任命
新藤は早くも部品の回収にかかろうとする。一希は食い下がった。
「せめて牽引側のセットだけでも……」
「もういいと言ってるだろ。悪いが、実技には最初から期待してないんだ」
「えっ? でも、設定しろって……」
「土橋の言う通りだな」
「土橋って……土橋先生、ですか?」
「ああ。お前がどんな生徒か、電話で聞いた。口答えばかりでいつまで経っても前に進まん奴だと嘆いてたぞ」
確かに思い当たる節はあるが……。
「すみません、決して口答えしてるつもりはないんです。本当にわからなくて……単純なことならまだいいんですけど、ほら、例外とか変則的なこととか、いろいろあるじゃないですか。じゃあこういう場合はどうなんだろう、こないだのあれとは違うのかなあ、っていう純粋な不明点を確認したいっていうか……」
「お前にとっては純粋な疑問かもしれんが、誰も口にしない疑問をたった一人がぶつければ、『素直じゃない』とか『面倒な奴だ』と思われるのが世間じゃ普通なんだ」
確かに、「細かいことは気にしなくていい」、「難しく考えるな」、と教師からたしなめられるのは小学生の頃からだ。疑問を放置できない自分の性質があまり普通でないことは、薄々自覚していた。
新藤の目がまっすぐこちらを見る。そして、まさかの宣告。
「お前は向いてない。今すぐ中退しろ」
「えっ⁉ ちょっ、ちょっと待ってください!」
慌てふためいた一希は新藤に駆け寄り、ぺこりと頭を下げた。
「すみません。これからはちゃんと……黙ってやります。質問もしないようにします……なるべく」
すると、頭上から新藤の声が降ってくる。
「質問をするなと誰が言った?」
「え?」
「世間では疎まれると言っただけだ。あいにく俺は世間代表じゃない」
「はあ……」
一希は理解しかねた。
「早川は悪い学校じゃないが、人間には向き不向きがある。お前にとっては時間と金の無駄だ。今すぐ辞めてうちに来い」
「え……今、何て?」
「お前の望みを叶えてやる」
「えっ? 本当ですか⁉」
「ただ働きの使いっ走りに任命する。感謝しろ」
「あ、でも、学校を辞めるというのは……」
「学校で学べることは全部俺が教えてやる。雑用の報酬の代わりだ。質問はしたいだけいくらでもしろ」
――えっ、……えっ?
思ってもみなかった事態に、腰が抜けそうになる。
「ただし、俺の小間使いは忙しいぞ。公民館と食堂の仕事も辞めてもらう」
そこではたと気付く。その二つが、今の一希にとっては収入のすべてだ。
「あの……先日、親の貯金なんて言いましたけど、実は大した額じゃなくて」
よく考えたら、学校を中退するとなれば今の寮にも住めなくなる。
新藤は麻袋を回収しながら、ついでのように言った。
「奥の四畳半を空けてやる。広くはないが、今が寮なら大差ないだろう」
「えっと、それって……」
――ここに住む、ってこと⁉
「贅沢はできんが、生活費は丸ごと面倒見てやる。その代わり、お前がやると言ったことは全部こなしてもらうぞ。荷物運びに片付け、帳簿管理、留守番、掃除、洗濯、お使い、だったな?」
――そんなに言ったっけ? すごい記憶力……。
「気に入らないなら無理にとは言わん」
「いえ、とんでもない! お願いします! やらせてください!」
「よし。まずは学校とアルバイトを辞めてこい」
「はい!」
一希は、夢ではないのかと瞬きを繰り返した。望みを叶えるどころではない。はるかに上回る展開だ。
「よし、準備ができたら電話しろ」
新藤はメモ帳に番号を書きつけ、ちぎって一希に渡した。
「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします!」
新藤建一郎の電話番号。電話帳から控えてあるし、とっくに暗記してもいる。しかし、改めて本人の直筆で受け取ることには予想以上の感慨があった。




