07 俺たちがキメラを倒せばいいんだよ
「今のあの声!」
「やっぱり俺たちを追ってきたか」
森が震えたかと思うぐらいの咆哮だ。村人たちも気が付いて、俺たちの元へ集まってきた。
「ずいぶん村の近くまで来てるみたいですが……」
村長のおじいさんが不安そうな声を出す。
「これから俺たちで、あいつと戦ってみます」
「やっぱり俺たちも一緒に戦うよ」
「いえ。正直に言えば、人数を増やしてもどうにかなる相手じゃありません」
「うん。私たちが戦ってる間に、村のみんなには山の方に避難してほしいの」
「それで、俺たちにもしものことがあったらみんなを守ってください」
俺がおじいさんと会った山は、キメラがいる森とは逆方向にある。それに高いところからなら、キメラの動きも把握しやすい。
「わかりました。じゃあお前たち、家にいる者たちに声をかけて避難の準備をしてくれ」
「はい」
おじいさんの言葉を聞いた男たちは、村の家々を回り始めた。
「じゃあ俺たちは行きますね」
「よろしく頼みます」
おじいさんは深々と俺に頭を下げた。
「あの。おじいさんも、避難するよね?」
ミスラが聞くと、おじいさんは弱々しく笑って、何も言わずに自分の家へと戻っていった。
「おじいさんの息子さん、大怪我してるって言ってた……山まで避難させられないから、おじいさんもここに残るつもりかも……」
好奇心を司る神ゆえか、人の感情の機微を読み解く力に長けているのだろうか。推測ではあったが、ミスラの言葉には納得させる力があった。
「俺たちがキメラを倒せばいいんだよ」
「そうだよね。ここでそう言えるって、やっぱりウィンくんはすごいよ」
俺はミスラの励ましを背に受け、森へと歩きだした。
「ぐぉう、ぐるるる」
森の中に入ると、不機嫌そうな獣の声がひっきりなしに聞こえてくる。
奴と出会うのも時間の問題だろう。
なんて思う暇もなく、がさがさと音を立てながら、奴は俺たちの目の前に現れた。
「ぐぅぅぅるるるる」
キメラの三つの首がしっかりと俺たちを睨みつける。視力はすっかり回復してしまったようだ。
だが、奴はそれ以上近づいてこようとはしなかった。先ほどの目くらましを警戒してのことだろう。
それはそれで、こちらにとってはありがたかった。早速パワーアップした【なんでもステータスオープン】を使い、キメラの情報を引き出す。
名前:キメラ亜種
種族:キメラ族
性別:オス
いや、ここら辺の情報は飛ばしていい。
見たいのは弱点だ。
弱点属性:雷・風
耐性属性:火(強)・氷(強)
なるほど、通常種と違って氷は耐性があるのか。(強)は強耐性があるってことなのかな。
「わかった? ウィン君」
「ああ。雷と風が弱点だ。その系統のスキル持ってる?」
「ごめん。直接攻撃する系のスキルは持ってない」
となれば、ダメージは俺が与えるしかない。幸いサンダーもウィンドも持っているから、弱点は突ける。
「私たち、固まってるよりバラバラになった方がいいよね」
「だな。それじゃあ」
俺たちはそれを合図に左右にばっと飛んだ。ミスラは見た目は女の子だが、身のこなしは軽やかで素早い。さすが神だけある。
「グル」
「ばえぇぇ」
二人の動きをライオンとヤギ、それぞれの首が追う。しかし体は一つ、すぐには反応できなかった。
「【サンダー】!」
俺はその隙を突いて、雷のスキルを浴びせてやる。
「がるぅおぉぅ!」
「んばえぇぇ!」
俺の放った電撃は、見事キメラに直撃した。二つの首が苦しそうに叫び声をあげる。
ステータスの情報通り、雷攻撃は有効だ。
しかしキメラはすぐにこちらを向くと、ひと跳びで俺の目の前まで飛んできた。
「うわぁ!」
俺は横っ飛びで避けると、直前まで俺のいた場所に巨大な爪が振り下ろされていた。
もう少し反応が送れていたら、あの爪の餌食になっていた。攻撃力は300超え。まともに攻撃を喰らえば、一撃であの世行きだ。
「大丈夫!?」
「なんとか!」
ミスラに応えながら、なんとかその場から離れる。
しかし、巨体は牛ほどあるあるのに素早さも中々の物だ。油断していると爪か牙にやられてしまう。
キメラの首は三つとも俺の動きを追っていた。さっきの攻撃で相当恨みを買ったようだ。
しかし、雷攻撃は効いてはいても致命傷に至るまではいっていない。倒すまでには、もっと打ち込んでやるしかなさそうだ。
そう思った矢先、ライオンの頭が大きく息を吸い込む。
「何か来るよ!」
ミスラが叫ぶ。
俺もそう思う。
俺はその場からさらに横に飛んだ。
「ぶふぉぉぉぉぉぉ!」
直後に、ライオンの口から白い息が吐きだされた。
息のかかった場所の植物がどんどんと灰色に変化していく。
「石化のブレスだ……」
通常種は火炎のブレスを吐き出すが、この亜種は石化を使うようだ。
「めぇ、め、めぇぇぇぇぇ」
「つぎはなんだよ!?」
ヤギの首が左右に揺れると、俺の頭上に氷の塊が姿を現す。
塊はどんどんと膨れ上がり、俺の体よりも大きくなった。
「氷魔法も使えるのかよ!?」
その直後に氷の塊がずしんと落ちた。
「ウィンくん!」
ミスラが悲痛な声を上げる。
「だ、大丈夫……」
俺は間一髪、後ろに飛び退いていた。氷の塊はかわせたとはいえ、バランスを崩して尻もちをついてしまっている。
今追撃されたらやばい。
「【幻影の霧】!」
キメラが次の行動に移る前に、ミスラがスキルを発動する。
キメラの周りを、紫がかった霧が取り囲んだ。
この霧が俺やミスラの幻影を映し出し、キメラの意識を逸らした。
斬撃の神であるザンギルは刃物の切れ味を上げるバフ能力とは逆に、切れ味を鈍らせるデバフ能力も持っていた。加護とそれとは逆に作用する力は、ワンセットなのだと言う。
真実を知ろうとする力に加護を与えるなら、真実を隠す力がミスラの加護の逆作用なのだろう。
閃光で視力を奪われた時と違い、ヘビの頭も幻影に惑わされている。目で見えるものを、反射的に追ってしまうのだろう。
「今だよ、ウィンくん!」
「よし! 【サンダー】!」
俺は氷塊に隠れつつ、霧の中で踊るキメラに再び雷を落としてやる。
「んぐぉうぅぅ!」
「ばあぁええええぇ!」
キメラは先ほど同様苦痛の叫びをあげるが、すぐに体勢を立て直して幻影を相手に爪を振るう。
くそ、やはり大ダメージを与えるには威力が足りない。
このままスキルを使い続けていたら、奴を倒すよりも早く俺の魔力が切れてしまう。
もっとダメージを。
なには手はないかと、俺は自分のステータスボードを開いた。
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