09 やったねウィンくん!
「まだだよ、ウィンくん!」
「え?」
ライオンが口をぐっと閉じ、俺を睨みつけた。
その目には、まだ俺を殺そうという意志が燃えている。
「もう一回!」
「お、おう!」
大ダメージを与えられたのは確かだが、致命傷には至っていなかった。しかし、確実にダメージは与えられたのだ。もう一発喰らわしてやる。
「ば、ばぇ、めぇぇぇぇ」
しかし次に行動を起こしたのはヤギ頭だった。俺の頭上に尖った氷柱がいくつも現れる。
「おぉ、と、とっ!」
次から次へと落ちてくる氷柱から逃げ回るが、このままではスキルを発動するまでの隙が作れない。
合体スキルは高威力の反面、低レベルスキルより発動までに時間を要する。
今なら理解できるが、俺がスキルよ合体しろと念じた時点で、【サンダーウィンド】は発動準備に入っていたのだ。
つまり、俺がスキルの発動条件を理解していなかったのではなく、スキルの合成が完了してから実際に発動するまでに時間がかかっていただけなのだ。
「くっ、や!」
ミスラは相変わらずヘビの相手で手いっぱいだ。彼女もスキルを出す余裕がない。
「うがぁ!」
だが、体のイニシアチブを持つライオンが俺に飛びかかってきた。尻尾はそれに従うしかない。
「うおっと」
俺は爪の一撃をよけて剣を抜く。
ダメージのせいか、キメラの動きも鈍っている。それでも、あの爪を正面から受けるのは危険すぎだ。
「幻影の……」
「べぇぇ!」
「きゃっ!」
俺を標的にした隙に、ミスラは再び幻影の霧を使おうとしたが、ヤギがそれを許さなかった。
小さいながら氷のつぶてがミスラに向かって飛んで行く。
「大丈夫!?」
「うん、直撃はしてない」
ミスラは距離を取りながらも、油断なく短剣を構えた。
こちらは二人、キメラの首は三つ。手数では奴の方が上だ。まずは一つでも首を減らさないと。
「がぉぁ!」
「まだ元気だな!」
それを実行に移そうとしても簡単に許してくれる相手でもない。俺が距離を取っても、爪を振り上げて向かってくる。
「がぉ、ぐるぁ!」
「とぉ! たぁ!」
俺は直撃をしないように森の木々に体を隠しながら、剣で爪をうける。
強靭な爪は、細い気なら易々となぎ倒してしまう。できるだけ太い木を選んで隠れても、今度はヘビが回りこんでくる。
「ウィンくん!」
「めぇえぇ!」
「もう! 邪魔ぁ!」
ミスラも俺のフォローに回ろうとするが、その度にヤギの魔法に阻まれた。
早く首の数を減らさないと、こっちがじり貧になる。
「ししゃぁっ!」
苛立ったせいで反応が少しだけ遅れた。気がついた時には、すぐ目の前までヘビの牙が迫っていた。
「うわぁ!」
俺は腰が抜けたようにその場に座りこんだ。間一髪、それが功を奏してヘビの牙を交わすことができた。
がっ!
背後で硬い音がする。振り向いてみると、俺を噛み損ねたヘビの牙が、大木に食い込んでいた。
「ふしゃぁぁ」
深く食い込んだ牙はすぐに抜けず、ヘビがもがいている。尻尾が固定されたために、本体もうまく身動きを取ることができない。
これ以上のチャンスはない。
「うぉぉぉ! 【ボルトスラッシュ】!!」
これは、【サンダー】と、魔力を利用して一時的に腕力を上げて剣を振る【強撃】との合体スキルだ。
俺の剣は雷の魔力を纏い、ヘビの胴体目がけて斬りかかる。
がどずっ!
