テスト
入った瞬間、目の前の光景に目を見張った。
コンクリート造りの土間に、鉄の塊のようなもの。直径五十センチ、長さ二メートルほどあるだろうか。古峨江では幼稚園児でもこれが何だか答えられるし、その危険性を教え込まれている。
「あの、これ……」
「心配いらん。模型だ」
「一トン、ですか?」
「一応そういうつもりではある」
スム族が投下したデトンの模型。実物大だが、目が慣れればはりぼてなのがわかった。これなら重さも大したことはない。
しかし、信管などの可動部はなかなかリアルに再現されているようで、学校で使うちゃちな模型とは似ても似つかなかった。
この模型を中心とし、枕ほどの大きさの麻袋が円状に配置されている。土嚢に見立てているのだろう。
「土嚢の高さは実際には三メートル。このデトンは信管に問題があって遠隔抜きになるという設定だ」
――遠隔抜き……。
安全化するには信管を抜く必要があるが、信管が長くて重い場合などは、途中で傾くと引っかかって抜けなくなる。そういうケースでは危険回避のため、仕掛けを使って離れた場所から操作する。
「遠隔設定をやってみろ」
「え? あ、私が、ですか?」
「他に誰がいるんだ」
「あ、すみません」
やってみろと簡単に言うが、そういう手法の存在をかろうじて知っているだけで、まだ計算法や設定法を習ったわけではない。雑用のつもりで来た一希は、思いがけぬ展開にごくりと唾を飲む。
――これ、テストなんだ。新藤さんの……。
助手になりたいならこれをやってみろと、チャンスをくれているのだ。
「見ての通り、危険性はない。ただし、すべてが本物で活性状態だという前提で作業しろ」
「はい」
つまり、ちょっとした衝撃で爆発しうるという想定だ。
「その箱の中身は好きに使っていいぞ」
麻袋のそばに、プラスチックの箱が二つ。中にはあらゆる道具が詰め込まれている。
「あの、本物だと思って、とおっしゃいましたよね?」
「ああ、そうだ」
「本物だったら、遠隔抜きを試みて、万一途中で信管割れとか、やっぱり抜けないとかで爆破に切り替えた場合、ここで爆破することになると思うんですが」
「そうだな」
「本当なら屋外で、風向きを確認して、半径一キロとかを立ち入り禁止にして、土嚢の周りにも防護壁を……」
「立ち入り禁止措置は済んでるという前提だ。環境、気象条件も整ってると仮定していい」
「あの、この状態からってことですか?」
「どういう意味だ?」
「仕掛けがもう組み立ての途中、に見えるんですけど」
箱の中の部品は一見バラバラだが、二つ三つがすでに組み合わされているものや、中途半端に引っかかっているものもある。
「つまり?」
「たしか教本では、まず部品を一つひとつ確認するっていう……」
「必要な手順だと思うんなら実行したらどうだ?」
「はい。すみません、手袋をお借りしても……」
箱の中には見当たらない。
「どんなやつだ?」
摩擦と破片の両方に耐えれば一種類で済む。
「Bの……四十を」
「四十は今切らしてる」
「じゃあ、三十台のどれかで……あとベチレジンをいただけますか?」
「なるほど。コーティングして代用するってことだな」
「はい。まあ、時間はかかっちゃいますけど……」
「あ、四十あったわ。これ使っていいぞ」
新藤が足元の段ボール箱から手袋を取り出し、一希はそれをはめる。
「あの、ちょっと気になることが」
「何だ?」
一希は右手に滑車、左手にワイヤーを持ち、新藤に見せる。
「どうかしたか?」
「これ、たしか大陸またぎの組み合わせで使っちゃいけないんじゃ……」
与えられた滑車とワイヤーの生産地が一致しない。これも教本での自習レベルの知識で、確信はない。
新藤は後ろの棚から別の滑車のケースを取ってきた。
「これでいいか?」
「あ、あと……」
「何だ、まだ何か文句があるのか?」
「この信管って、抜いた後は廃棄ですか? それとも、何かこう、将来のための資料とかに……」
「抜きのセットアップと何の関係がある?」
「ワイヤーの長さがちょっと足りなさそうなので、破損が生じてもいいなら上から吊るのをやめて、抜けたまま落とす手もあるかなと……」
新藤の肩がすっと下りた。
「もういい」
「えっ? ちょ、ちょっと待ってください。すみません、今始めますから……」




