入居
噂の威力を甘く見ていた。
一希が学校を中退して住み込み修業を始めるという話は、早川技術訓練校の職員室を起点として瞬く間に町中を駆け巡り、在校生はおろか、高校の同級生までもが知るところとなった。
女だから潜り込めたのだ、三十を過ぎて未だ家庭を持たぬ自由気ままな不発弾処理士が、私的な意図を持って連れ込んだに決まっている。そう陰口を叩く者は後を絶たないらしく、一希の元には数人の味方から「気にするな」と励ましが寄せられた。しかし、彼らとて果たして祝福ムードかといえば、本心は窺い知れない。
――気にしてたまるもんですか。新藤先生に後悔されないようにしっかり頑張らなくちゃ。
引っ越し当日には、相変わらず埃にまみれた元ブルーの軽トラが学生寮に横付けされた。
「新藤先生、お迎えわざわざありがとうございます。今日からどうぞよろしくお願いします!」
一希は改めて頭を下げる。
新藤は「ああ」と答えただけで、さっさと寮の入口に向かう。荷物は昨晩のうちに玄関にそろえてあった。
「これか?」
「あ、はい」
一希が応じるが早いか、新藤が箱の一つをひょいと持ち上げる。
「あ、すみません、私やりますから……」
「ボーッと待ってろとでも言うのか? ほら、早くしろ」
「は、はい」
これから居候させてもらう身で、荷物まで運ばせるなんて申し訳ない。一希は小走りで新藤を追い越し、他の箱を次々と軽トラに積んでいった。
「走れとは言ってないだろ。転ぶなよ」
「はい、大丈夫です!」
これも仕事に必要な体力作りのうち。そんな心境で一希は懸命に荷物を運んだ。
お陰で積み込みはあっという間に終わり、早朝のうちに新藤宅に到着した。
打ちっぱなしの土間から一段上がったところに、奥へと伸びる板の間の廊下。ここから先が居住空間だ。
荷物を奥の部屋に下ろし、再び車へと向かう途中で一希は足を止めた。
先日、遠隔抜きのテストを課されたときから気になっていた。玄関に向かって右手。壁に作り付けられた棚の両脇に鉄扉がある。
「先生、これって……」
玄関から新藤が振り返る。
「ああ、処理室だ。オルダ解体用のな」
――やっぱり。
やたら大きなこの母屋。きっと住居以上の用途があるという一希の読みは当たっていた。
「輸送可能な場合は現場から撤去して、他の場所で爆破もしくは安全化することもある。それは知ってるな?」
「はい」
他の場所というのは、たとえばだだっ広い空き地、あるいは海上や海中。安全化なら軍の専用施設になることもある。
大量の「子爆弾」をばらまくオルダ。単体の爆弾よりもさらに信管が不安定なため、個々の不発弾は爆破処理が通例。……だったのだが、十数年前、その安全な解体に成功した者がいた。
新藤隆之介。この新藤建一郎の父親だ。
元軍員にして我が国初の不発弾処理士。二十数年前に、陸軍が担っていた不発弾処理を民間に委託させ、ビジネスとして確立した人物。
「さすがですね。自前の設備で安全化できるなんて」
無資格者は立ち入りを許されない不発弾処理施設。それを当然のように自宅に備えている超一流処理士。彼の下で、助手としての新生活がとうとう始まったのだ。
――いつか私も……。
この中で爆弾を解体する。一希はつい立ち尽くし、処理室を見つめた。
「中を見たいか?」
「あ、でも、初級未満は立ち入り禁止じゃ……」
「お前が立ち入ったら俺の首が危ない。だが、見ちゃいかんという決まりはないぞ」
「あ、そっか」
新藤はポケットから鍵を出し、一希にとっての夢の扉をあっさりと、いや、ガコン、と重々しく開いた。微かに爆薬の匂いが漂う。
灰色一色の長方形の部屋。十五畳ほどあるだろうか。中央には小学校の理科室を思わせる作業台が二つ。出入口はこちら側に二つと反対側に一つ。つまり、直接外に出られる造りだ。
壁には頑丈そうな棚があり、工具の他に堂々とオルダの子爆弾の部品が並んでいる。
「あれ、本物……ですよね?」
「ああ。外に出てるやつは全部処理済みだ。未処理の分は台の下に入ってる」
なるほど、作業台の側面に扉が付いている。
「好き好んで触らなくても、地震だの火事だのがあれば爆発しないとも限らんからな。なるべく長くは保管しないようにしてるんだが」
この処理室自体が防護壁の役割を果たすわけだが、万一爆発が起きれば、子爆弾とはいえ室内には相当な被害が及ぶはずだ。
古傷が疼いた気がして、一希は左腕をそっと撫でた。あの林道の切り通しが目の前に広がっているような錯覚を覚える。
想像よりずっと鋭く大きな爆発音。一希の体を軽々と吹き飛ばした爆風。飛散した破片は一希の左半身に容赦なく浴びせられ、幼い体を穿っていた。二度に及ぶ大手術で摘出された破片は二十数個。
医者は奇跡だと言った。内臓破裂もなく、骨や肉の損傷もごくわずかで、少なくとも機能的には完治可能。あと一メートルでも近かったら障害が残ったかもしれない、と。
だが、距離だけの問題ではなかったことを、一希自身も、世間も察していた。そこには一希を守る「盾」が存在したのだ。
爆弾に覆い被さるように覗き込んでいた忠晴。衝撃の大半をその身に受け、即死した。
事故という扱いではあるが、忠晴の死に様や一希の怪我の程度は、兵器の設計者にしてみれば狙い通りだろう。不発弾と化すことも織り込み済みで、長期的にダメージを与える計画が最初からあったというのだから、人類とはつくづく恐ろしい。
生み出すのも人間なら、始末するのもまた人間。この処理室だって人間が作ったものだ。
室内の壁には、防爆衣が二着吊るされている。
「あ、もしかしてここ、お父様のときから……」
「ああ」
作業台が二つあるのもそのためかと合点がいった。
新藤が早くから父親の英才教育を受け、大学在学中に上級補助士の資格を取ったことは、専門誌のプロフィールにも書かれていた。オルダの解体については、ここで父親から指導を受けたのだろう。
五年ほど前、隆之介の死去はニュースでも取り上げられた。業界や軍から見れば歴史を大きく変えた功労者。火葬場での関係者の集合写真を一希も業界誌で見たことがある。
「自慢の処理室だが、俺が作ったわけじゃない。もちろん協力はしたが」
「協力っていうのは、具体的な設計とかの部分ですか?」
「まあそれもあるが、主に交渉の方だな」
「交渉?」
「各所から許可をもらったり、施設管理の制度について話し合ったりってとこだ」
「むしろメインじゃないですか。お父様、それだけ先生のこと買ってらしたんですね」
「いや、逆だ。人間を相手に事を進めるのは俺の苦手分野だったからな。克服させるのにいい機会だと思ったんだろう。まだ学生の頃だったが、お陰で根回しに懐柔、譲歩、いろんなことを学んだ」
父親に鍛えられる新藤の姿は、一希には想像がつかなかった。