鱗の硬い手ごたえが、直後に肉を絶つ鈍い手ごたえに変わる。
「ぐぎゃぇ!」
ヘビの口から、らしからぬ声が漏れる。
「おぉぉぉぉ!」
俺は叫びながら剣を握る手に力を込める。
ず、ぶっちぃ! と音を立て、ヘビは本体と切り離された。
「きぃぃしゅぅぅぅ」
ヘビの頭部は少しだけびくびくと震え、やがて木に食らいついたまま動かなくなった。
「ぐ、ごぉぉぉぉ!」
ライオンが怒りの咆哮を上げる。
尻尾はなくなったが、戒めが解けたキメラは俺に怒りの矛先を向けた。
「がぁ! ぐぉ!」
下手な剣よりも硬く鋭い爪が、怒りに任せて俺を襲う。
それとは対照的に、俺はできるだけ冷静を保ちながら木から木へとその身を隠した。
森の中では、キメラの巨体が仇になった。森のような込み合った地形では、木の合間を縫って忍び寄るヘビのサポートがなければ追いきれない。
「め、め、めぇぇぇ!」
無くなったヘビの尾替わりにサポートに入ったのはヤギだった。氷結魔法が木の後ろへと打ちだされる。
氷の弾丸が俺の腕をかすめ、剣を弾き飛ばしていった。そのせいでバランスを崩した俺は、完全に足が止まる。次弾は直撃も覚悟だ。
だが。
「めぇぇ! めえぇぇぇ!」
一発撃ち出し後、二発目が飛んでこない。
俺とミスラ相手に何発も魔法を連射したつけが来たようだ。魔力切れだ。
だが、先ほどからスキルを連発しているのは俺も同じ。残り魔力からして、大技を打ててもあと一発だろう。
「がるおぅぅぅ!」
魔力切れの隙にこの場から離れようと思った矢先、キメラが巨体で飛びかかってきた。
俺の隠れていた木も中々の太さだったが、それすらもへし折る一撃だった。
「やべっ」
キメラは俺の目の前だ。剣を構えようとしたが、さっき飛ばされたんだった。絶体絶命だ。
「ぐぉ、ぉ」
追撃が来ると思った矢先、キメラの前足がカクっと折れた。疲労とダメージは確実に蓄積していたのだ。
キメラは魔力も尽き、体力も消耗している。俺は奴が体勢を立て直す前に距離を取り、最後のスキルの発動へと準備を始めた。
最後のスキルは、もちろん合体スキルだ。
「ぐぉ、すぅぅ」
しかしキメラは、体勢を立て直さずに大きく息を吸い込んだ。
魔力を消費して発動する魔法スキルと違い、ブレスは体内の器官で生成される。体力の消費はあっても、魔力に依存しないのだ。
このままでは、俺の方が発動までに少し時間がかかる。スキル発動の準備に入ってしまっているから避けられもしない。
その時、俺の前にミスラが飛び出した。
「えい!」
ミスラは両手を前に突き出す。
その姿を見たライオンもヤギも、咄嗟に目を瞑り顔を逸らした。
先ほど【フラッシュ】で喰らった閃光がよほど堪えたのだろう。おかげで、大きな隙ができる。
「【サンダーウィンド】!!」
雷の爆音と風の轟音。その合間から聞こえる獣の咆哮。
もし、これで倒しきれなかったら……いや、今は考えるな。絶対に倒せる。そう信じるんだ。
ミスラも手を伸ばしたまま、雷と風の渦を黙って見つめている。
やがて風は収まり、先ほどよりもさらにボロボロになったキメラだけが残されていた。
ヤギはぐったりと首が折れ、力尽きているようだ。
「ぐ、ぅ、うぅ」
キメラは俺たちを睨みつけ、一歩、二歩と歩み寄る。
「まだか……」
「大丈夫、私がまだ戦えるから」
短剣を構えるミスラの細い腕では、これ以上の傷をキメラに負わせられるようには思えなかった。
だが、キメラは三歩目の足を地面に付くと、そのまま倒れ落ちた。
「が、る、ぅ、ぉ……」
最後に残されたライオンの首も、力を失くし地面に横たわると、それ以上は何も言わなくなった。
「……」
「……」
二人で油断なくキメラを見ているが、もう動く気配はない。
「やっ」
「や?」
「やったねウィンくん!」
「うわっと」
ミスラは歓喜の声を上げて俺に抱きついてきた。
「あ、う、うん。だな。うん」
「すごおい! すごいよウィンくん! あんなモンスターを倒せるなんて」
ミスラはぎゅっと俺を抱きしめたまま、すごいすごいと頭を撫でる。
魔力も切れて力が入らない。俺はなすがままにされ、どっさと倒れてしまった。
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