陰で根回しに懐柔(かいじゅう)、譲歩、いろんなことを学んだ」


 父親に鍛えられる新藤の姿は、一希には想像がつかなかった。




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